第23話 あの時の気持ち
◇
幸か不幸か、次の日の掃除の時間。矢橋真子奈と会って、話すことができた。
彼女は普段、葉月や中原と一緒にいることが多い。近くに友達がいると、あたしが無理に間に入ることになるので、遠慮していた。
階段の踊り場で、彼女はホウキを持って一人でいたので、勇気を出して声をかけてみた。
話の流れで、前から思っていた、自分の名前が苦手に思っているかの疑問をぶつけてみた。
ーー今となってみれば、あたしって相当デリカシーがないことを聞いているわね。だけど、思いがけずに名前を褒めることができて良かった。
『ララ』
彼女が、あたしの名前を呼んでくれたことが嬉しかった。あたしも、今日から真子奈と呼ぶことができる。
正直に言えば、あたしたちは名前呼びをするほど仲が良いわけじゃない。……だけど、形から入るのも良いかもしれないと、ふと思った。
柄にもなく、真子奈の掃除まで手伝ってしまったわ。だけど、あたしから雑巾掛けを買って出たということは、もっと側にいたかった証拠ということになるのかしら……。
◇
4月が過ぎて、あっという間にゴールデンウィーク。友達がいないあたしだけど、充実した休みを過ごすことができたわ。
家族で2泊3日で軽井沢に行ったし、合間の時間にはスポーツジムにも行って、思いっきり体を動かすこともできたわ。
朝は早起きしてレトの散歩をして、夜は映画を見る生活を送る。まぁ、宿題もきちんとこなしたわ!
だけど一人になると考えてしまうの。クラスメートはどんな休みを過ごしているんだろうと。
ううん。明確に頭に浮かぶのは一人ね。そう、真子奈のこと。
あたしたちは連絡先を交換していないから、気軽にメッセージを送ることもできない。会えないと思うほど、不思議と頭の中に真子奈のことが浮かんでしまう。……不思議ね。
ゴールデンウィークが終わって、翌日、学校で真子奈の顔を見ることができた時、ホッとしたのを覚えているわ。べ、別に好きとかではないわ。見知った顔の子を見ると安心できるっていう……その、アレよ!
体育でマラソンがあって、あたしが女子1位を取れた日。隣のクラスの子がやっかんできて、あたしがドーピングをして1位を取ったんじゃないかと疑ってきた時は、正直、頭がおかしいんじゃないかと思ったわ。
そんなわけないじゃない!
人は自分が信じられないものが目に入ってきた時、何としてでも否定したくなるものなのね。
その後、取っ組み合いの喧嘩になり、髪の毛を掴まれて、ほどかれてしまったのには焦ったわ。
恥ずかしいけど、あたしは自分のツインテールを自分で結ぶことができない……。つまり、元通りにしたければ誰かにお願いしないといけない。
そんな時、真子奈の顔が一番に浮かんだわ。教室であたしのぐるぐる書きのノートを消してくれたし、よ、呼び捨てにする仲だもの……。一番に思い浮かんだというのは、特別な意味がありそうだけど、ふ、普通のことよね。
真子奈に髪を結んでもらう時、ドキドキしたわ。誰もいない更衣室で二人きりというシチュエーションも相まってなのかもしれないわ。……あの時、あたしは冷静を装ったわ。
彼女がいる後ろに意識が集中して、首に当たった髪の毛に過剰反応してしまったもの。
だけど、真子奈のおかげで元通りの髪型になれたのは助かったわ。また何かあった時、彼女に頼んだら髪を結ってくれると言ってくれたから心強いわ。
ーーその日の放課後。あたしは教室で一人でいる真子奈を見つけた。今日は葉月や中原とは一緒ではない。どうやら一人で帰るみたいだった。
あたしから勇気を出して彼女に声をかけるつもりだった。だけど、真子奈から声をかけてくれてーー、話の流れで連絡先を交換して、一緒に帰ることにもなった。
最近、彼女と接点が多くあるので、ついにやけてしまう。だけど、真子奈からしたらあたしが1番の友達ってわけじゃないんだし……。調子に乗らないでおくことが大事ね!
真子奈と一緒の帰り道、公園に寄ったら葉月が女の子とキスをしていた。
……ドキドキして、目が離せなかった。
あたしまで体が熱くなるほど衝撃的な光景だった。
その後、偶然、真子奈とあたしの手が触れた。……だからかな。何かスイッチが入っちゃったのかもしれない。
ーー真子奈の両肩に触れて、キスをする真似をした。
何でそんなことをしちゃったんだろう……。反省したけど、後悔はしていないわ。
だけど、一番びっくりしたのは、真子奈も同じようにあたしにキスをする真似をしてきたことね。
あたしも何を思ったのか、目を閉じちゃったのよね。
葉月のキスシーンを模倣しているだけ。
決して、雰囲気に飲まれたとかではないはずよ。
ーーその後、浦山ひろきと、その彼女、甲斐翡翠に見られたのは最悪だった。「レズだったの!?」なんて言われちゃったし。
まぁ、既にパパ活疑惑が出ているあたしだから、レズ疑惑が乗っかっても別にどうでも良いわ。
それよりも、真子奈はどう思ったのかしら。傷ついたりしなかったかしら……。
……あたしは真子奈のこと、どう思っているんだろう。
もっと近づきたいけど、近づき方がわからない。
高校で一番仲良くしてくれた彼女に、執着に近い感情を持っているだけではないかと思うこともあるわ。
だから、葉月が女の子とキスしている場面を見て、「あっ。こうするともっと仲良くなれるのね」と勘違いしただけなのかと思うこともあるわ。
真子奈は葉月や中原と仲が良い。私が知らないだけで、他のクラスや、他の高校でもっと仲が良い子がいるかもしれない。
……あまり深入りしてはいけないのかも。
傷つくくらいなら、最初から一人でいた方が良い。あたしが高校に入る前に決意していたことだ。
あたしは、軽く混乱する気持ちを強制的に落ち着かせるために、一人結論付けた。
男の子からの好意には慣れているけど、女の子からの好意には慣れていない。そもそも真子奈があたしを好きなのかどうかもわからない。
真子奈の妙に親しげな優しさに、あたしは勝手に夢を抱いているだけなのかもしれない。
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