第3話 時間逆行

 赤波凛あかなみりん

 この名前は元々、一定以上の知名度を持っていた。だがしかし、ここ最近はその認知度が爆発的に伸びている。


 もっとも、不本意な形で、だが。


『赤波凛さんは昨年の鴻瀬こうせ高校ミスコンのグランプリに輝き、「日本で一番美しい高校生」として…』


 テレビには赤波凛の写真と共に、彼女の来歴が映っている。


『そして今年の文化祭で開催されたミスコンには、審査員として登場する予定でしたが…この時には不在。そして5日後、○○町の河川敷で発見されました』


 そこでテレビを消す。

 

 赤波凛が死んだ。

 このニュースは学校を飛び出して、日本中で話題となった。

 去年「日本で一番美しい字高校生」として紹介された彼女の突然の死…暇な世間にはいい刺激剤だったんだろう。

 

 ネットでは様々な憶測が飛び交っている。

 「文化祭に忍び込んだ変質者に攫われた」「付き合っていた彼氏に捨てられて自棄になった」「複数人と交際していて各方面から恨みを買っていた」


 そのどれもが根拠のない憶測だ。各々が好きに「赤波凛の人格」を語っているだけだ。

 そしてこんなことになっているから、彼女に対する誹謗中傷も多くなっている。こういうのが、後に法的措置が云々で話題になったりするんだろうが…清太にはどうでもいいことだ。


「さて…行くか」


 身支度をして家を出た清太が向かったのは凛が発見された○○町の河川敷。到着すると、すでに警察の現場検証が終了しているからか、特に立ち入り禁止といった措置はされていないその場所に足を踏み入れる。

 

 どうせとはいえ、何の情報もなしじゃ繰り返しになるかもしれない。何かわかるかもと思って来ては見たが…


「何もないよなぁ…」


 そもそも何かあれば警察がとっくに見つけている。という当たり前なことに今更ながら気づき、ここまでの電車賃に想いを馳せていると視界の端に何かが映った。


 花だ。どう見てもお供え物としてそこに置かれている。誰に向けての物なのかは一目瞭然だ。

 せっかく来たんだし、近くの花屋で買ってお供えするか…という考えを振り払う。


「下らない…これをなくすために戻るんじゃないか」


「もしかして、貴方もお供え?」


「え?」


 急に背後から声をかけられ、間抜けな返事で答える。

 振り返った先にいたのは自分の母親よりも少し年上に見える主婦だった。その恰好から買い物の帰りなんだろうが、なぜ自分に声をかけた?


「ほら、この前亡くなった女子高生の…えっと」


「赤波凛、ですか?」


「そう!その子っ!あぁしてお供え物が増えていくからねぇ」


 主婦が指さすのは地に置かれた花の数々。


「気持ちは分かるんだけどねぇ…どうせお供えするならお墓にすればいいのに。今はお花だからいいけど…食べ物とかが出てくるとホームレスが戻ってくるかもしれないし」


「ホームレス?」


 主婦の言葉に周囲を見渡す。

 広めの敷地には、それらしきものは見当たらない。


「あぁ、つい最近までいたのよ。ちょうどその赤波さんが見つかる直前くらいまで、それが急に消えててね」


「消えた?」


「そう。確か4,5人が集まって生活していたと思うんだけど…全員が一斉に」


 ここで暮らしていたホームレスが、凛の発見直前に消えた?流石に無関係とは思えない。だって、その後も変わらず彼らがそこにいれば、何か情報があったかもしれなかったんだから。


「こういうお供え物は、すぐになくなると思いますよ。奥さんの言う通り、お墓にするべきことですから。それじゃ」


 家に帰って部屋に入る。

 ベッドに横になると目を瞑り、意識を落としていく。部屋の中なのに、まるでスカイツリーの頂上から飛び降りるような感覚…コレだ。


 やがて体がビクンと跳ねると、起き上がる。

 カーテンの隙間からは朝日が差し込んでいる。さっきまでは夕暮れだったから、成功したと確信できる。


 スマホで日付けを確認すると文化祭の前日が表示されている。やはり成功だ。


「行くか」


 家を出て電車に乗り込む。向かう先は○○町の河川敷…数日後に凛の遺体が発見される場所だ。

 文化祭当日の朝までは確かに彼女は生きていた。清太自身が証人だ。ならば、今日この時間は先の主婦が言っていたホームレスを確認することにする。


「本当だ…」


 結論、そこには確かにホームレスがいた。見たところ、5人いる。それを確認できればそれでいい。

 ここに用ができるのは目的を失敗した時くらいだ。


 朝一で出たのだが、帰ってくる頃には昼を過ぎていた。家に帰って母の作った昼食を口に運びながら、明日のことを考える。


 まず、そもそもだが、明日の文化祭一日目は仮病を使う。一日くらいなら親を騙すのも容易だし、日中は両親ともに仕事に出ている。家に居なくてもバレることはないだろう。

 

 その状態で、凛を尾行する。ハッキリ言ってストーカー以外の何物でもないが、清太としては彼女の命を救えるなら何でもいい。

 さて、昼食を食べ終わったあと…清太には時間が余った。が、今日は特に何が出来るわけでもない。


「…行ってみるか」


「何か言った?」


「なんでもー」


 キッチンで食器を洗っている母親に「夕方には帰る」と伝えて再び外に出る。向かう先は凛の自宅付近…ではなく近所の本屋だった。

 参考書のコーナーを見て回っていると良さげな本を見つけて手に取り、背面の値段を見てそっと棚に戻す。

 数千円するのは仕方ないが、如何せんバイトをしてない高校生の財布事情には大打撃だ。


「バイト、してみるか?」


 実のところ、夏休みには短期バイトの予定が入っていたりするのだが…その報酬もいつまで持つか分からない。


 アルバイト探しを前向きに考えていた清太の横を、見覚えのある人物が横切ったのを数瞬遅れて気づく。

 本棚の列から顔を出して思わずその人物を指す単語を呟いた。


「先輩…?」


 不思議はない。清太の記憶ではすでに死亡している彼女だが、そもそも時間が巻き戻っているのだ。彼女が死ぬ前の時間に。


 だから赤波凛がそこにいることそれ自体は問題ない。が、その隣にいる人物は少し、いやかなり気になった。


 大学生だろうか、美容室のHPにでも載っていそうな爽やかな顔を凛に向けている。対する凛はそんな彼の腕に己の腕を絡めている。あれは確実に当たっているだろうが、清太にはそんなこと気にならない。


「彼氏、か?」


 少なくともただの男友達ではないだろう。あの距離感は恋人同士じゃないと納得できない。

 そして恋人なんだとすると、自分が過去に来た理由が……そんな思考を、頭を振って振り払う。


(違う。恋人がいるからって、先輩を見捨てる理由にはならないだろ…!)


 実際、そんな下心がないかと問われると素直に首を横に触れないのだが…恋人の有無が凛を見捨てるか否かの判断材料にならないのも事実だ。


(けど…)


 だが、凛は清太に「彼氏がいる」なんてことを話したことはない。いや、そんなことを報告される間柄でもなかったのだが…

 そもそも恋人はいない旨の話をしたことすらあるが…単に隠していたということだろうか。

 しかし凛の性格を考えると惚気の一つや二つ飛び出していてもおかしくない。それがなかったとなると…あぁして腕を組む関係になったのはごく最近、それも数日前とかではないだろうか?


 となると、あの彼氏も文化祭に来ていて、二人でいる様子を見た厄介なファンが凶行に走った…という背景だったのか。


 そこまで考えて、ふと思う。


 果たして、犯人はどんな人物なのだろう。


 文化祭当日は、学校の敷地ほぼ全域が内外の人間で賑わっている。その中で人一人を攫うなど、出来るのだろうか。

 抵抗する凛を無理やりに連れて行ったにしても、気絶させるなり眠らせるなり意識を刈り取って連れていくにしても…人の目に付かずにというのは無理ではないか。


 文化祭の三日間、敷地内で人気がないというと運動部の部室エリアくらいだが…それでも完全に人がいないわけではない。なんなら宿直の職員が毎日見回りをしている。そこに隠しておくと言うのは不可能だろう。


 となると、一番可能性が高いのは…


「やめよう。明日になれば分かることじゃないか」


 街の喧騒に消えていく二人の背を見送ると、清太も自宅に変えるのだった。





 そして翌日、文化祭がはじまる。

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