第二章 ホットチョコレート

第8話 相席

「昨日はどーも」

「……へ?」


 そう言われて相手の顔をようやく見る。見覚えのある顔にはっと息を呑んだ。


「え!? な、なぜここに?! だって向かいの……」


 開け放たれたドアの先に見える、昨日訪れた居酒屋を指さして私はワナワナと震えた。

 もう二度と会うこともないだろうと、昨晩の自分の奇行の数々は忘れ去ろうとしていたというのに。


 こちらの反応が相当面白いのか、ケラケラと店員さんは笑っている。


「夜はあっち、昼はこっちなんですよ」


 そう爽やかに言われてしまい、ポカンと口を開けることしかできなかった。昨日の居酒屋にもすごく雰囲気の合っている人だと思っていたが、お洒落な空間にエプロン姿で優雅に働く姿もすごく似合っていた。


「ソウ……デシタカ」

「ふはっ、なんでカタコトなんですか?」


 そう言って吹き出してから笑う彼はとても爽やかだ。窓から差し込む朝日もいい仕事をしている。「冷めないうちにどうぞ」と言われるまで、私は彼を含めたこの景色をぼうっと眺めていた。くすんだ青色のマグカップを手に取って私はその場を離れた……のだが。


「あの……?」

「はい?」

「何故店員さんもついてくるんでしょうか?」


 ついてくる気配に振り返ると、彼も私と同じホットチョコレートのマグカップを持ち、私の後ろをついて歩いてきていた。


「俺もう上がりなんで、帰ってもいいんですけど……少し話がしたくて。ここいいですか?」


 そう言って彼は私が先に取っていた席の向かいに当然のように座った。嫌ではないけれど……何がどうして昨日初めて会った店員と客が同じテーブルでチョコを飲む流れになっているのだろうか。


 そんな私の戸惑いなど全く気がつかないといった風に彼は少し真剣な表情になった。


「昨日の続き、聞かせてください」

「え?」

「お客さんの家の話。やっぱりあのままじゃダメだろって思って。もう会えないかと思ってたけどうちに来てくれたし、これも何かの縁だって思うんすよ」

「は、はいぃ……?」


 ダメだ。身に覚えがない。家の話……と言っているから少年の霊が私の身体を借りている間に何かを話していたのだろう。もちろん裏側でルイと話していた私は何も知らない。霊たちには私と外の声が聞こえるようだが、裏側にいる間、私は表の声を聞くことができないからだ。


「(昨日何を話したんです?)」


 いつの間にか静かになっていた少年に語りかけてみる。少年はうーだとかんーだとかはっきりしない返答を繰り返していた。


「(とにかく変わりましょうか。ご所望のホットチョコレートもありますし。せっかくですから彼と続きを話をしてみてはいかがです?)」

「う、うん……」

「(では)」


 歯切れの悪いままだが。ここで私が迫られても目の前の店員が聞きたい話をすることなんてできない。少年には悪いけれどあとは任せよう。目の前に座る店員さんの目は気にせずに、手を合わせ目を閉じる。


「(どうぞ、召し上がれ)」


 入れ替わるための合言葉を言ったあと、昨日と同じく少年に身体を貸す。





 そうしてまた浮遊感に二度襲われて再び目を開けた時には、ほこほこと湯気を立てた淹れたてホットチョコレートが、私の目の前に置かれるところだった。


「はい。おかわりどうぞ……ってお客さんが飲むのは初めてになんのか?」

「……へ?」

「今度は幽霊じゃなくて、お客さん自身の話を聞かせてくれよ」


 彼から言われた言葉に、私は驚きのあまり肩を跳ねさせた。

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