第5話 近い距離感

「えっ? ちょっと……待っ、待って!!」


 無意識に拳に力を入れる。


 最近は塔のしかけに対処するのが日常化していたこともあり、ゴーレムが出現した時と同様に、つい反射的に拳強打で打ちのめそうとしていた。


 相手の慌てた声に我に返る。


「えあっ? あっあのっ、すみませんっ!?」

 見れば肩をつかまれている。



 殿方にこんな近くでっ……というよりも触られている!? 


 お父様にすらこんな至近距離でお顔を見たことあったかしら!? 


 なにより……ここは学園の中で……この制服を着た殿方は十中八九ここの生徒さんで……





 おそろしい情報量と思考がアリシアの脳裏をかけめぐる。


 目の前に立ち、アリシアの肩を力強くつかむ殿方は、整った顔に銀色の前髪が少し鬱陶しそうにかかっていながらも、深緑の眼がまっすぐアリシアを見ている。


 肩をつかむ手は大きく、筋肉質な感じを思わせ、頭2つぶん高い背をしている。



 格好いい……



 なんて一瞬みとれてしまったが、制服を着ているこの殿方は間違いなく自分と簡単に話せる身分の方ではないはず。



「申し訳ありませんでしたっ」

 すぐに距離をとり、改めて、今度はしっかりと謝罪をする。身分ある方に攻撃魔法を使おうとしたのだ。


 学園に訴えられれば父と共に即、おさらばだろう。いや、最悪、不敬の罪を問われる可能性もある。



「……さっき君が使っていたのもそうだけど、今から使おうとしたやつも高位魔法だよね? 君、一体何者? 制服着てないみたいだけど、編入生? 僕と一度手合わせしてくれないかな?」



 顔をあげる。

 一度に色々言われたが、最後に手合わせと言われた気がする……


 初対面のレディに紳士がいきなり手合わせを? 


 最低限の礼儀作法しか学んでないとしても、紳士がレディに手合わせを願うなんて聞いたことがない。


 この学園では勝負をするのがステータスになる制度でも取り入れているのか……

 それともこの素敵なほほえみを浮かべる見た目だけは天使な殿方が、実は中身がおかしいのか……


 どちらにしてもこれ以上の関わりは避けたい。



「……私は、アリシア・フロン・ハッベルトと申します。ここの生徒ではなく、諸事情で食堂を探しているところでございます。先ほどの様々な非礼、大変申し訳ございませんでした。急ぎますゆえ、これで失礼しま……」


「あぁっ、あのハッベルト先生の娘さんかな!! ってことは、うん。なるほどね。ますます、手合わせ願いたいな」


 話途中で遠慮なく遮られる。


 なんなのっ、このひとは? 1人うんうんと頷き、手合わせをと詰め寄ってくる。


「えぇっと、私はこれで失礼します」

 顔をそむけ、逃げるように方向を変える。



「あぁっ、待って」


 今度は右手を掴まれる。


「食堂は、そっちではないよ?」


 ニヤリと笑い、逃がさないと言わんばかりのするどい眼差しに、大人しく案内されるしかないことを悟る。


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