21.園遊会③ アイリ
「な、何よこれ……!?」
アイリは、すっかり混乱を極めていた。
攻略対象が、悪役令嬢を褒めそやすだなんて、ヒロインよりも婚約者を優先するだなんて、そんな展開認められるわけがない。一体どうなっているのだ。これでは、アイリがただの道化だ。ふるふると、身体が憤りで自然と震える。
そもそも、クリストファーもレイルも、好感度はそこまで高くはないと思われるにせよ、彼女たちを放っておいてアイリの元へと小まめにはせ参じていたではないか。あんなに熱っぽい瞳で、アイリを見つめていたのに。
――今は、見る影もないほどに冷たいだなんて。
ついとミルフィオーレから視線を上げたクリストファーの眼差しは、アイリを鋭く射抜くほどに険しかった。
「キャンドラ男爵令嬢。君を魅了魔法……≪魅了の魔眼≫保持者として、そしてその力を不当に振るい、学園を混乱に陥れた罪で拘束する」
「み、りょ……? え? ま、がん……って? なに、なん、なの?」
「……やはり、自覚がなかったか。リンゼイ、頼んだよ」
「かしこまりました」
散々にミルフィオーレに愛を囁いたクリストファーが、しれっと手を上げたのを皮切りに、アイリの周囲を騎士団が取り囲む。
そして、騒然とする人の輪をかき分けて、魔法師団長の息子であるリンゼイが舞台の中央に躍り出てくる。
リンゼイは、ゲームの中でいわゆる便利アイテムを販売してくれる役割だ。結構イケてるのでコナをかけてみたのに、アイリに対して何故かそっぽを向いていた。
緻密な魔法陣が記された紙を手にして、リンゼイは耳慣れない詠唱を唇に載せる。
「≪
陣を起点に大がかりな魔法が起動し、一瞬ホール内を眩い光が包んで。
刹那、パリン、とまるでガラスが割れたような音が微かに響いて。
「私は、今まで、一体……?」
アイリを支えていたエドワードが、アイリを信奉していた令息たちが、次々夢から目醒めたかのように目を瞬かせ、その場に力なく蹲っていって。
アイリがヒロインだったはずの理想郷は、あっけなく壊れてしまったのだ。
「≪魅了の魔眼≫って何なのよ……! 私、知らない、使っていないってば!!」
そんなの、ゲーム設定に存在していない。いくら前世の記憶が虫食いだとしても、断言できる。
方々から寄せられる視線は、白く険しい。鼻にもかけなかったのに、今はそれが酷く恐ろしい。まるで、自分の足元が、ぼろぼろと崩れ落ちていくかのようだった。
その場に立ち尽くしたアイリは、血の気が失せて青ざめた顔を、いやいやと振った。
みんな、アイリの無邪気さや、愛らしさ、けなげさ、全身からほとばしる魅力に惹かれて、恋に落ちていたのではなかったのか。
それが、その名の通り、魔法で作られた感情だとでも? ただ、魔力に惑わされていただけだとでも? イベントそのものはゲームの強制力で発生していたと思っていたのに、単に魔眼による作用なだけだったのか?
わからない、わかりたくない。
けれども、茫洋としているエドワードや令息たちは、先ほどまでの情熱的で熱狂的な眼差しを、アイリに二度と向けてくれることはなかった。
「私はこのゲームの世界のヒロインで……この後、光魔法に目覚めて、みんなから愛を乞われるはずで……嘘、こんなの嘘よ……!」
「光魔法……? 君が何を言っているのかはわからないが、魅了持ちは総じて闇魔法の適合者だ。相反する光魔法に目覚めるなど、ありえない」
ぶつぶつと零れ落ちるアイリの声を拾ったレイルが、訝しむように眉間に皴を寄せる。
なんて、残酷な言葉。アイリの求めていた理想郷が、徹底的に否定されていく。
ゲームは、そういうシナリオだったのに! ちっとも上手くいかない。
「わ、わけわかんない……! 私は、ただ、愛されたかっただけなのに……!」
そう、せっかくゲームの世界の主人公に転生したのだから、ストーリーをなぞってたくさんのイケメンに恋われて、愛されたかった。幸せになりたかった。恋したいだけだった。
――どうして、こんなことになってしまったのだろう。
クリストファーが顎をしゃくり、騎士がきびきび動いて使命を全うする。エドワードや令息を拘束し、次々と会場から連れ出していく。
アイリはそれを、涙ながらにぼんやりと眺めていた。
魔法陣の刻まれた目隠しをされ、視界が真っ黒に覆われる。何も見えない。恐い。嫌だと身をよじっても、騎士の屈強な力にか弱い女が逆らえるはずもない。促されるがままに、ふらふらとアイリは歩いた。
幸せを迎えるアイリのためのエンディングリストはどれ一つとして埋めることができず、今や未来がどう転がるのか想像できない。
「あ、は……はは……ははっ……」
これは現実? いいえ、きっと悪夢に違いない。だって、主人公がこんなみじめな思いをするはずはないのだから。目が覚めてベッドから身を起こしたら、ゲームをリセットしてやり直さなくては。
「ここは、貴女の知るゲームの世界なんかじゃないわ。まごうことなき現実。セーブポイントもリセットも存在しない。ここにいる誰もが、キャラクターではなく意思のある人たち。貴女はヒロインというありもしない空想に甘えて、流されるまま何も考えなかった。それがこの結果よ」
なのに、誰だか知らないけれども、地味で記憶にも残らないような声が、アイリにそう囁いた。
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