第42話 髪を切る
◇
リビングから、お風呂場の脱衣所に場所を移し、あたしは葉月から髪をとかされている。鏡に映る自分の顔をじっと見ていた。
「きれいな髪だねーー」
「そうかしら?」
「うん。もったいな……いやいや、なんでもない! 立花さんは短く切ってほしいんだよね?」
「……そう。バッサリ頼むわ」
「……もう一度聞くけど、本当にいいんだよね?」
「うん。いいわ」
「……希望する髪型とかはある?」
「ないわ」
「……そう。じゃあ、こっちで決めても良い?」
「任せるわ」
ピンク色のケープに身を包まれ、同級生に髪を触られている今の状況が、なんだかおかしかった。
「立花さんはマコのこと、いつから好きなの?」
葉月が後ろから声をかけてくる。
「……わからないわ。気づいたら好きだったもの」
「そっか。そういうもんだよね。恋って」
恋。
あらためて第三者に言われると、真子奈にやきもきした時間すべてが、恋をしていたように感じるから不思議だ。
「……でも私が思うに、立花さんとマコは両思いだと思うな」
バッと、あたしが振り向くと、「おおっ。危ない! 髪切る前で良かった」と、葉月が安堵の声を漏らす。
「……私が、女同士で付き合っているからかなー。そういう同性の微妙な変化って、なんとなく受け取っちゃうんだー」
「……」
「結構早い段階から、二人はただならぬ雰囲気があると思っていたかなー」
思えば、更衣室で真子奈に髪を結ってもらう時も、葉月から見られていたんだっけ。
さりげなく察していることを、あらためて言葉にされると恥ずかしいわね。
「でも、まだ知り合って数ヶ月なのよ。これは恋っていうのかしら」
恋とは、時間をかけて育むものだとあたしは思う。
……例えば、一年前なんて、真子奈の存在すら知らなかった。それなのに、こんな数ヶ月で、一人の女の子に気持ちがかき乱されるなんて……これは普通というものか、ふと不安になった。
「全然あり得ると思うよ。そういえば、私のお父さんとお母さんも、知り合ってから一日で付き合ったみたいだし!」
「えっ」
また、バッとあたしが振り向くと「ちょっ、前向いていてよ!」と、軽く注意を受けた。
「……二人とも旅行が趣味でさ。現地の飲み屋で知り合って意気投合して、そこから遠距離恋愛が始まったみたいだよーー。私が言うのもなんだけど、今でもラブラブだよ(笑)」
葉月は霧吹きを使って私の髪を湿らせる。
……そういう出会い方もありなのね。
あたしは今まで恋をしたことがない。だから、普通がわからなかった。
わからないなりにも、映画やドラマの影響で、恋は長い時間をかけて気持ちが進展していくものだと勝手に思っていたわ。
そっか。その日に知り合って、付き合うという選択もありなんね。ふーん。
それに、葉月は女同士で付き合っている。お手本と言っていいのかはわからないけど、既に先を辿っている人が身近にいるというのは、大変心強いと思った。
ーーそれから、葉月とあたしはたわいもない話をした。時には、鏡越しに目が合い、笑い合った。
葉月はあたしの髪に丁寧にハサミを入れていく。
どれくらい時間が経っただろうか。
「どうかな」
鏡の中には、髪をバッサリ切ったショートヘアのあたしがいた。
見慣れないから、変な感じがするけど、悪くない。
「ありがとう、葉月。スッキリしたわ」
「かわいいよ。立花さん! 我ながら上手くできたー」
「……本当にお金はいいの?」
「うん! 練習台になってくれてありがとうね」
「将来は腕の良い美容師になれそうね」
「へへっ。そうかな」
鏡には、はにかんだ葉月と、つきものが取れたように、スッキリした顔のあたしがいた。
その日の夜。自室でサンドバッグに向かって、パンチやキックをして、気持ちを引き締めていた。
隣ではレトが尻尾を振って、応援してくれている。
やっぱり体を動かすのは気持ちが良い。
悩んだ時は、走ったり、サンドバッグ打ちをしたりするのに限るわね。
あたしは髪を切って、葉月に話を聞いてもらった。
……だけど、まだ足りない。
あたしは机の椅子に座り、カバンからストレス発散ノートを取り出した。
真子奈と放課後に距離を縮めたあの日から、あまり使っていないことに気づく。
深く息を吸うと、真っ白いページの上につらつらと今の気持ちを書いた。
最初は上手く筆が乗らなかったけど、気の赴くままにしていると、リズム良く、ノートが一行ずつ埋まっていった。
真子奈に対する気持ちや、上手くいかない歯痒さ。
人生初の告白が失敗した悲しさや、髪を切ってスッキリしているのに……少し後悔していることなど、鮮明に今思っている気持ちを書いた。
文字に表すと、自分の中の気持ちが上手い具合に空っぽになって、また前を向くことができる。
キリが良いところでシャーペンを机の上に置いた。
ーーああ。あたしは、やっぱり真子奈が好き。
ノートの上に気持ちをさらけ出した後に明確になったのは、真子奈に対する気持ちだった。
ーーもしかしたら、真子奈が『好きじゃない』と言ったのも、何か理由があるのかもしれない。これは、あたしの希望が思わせる、"もしも"かもしれないけど。
だけど、ぶつかるのが怖い。
真子奈から『ララのことが嫌い』と本当に言われてしまったらどうしよう……。
……あたしって臆病だったのね。
何か……何か一歩、踏み出すための勇気が欲しい。あたしの背中を押してくれる何かが。
そこでハッと、一つ思いついたことがあった。あたしは時間割を振り返り、覚悟を決める。
うん。そうしよう!
頑張ろう。絶対に大丈夫だから。
あたしは一つの決意を固めて、椅子から勢いよく立った。
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