日本史男子は譲らない

安達夷三郎

第1話

 春、桜が舞う四月。

中学校に進学した私は、とぼとぼと帰り道を歩いていた。

足取りは重石でも乗っているのかってくらい重く、憂鬱だった。

手には返された歴史のテスト。点数はなんと二十点満点中二点。

歴史は嫌いだ。似たような名前の人が多いし、政策とか分からないし・・・。

「ふぅ・・・」

青い空を見上げながら、短く息をはく。

家に帰ると、誰もいない。

実は先月、ちょっとした事件が起きたんだ。


『美桜、本当にごめんな。急に出張が決まったんだ』

そう、お父さんの海外出張が決まったんだ。

しかも期間は未定。確定で三年間は帰ってこれないらしく、最短でも私が中学を卒業するまで。

『それで、美桜にお願いがあって』

『お願い?』

『パパと一緒に付いて行くか、このままこの街に残るかなんだけ・・・』

『残る!』

『即答・・・』

友達と別れるなんて、きっと私には耐えられないから。

だから、お父さんには悪いけど、私は一人で残ることにした。

『お金のことは気にするな!生活費も学費もパパが払う。何かあったらすぐ連絡!!報連相の報は?』

『報告、連絡、相談!!』

我が家の家訓、報連相。

そうやって意気込んで一人暮らしを始めたのは良いものの・・・。


「やっぱり自信ないよ〜」

約一ヶ月前の出来事を思い出していた私は、何度目か分からないため息をついた。

「でも、自分で決めたことだし・・・頑張らないと!!」

自分の部屋に向かい、通学鞄とテストを置いた。復習をしようにも中々手がつけられない。空を見れば綺麗な青空が広がっていた。

勉強をしようとすれば何だか、眠くなっちゃって・・・。

『・・・し・・・きよ』

頭の中で、誰かの声がした。

聞き覚えがある気がするが、はっきり分からない。そのくせ、ひどく懐かしいのがに落ちなくてつい、眉間のしわが険しくなる。思い出せないもどかしさに寝返りを打つ。

『そろそろ起きぬと、夜に眠れなくなっても良いのか?』

とは言われても、そう簡単にはいかない。まだ、目覚まし時計のアラームは鳴っていない。あのけたましくも忌々しい音が朝を知らせるまでは、絶対に起きてやらないもん!

「お主、起きよ」

軽く揺すられ、私は半目を開けた。

知らない人が私の顔を覗き込んでいた。現実味のない美しい容姿。体格は大きくも小さくもなく、少年にも少女にも男性にも女性にも見え、圧倒的な存在感に目を奪われる。肩より短く切り揃えられた黒髪はサラサラと風に吹かれて揺れる。身に纏っている無地ながらも上等な紫色の狩衣で、男性なんだと分かった。

「こんばんは・・・」

「こんばんは」

普通に挨拶を返されて、余計に混乱してしまう。

「だ、誰・・・?」

この世のものではないのかもしれない。そんな風に畏怖を抱かせるその人は、微笑みながら言った。

「我は平安。時代の化身じゃ。よろしく頼むぞ」

「へいあん・・・って?」

眠たい目を擦りながら話すと、平安と名乗った人は通学鞄から歴史の教科書を取り出し、あるページを開ける。

見出しには『平安京で花開く貴族文化』

つまり・・・?

「そうだな、お主の分かりやすい言葉で言うと・・・平安時代が人の姿をしておるということじゃ。この試験の点数を見る限り、お主は歴史が苦手なよう」

「うぐ・・・それは、その・・・」

言葉に詰まらせていると、平安さんは「よい。苦手な物は誰にだってあるからの」と笑って私の頭を撫でた。

「ところでお主、名はなんという」

「美桜。桜木美桜です・・・」

「美桜、そうか、美桜というのか。とても良い名だ」頷きながら私の名前を小さく呟く平安さん。

「ところで美桜。やかましいのがいるが、そこは大丈夫か?」

「え?」

やかましいのって一体?

そんな疑問を口に出すまでもなく、部屋の扉が思いっきり開かれた。

「平安さーん!その子起き・・・」

扉を破壊するような勢いで来たのは、ふわふわした薄いピンク色の髪の男の子だった。身長は私と同じくらいか少し高いくらいで、白色の書生服に灰色の袴を穿いている。中のスタンドカラーシャツは黒色だ。

数秒、私はその子と目を合わせる。

「お、おお、起きてるーーー!!!」

満面の笑みで、その子は無理やり手を握り、握手した。手を大袈裟に振る。

「俺は大正。好きな物はラジオだよ!よろしくね!!」

「え、あ、うん。桜木美桜・・・です」

戸惑いながらも答えた。

「敬語はなしなし!!俺のこと、大正でも大正くんでも何でも呼んで良いよ!俺は美桜っちって呼ぶから」

可愛らしい大正くんは子犬みたい。

・・・んっ!?

「み、美桜っち?」

それって、もしかして私のこと?

「美桜だから美桜っち。一緒に住むんだから、仲良くなった方が良くない?」

・・・へ?

もう訳が分からなくて、突然の爆弾発言に頭の中はパニック状態。

・・・一緒に、住むの?

静かに歴史の教科書を読んでいた平安さんを見る。平安さんは相変わらず私を見て微笑んでいた。

否定はしない。つまり、大正くんの言う通り一緒に住む気なのだろう。

 取り敢えず落ち着こうとしてリビングに向かうと、私は驚きのあまり言葉を失ってしまった。

何故なら、沢山の男の子達がいたから。

本を読んでいる子、チャンバラをしている子、何故か土偶を作っている子、段ボール箱を繋ぎ合わせて段ボールハウスを作ろうとしている子などなど。

 ソファに座って新聞を読んでいた人は私に気付いたのか会釈をひとつ。

「私は明治です。アジアの列強を目指して、欧化政策を取り入れてました」学ランを着た人は薄紫色の丸眼鏡をかちゃりと上げる。

「桜木美桜です。よろしくお願いします・・・?」

「俺は昭和!平安爺ちゃんの次に長いんだぜ!」

「僕は戦国。南北朝と同じ室町にいたよ」

チャンバラをしていた二人。話している間も手は動かしている。

「初めまして、僕は縄文。木の実や狩りで生計を立てていたよ」

「おいらは弥生。稲作文化が広まり始めたのは、おいらからなんだよ。知ってた?」

土偶を焼いていた二人はヒラヒラと手を振り、またキッチンで土偶を焼き始めた。

「俺は奈良。どう?今度お兄さんと一緒に遊びに行かない?」緩くパーマをあてた栗色の髪の男性は出会い頭にナンパを仕掛けてくる。服装は白色のシャツに袖のない上着を羽織っている。

「口説くな!」

奈良と名乗った人は本を読んでいた人に飛び回し蹴りされ、壁に激突して昏倒した。

「俺は鎌倉だ。さっきの唐変木は気にしなくて良いからな。あとこのメンバーで自己紹介していないのは・・・江戸か」

どうやら奈良さんを蹴り飛ばした人は鎌倉さんと言うらしい。

みんなの視線が段ボールハウスを作っていた男の子に注がれる。水色の着物と抹茶色の袴の男の子だ。

「僕は知らない人に近付かれるのが大っ嫌いなんだ!!」

私に対してめちゃくちゃ拒否反応を示してくる江戸くん。ここまで邪険にされると逆に清々しく思えてくる。

「別に仲良くしたいとか思ってないし!期待されても困るだけだからっ」

さらに江戸くんはそう言って、段ボールハウスに引き籠もってしまった。私は硬直したままその背中を眺めていることしか出来なくて・・・。

「まぁ、二百年も引き籠もってたらなぁ、ああなるのも分かるけど・・・流石に今のはお兄さん、ありえないな〜。ごめんね、美桜ちゃん」

いつの間にか起き上がっていた奈良さんが、頭を掻きながら説明してくれた。

「江戸は鎖国していたんだ。鎖国っていうのは・・・もう外国と関わりませんーって言うやつね」

「おいら達が自国民を嫌いになることってないよ」

「皆、良い民だからの」

「色んなことがありましたが、皆さん良い人ばかりでしたね」

「明治の時に色々ありすぎただけなんだぜー!」

「いえ、列強を目指して清とロシアに喧嘩しに行っただけですよ?」

「いや、それだよ」

「大丈夫です。勝ちましたから」

「そういうことじゃなくてね?」

「ハァ〜美桜っち、本当にごめんね!江戸は人見知りだから、気にしなくて良いよ!」

「特に初対面の相手にはの。すまぬな」

大正くんと平安さんは慌ててフォローしてくれた。だけど予想以上ににショックを受けた私は、

(私、さっそく江戸くんに嫌われちゃった・・・?)

しばらく呆然としたまま動けなかった。

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