第7話 焼きたてのパン

「……美味しいですわ」


 アリシアは、感激にふるえていた。


 ここに越してきてから幾日、夢にまでみた温かい食事だ。


 ふっくら焼いたばかりの白パン。かぼちゃはあえてごろっと形を残し、食感を楽しめるよう工夫されたスープ。鶏肉には香辛料が惜しみなく使われ、カリッと焼き上げた上に、甘辛いソースを絡ませている。根野菜を細く刻み混ぜ合わせたサラダには、レモンをベースとしたドレッシングがかかり、いくらでも食べられる。


 ……幸せだわ。


 パンがしっとり作られていて、これだけでもいくらでも食べたいくらいですわ。

 

 スープはかぼちゃの他にもほんのり甘い味がしますわね。きっと玉ねぎを丁寧に炒められたんでしょうか。とても手間がかかっている味ですわ。


 この鶏肉さんなんて、無駄な脂がないのにとてもジューシィですわ、中までしっかり火が通っているのに、全然硬くありません! 皮はパリッと、お肉は柔らかくなってますのね。きっと焼くと蒸すをされたんでしょうか。


 サラダなんて、シャキシャキと水々しいですわ。近くに畑があるのでしょうか。きっと採れたてなんですわね。生野菜なのに、えぐみがほとんど感じられませんわ。



 舌で堪能しつつ、アリシアの頭の中はどうやったらこんな美味しいものが作れるのか、つい考え込んでいた。



 久しぶりのご馳走に、夢中になってしまい、完食した頃には、もうお昼時を回っていた。


「いけませんわっ、もうこんな時間っ。……早く戻りませんとっ……」

 ナプキンで口元を急いで拭き、片付けようと立ち上がる。



「デザートもあるけど?」


 っ!? 




 そうでした。

 この方もいらしたんでした。



 ニコニコと笑う彼は、なぜかとても満足そうだ。


「心配しなくても、ここの食堂には誰もこないよ」


「みんなおかかえのシェフを雇っているからね。こんなワンプレートな食事は口に合わないらしい」


 呆れたように、ため息をつく。

「ここに来るのは、主に従業員たちだ。まぁその分、早朝と夕方がメインで、ランチタイムはそれぞれの持ち場で軽食を食べるから、この時間帯は滅多に利用されない」



「……」


 信じられなかった。

 アリシアはパンこそ使用人に焼いてもらっていたが、保存のきくよう何日分かまとめて作られており、焼きたては滅多に食べられなかった。ましてや、こんな温かい焼き立ては初めてだ。



 確かに、礼儀作法で出てきた食事は、1つずつの食器に一品ずつ盛り付けられており、スプーンやフォーク、ナイフはこれでもかと並べられていた。


 アリシアは正直、タコが食事をするのかと思わず笑いそうになってしまい、ひどく怒られたのを覚えている。


 もちろん、今はそれが食事をより美味しく頂くための手法であり、食材や作り手への敬意を表する作法だと思っている。


 しかし、それは特別な日のための食事で、お客様をもてなすような時に出す料理だと思っていた。


 母のために、手間暇かかる薬膳料理を用意してくれるみんなに迷惑はかけられないからと、自身の食事を用意してきた身としては、こんなに美味しい料理を食事と思わない人たちの考えが理解できない。



 いや、ならばなぜ今こんなに温かい食事がすぐに用意されていたのか。

 父が事前に言ってくれていたからなのか……


 まさか自分1人のために用意してもらっていたのかと、急に申し訳なくなる。


 血の気がひくアリシアに

「ぼくは例外、こんな美味しい食事。食べないなんて理解に苦しむ」



 そういって、デザートを持つ手とは反対の手で、先ほどのパンに野菜や鶏肉が挟まれて作られたサンドイッチを見せる。


「今度からはぼくもお皿でいただこうか」



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