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 速度を上げた車が行き交うバイパス道路。秋風に揺れる羽音は聞こえず、夕陽に輝く落ち葉も見つからない無機質な幹線道路を漆黒のSUVが走っていく。

 ハンドルを握っている大島美烏は、時折、腕の痛みに口を縛りながら話していた。

「ってことはさ、賀垂警部って、友達が少ないのかしらね」

 助手席で、膝の上に載せたノートパソコンのキーを叩いている阿鷹尊が、モニターに顔を向けたまま答えた。

「いや、そうじゃないでしょ。たぶん警察内部でも警部の捜査方針に反対する勢力っていうか、そういう天の声があって、警部も思うように動けなかったんですよ。だからウチに協力を依頼してきたんでしょ」

 大島美烏は眉を寄せて言う。

「そうなのかなあ。毎回ウチを頼りにしてくるわよね。たまには自分たちで動けっつうの」

 阿鷹尊はパソコンを覗きながら、事知り顔で言った。

「組織にいると、そう簡単にはいかないものなんですよ。ミオさんだって軍隊組織に居たんだから、よく分かるでしょ」

「軍隊じゃなくて、自衛隊。それに警察と陸自じゃ、毛色が全然違うわよ。それより、どうなんですか。巨大組織に属していたタケルくん。調査の方は間に合いそうですか?」

 運転席を一瞥してから阿鷹尊は答えた。

「悪の組織みたいに言わないでください。僕がいたのは大手の銀行です。まあ、悪の組織と似たような一面が無いわけではなかったですけども」

「もう。分かったから。そっちの案件はどうなのよ。人脈関係は明らかにできそう?」

 阿鷹尊はパチパチとキーを叩きながら言う。

「ええ、おおよそは見えてきました。しかし、なんでウチの所長は毎回毎回ダブルで受注するんですかね。片方だけにしとけばいいと思いません? そんなに報酬に目がないのかなあ」

「鵜飼所長は、この二つが繋がっているっていうか、交錯していることが分かったから両方とも受けたんでしょ。いつものことよ。タケルはそんな事を気にしないで、指示された任務をこなす! それだけよ。で、結果は?」

 阿鷹尊は短く嘆息を漏らしてから答えた。

「結果はといえば、やっぱりこの銀行は榎田泰山とかなり深い関係にありますね。頭取をはじめ、役員、財務部門の現場責任者クラスまで奇麗な線で繋がりました。でも、表には榎田泰山の名前はいっさい出てきません。取引にもメールのやり取りにも。流石です」

「じゃあ、榎田泰山はどうやってその銀行を動かしているのよ」

「たぶん、この人物を通してですね。全ての連絡ラインがこの人物で交差するんです。で、この人物名義の口座も見つけました。痕跡だけですけど」

「痕跡だけ?」

「はい。口座は解約されていて、その記録自体が消去されていました。ま、僕にはその履歴が分かりますけどね」

「その人物名義の口座が存在した事実自体を銀行は隠そうとしているということ?」

「たぶん、そうですね」

「誰なのよ、その『この人物』って」

「もう分かっているでしょ。この人ですよ。だから鵜飼所長は頻繁に飲みに行っていたんですよね」

 阿鷹尊はノートパソコンの角度を変えて運転席側に向けた。

 阿鷹の膝の上のパソコンの画面を一瞥した大島美烏が口を開ける。

「かあー。やっぱり、そいつかあ、黒幕は」

「まあ、黒幕というか、今回の絵図を書いた人間でしょうね。店の金に見せかけて預金されたら、手を付けたくもなりますよね」

「ていうか、虎の威を借りていたのは狐じゃなかったということでしょ。それじゃあ、とりあえずその内容を私の報告書と合わせて賀垂警部に送っておいて。私の報告書はフォルダの中にあるでしょ」

 阿鷹尊はパソコンの上で指を滑らせてデータを探した。

「あ、これですね。ありました。なんだ、ちゃんと仕事してるじゃないですか。へえー、本当に結婚するつもりだったんだ」

 大島美烏は長い黒髪をかき上げてから言った。

「そう周囲に漏らしていたみたい。たぶん、そこは本気で嬉しかったんだと思う。可哀そうに」

「相手の男については……ああ、これか……へえ、ちゃんと調べてますね。いつの間に調べたんですか?」

「それは私じゃなくて、リョウよ。まあ、あの強面が赤ちゃんを背負っているんだもの。みんな、そのギャップに萌え萌えして色々と話してくれるわよねえ。ずっるーい」

 阿鷹尊は口を開ける。

「ああ。すると孔雀石さんは、その調査事項を知らせるためにこっちにも駆け付けてくれたんですね。育休中なのに。所長に言われたのかな」

「まあ、今回は相手が相手だからね。総力戦でいかないとっていう所長の判断でしょ」

「でも、いくらなんでも雲雀口さんまでやらせますかね。大丈夫なんですかね、あれで」

「今朝しっかり説明を聞いたでしょ。大丈夫よ。後は役者次第ね」

 大島美烏はパチリとウインクしてみせた。それを見た阿鷹尊は、少し顔を赤らめながら、繕って応えた。

「ああ、ええと。まあ、梟山さんは普段から変装して潜入調査したりしていますから、いいとしても、問題は……」

 大島美烏は前を向いて運転したまま深く頷く。

「そ。問題はウチのメカオタ柔道女子よ。あの子がキメてくれるか、それにかかってる」

 阿鷹尊は頭を掻いた。

「ユキさんかあ……。何でしょうね、絶対やってくれるという、この強い信頼感と共に沸いてくる強い不安感は」

 大島美烏は前を見たまま片笑んで頷く。

「大丈夫。毎度の事だけど、なんだかんだでシャクならしっかりキメてくれるわよ」

「だといいんですが……」

「なに他人事みたいに言ってるのよ。こっちはこっちで、やることがあるでしょ。タケルくんが暴いてくれたその人物相関図と私の報告書を正式な形にして、出すべきところに出さないといけないんだから」

「それと、マスコミにもですね」

 頷いた大島美烏は怪我をした左手でギアを入れ替えながら言った。

「そっのとおり。ガソリン入れないとエンジンは回らない。ということで、こっちも少し急ごうじゃあーりませんの!」

 大島美烏はアクセルを踏み込んだ。

 漆黒のSUVは速度を上げ、幹線道路の上を疾走していった。

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