3-1:資金繰り
白とピンクが基調となった部屋だった。
ピンクの絨毯に、棚に置かれたデフォルメされた猫のぬいぐるみ。冬物の黒い無骨なコートがハンガーに掛かっていて、時計はフクロウの形で腹辺りに時計盤が存在する。本棚にはぎっしりと文庫本が敷き詰められていて、ざっとタイトルを眺めるだけでも近代文学や西洋文学といった知的なものから恋愛小説までとかなり雑食であることが見て取れる。
しげしげと眺めつつも俺は慣れない異性の部屋に口を噤む。
そう、万里の家である。あのファミレスで首を縦に振った俺は、駅前からタクシーでこの家まできていた……のだが。
これが万里の部屋……か?
どうも俺の中のイメージと違う。もっと引き締まっていてモダンな感じかと思っていたが、想像以上になんというか、女の子っぽい。
そんなことを考えていたのが透けて見えたのか、ベッドに座る万里は俺をジトッと訴えかける目をして足を組んだ。
「なに。言いたいことがあるなら言えばいいじゃない」
「……お前、意外にそうなんだな」
「少女趣味って言いたいの?」
「いやそんなことはないぞ」
肯定したら殺すと瞳で語っていた。
「まあいいわ。何ボケっと突っ立てるの。私だけ座ってると見下されてるみたいでやりづらいから座ってくれない?」
剣吞とした視線に思わず背筋を震わせつつも、空いている勉強机前の椅子に腰を掛ける。
俺が座ったことに小さく息を吐いて万里は口を開く。
「それで、当面の目的は転校を目標にする。それで相違ない?」
「それしかないだろうな」
名幸が残してくれた情報によるとこうだ。
このゲームにはバグがある。4月1週目に2階廊下から壁にめり込むことでバグを誘発、壁の中───いわゆるゲーム空間の外側へとはみ出して落下することで生徒指導室にあるイベントを無理矢理触れることが出来る。そうすることで転校イベントを発生させ、ステータスを引き継いで次の周回に進めるのだが。
名幸が言うにはその処理の過程でタイトル画面に戻るそうだ。
あまり納得感は無いがゲームシステム的でそうであるというのならそうなのかもしれない。
しかし、転校が唯一ゲームからログアウトする方法……か。
「となると、後3日だな」
「3日? なんのことよ」
「知らないのか?」
「はあ? 私がバグのことを詳らかに知る訳ないじゃない」
万里は不愉快そうに俺を睨んだ。
でもそれはおかしくないか。
「お前、俺が周回してステータスを何度も上げてたこと知ってるじゃん。それでこのバグを知らないのかよ」
「普通に生活してただけの私が知る理由あると思う? バグって言うのは世界の理から外れる現象のこと。つまり分かりやすく言えば……朝成にとっては魔法とかそういう現象が当てはまるかしら。貴方、自分の世界で魔法を見たことはある? ファイラでもファイガでも何でもいいけど」
「あるわけねえよ。てかFF派なの? FFこの世界にあるの?」
「どうでもいいことに深く首突っ込まないで。例えよ例え。ともかく、多分そういった盤外知識を覚えているのは朝成に攻略されて首ったけになってる子だけ。言ったでしょ彼女たちには周回間の記憶があるって、その間に知ったんじゃないの。その辺は全部貴方が原因だから」
「まるで俺が悪いみたいな言い方してくれるな」
「悪いじゃない。7股とかサイテー」
「ゲームの話だろ!」
本気で軽蔑するような視線を向けてくるもんだから思わず反駁した。
ギャルゲーで全ヒロイン攻略したから7股扱いとかプレイヤー舐めてんのか。
なら攻略されるなよバーカ……と言うのは万里の反応が怖いので心の中で留めておく。
「はいはい、ゲーム感覚で女の子を落としたってことね、理解理解」
「ちがっ……いやまあゲーム感覚はそりゃゲームだからそうだが! 言い方もうちょいどうにかならないのかねえ!」
「クズ男」
「だから違う!」
「限りある時間を美少女ゲームに注ぎ込むオタク」
「そ、それはお前……」
なんも言い返せねえのよ。
万里は俺を謗るだけ謗れて満足したのか、ふぅと息を吐いて話題を変える。
「それで3日ってなんのこと?」
「……タイムリミットだよ。転校イベントは4月1週目にしか発生しない。昨日が転校初日で月曜日、今日が火曜日で残りが水木金で3日間」
「なるほどね。バグはすぐ引き起こせるものなの? 事前準備が大変だとか、或いは1フレーム単位での精度が要求されるものとかだったりする?」
「事前準備はバイクだけ必要だな。ある程度スピードが無いと壁の中にめり込めないんだよ。だがゲームと同じなら原付バイクで行けると思う」
「ふーん……学校内で原付バイク走らせるって昭和のヤンキーでもやらないんじゃない? 何でそんなことを思いついたの?」
「待て待てバグ発見者は俺じゃないしそもそもゲームのグリッチなんて大抵こんなもんだろうが」
「知らないわよゲームしないんだから」
澄ました顔で万里は言うもんだから思わず部屋を見渡してみる。
……確かに見えるところにゲーム機はない。見栄を張ってる訳じゃないみたいだな。
いやそんなことはどうでもいいな。
「んで、よって問題が二つ。まず俺のバイクをどうするか。これは現地調達か買うかの二択だな」
「現地調達ってなんなの? ……凄い嫌な予感がするんだけど」
「なにってバイクで一般道を走っている人の前に出ていって、急停止したところで肉体交渉して無償で譲り受ける方法だ」
「強盗じゃない!?」
グラセフだとこれが一般的な車両入手方法なんだけどなぁ。
まあ言ってみただけだ。現実に程近いこの世界でそんな荒々しい手段を取るのはかなり気が引けるという気持ちは俺にもある。
「やっぱり駄目か」
「当たり前。私、それやったら貴方と手を切るから」
「オーケー、なら買う以外に手段が無くなったわけだけど……金無いぞ?」
「お年玉とか貯金しない派なの?」
「さあな。銀行カードの暗証番号が分からんから貯金額なんて見たことない」
「手持ちはどれくらい持ってる?」
「2万弱だな」
「ふうん」
万里はその言葉に頷いて、ぽちぽちとスマホを操作する。
「大体新品なら15万……中古で5万程度か。中古で買うとして残り3万円用意しないといけないと……言っとくけど私は貸さないからね」
「ああ。それはいい。流石にここまでしてもらっている上に金の無心までしたら人間の屑だろ」
「そ、そう」
面を食らったように目を見開いた。
万里は俺が金乞いするとでも思ったのか?
するわけないだろ、流石に。
「でも現実問題どうするのよ、3万なんてそう簡単に手に入らないわよ。それとも金銭無限獲得バグとかあったりするの?」
「あればよかったんだがな、まあ無い」
「そ。言うまでも無いけど犯罪は無しだからね」
分かってるよ。犯罪は無しだな。俺だってここまでリアルな世界で進んで非行に走りたくないっての。
「まあアルバイトでもして金を稼ぐさ。単発バイトとかあるよな?」
「あるんじゃない? 私はやったことはないけど、すぐ近くは都会だし。でも1日8000円と仮定して3日で2万4000円……足らないと思うけど」
「それは8時間働いた場合だろ。ダブルワークって知ってるか?」
「知ってるけどまさか夜も働くつもり? 肝心な時に動けなくなっていいの? それに夜なんかに出歩けば歩くほど彼女たちとばったり出会うリスクが増える」
「分かってるが手段が無いっての」
俺だってアルバイト以外に選択肢が取りたい。でも現実問題それは難しい。
『ブルーメモリーズ』内の金銭獲得手段はアルバイトという名のミニゲームを熟すことだ。選べるバイト先はコンビニ、ケーキ屋、ラーメン屋の三種類でどれも前時代的で単調なゲームをやる必要があった。この現実に限りなく近づいた世界でその三つの選択肢から選ぶ必要性はないだろうが、それでもバイト以外に金を稼ぐ手段というのはないはずだ。
考えあぐねるように万里が虚空を見ていると「あっ」と声を上げた。
「ご両親に連絡を取るのはどうなの? スマホに連絡先くらい入ってるのよね。一人暮らししてるんだから言えば多少融通くらいはしてくれるんじゃない」
「それは考えてなかった、確認してみる」
スマホを取り出して電話帳を見てみた。無い。SNSの連絡先も確認してみる。やっぱり無い。
今更気づいたが紫雲名幸以外の連絡先が入っていない空っぽのスマホだった。
「ダメだな。全く入ってない」
「貴方……親に絶縁でもされたの?」
「それは俺じゃなくて榊田に聞かないと分からないだろうな」
「……まあ無いならアルバイトしか手立ては無さそうね」
万里は俺を呆れた目で見たが、俺ではなく『榊田』が原因であると思い直したのか頭を振って嘆息した。
「じゃあそう言うわけで俺は明日明後日学校行かないからよろしくな」
「ええ。……あとそうだ。紫雲名幸が送ったファイル、私に送ってくれない?」
「添付されていたやつか?」
聞いてみれば万里は頷いた。
名幸は自分の知識データを添付したとかメールで言っていた。しかし名幸が何を意図して送ってきたのかは俺は分かっていない。スマホだと開けないんだよな、ファイル形式が対応してないのか分からんけど。
「パソコンで見れるか試してみようと思うの」
「ああそういうことか。メルアド教えてくれ」
万里からメールアドレスを聞くと俺はさっそく名幸のメールを万里に転送した。立ち上がって万里は勉強机の上に乗っていたノートPCを取ると、またベッドに座って膝上でカタカタとPCを操作している。
「なにこれ、圧縮ファイルなの? しかも見たことない形式ね」
「7zipとかで解凍できないのか?」
「今やったけど転がってるフリーソフトじゃ無理。でも一旦大丈夫、こっちで何とかしてみる」
「詳しいのか?」
「多少はね。この中身さえ確認できれば紫雲名幸の知ってる情報───彼女たちだけが知り得る情報を私たちも得られるかもしれないわ」
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