第35話 広がる計画と、加速する化学反応

「よし、電気事業の件を進めるなら、まずはグラナード様に相談ね。」


ユキがそう決めると、エリザがすかさず計画書を持ち上げた。


「では、私が説明します。王家への進言を頼むのなら、まずは公爵にしっかり納得してもらわないといけませんから。」


「……あんた、こういう時本当に頼もしいよね。」


エリザは涼しい顔で「当然です」と言わんばかりに微笑んだ。


一方、そのやりとりを聞いていたミレイユが腕を組みながら言った。


「じゃあ私は貴族の家を回ってシャンプー台の売り込みをしてくるわ。ついでに、コンセントの需要調査もしてくる。」


「え、待って、コンセント?」


「貴族の家にはシャンプー台の設置工事が必要になるから、そのタイミングで『今後こういう設備が必要になるかも』って布石を打っておくの。そうすれば、将来的にコンセントの設置を頼みやすくなるでしょ?」


ユキはミレイユの抜け目ない発想に思わず息をのんだ。


(……なんか、私が思ってた以上に、この2人ヤバくない?)


そう思ったが、ここで止める理由もない。むしろ、この2人がいるからこそ、ユキは美容の開発に集中できるのだ。


「じゃあ、私はエリザと一緒にグラナード様のところへ行くね。」


「この2人、つける相手を間違えたかもしれんな……」


「……で、お前たちは何が言いたいのだ?」


グラナード・マーストンはテーブルに肘をつき、目の前に並べられた分厚い計画書を見ながらため息をついた。


「ユキが電気を使う美容機器を開発する上で、一般家庭への電力供給の仕組みが必要になります。現在、国の電気供給は家庭用には十分に機能していませんが、工事をしてお金を払えば電気を使えるようにする制度を作れば、国にも利益が出ます。」


エリザは流れるように説明を続ける。


「具体的な試算はこちらです。現在の発電能力、国の予算配分、一般家庭の導入可能率、年間の電気使用量と費用の試算——」


グラナードは計画書を手に取り、ざっと目を通す。


内容は完璧だった。どこを見ても、国がこれを拒む理由はなかった。


——いや、待て。そもそもこいつら、美容師の助手じゃなかったのか?


ちらりと横を見ると、ユキはエリザの説明を聞きながら時折補足を入れている。しかし、その補足もまた的確だった。


「これは……」


思わずグラナードは呟いた。


「どうかしましたか?」


エリザが淡々と尋ねる。


「いや……」


グラナードは言葉を飲み込んだ。


(この2人をユキにつけたのは、間違いだったのではないか……?)


冷や汗が背を伝う。


元々優秀な人材だったのは確かだ。しかし、ユキという規格外の存在と組み合わさったことで、想像以上の化学反応を起こしている。


「……分かった。王家への進言は私が引き受けよう。」


そう答えるのが精一杯だった。


「ちょっと、怖いんだけど……」


一方その頃、ミレイユは貴族の屋敷を回り、シャンプー台の売り込みを始めていた。


「シャンプーを快適に、かつ優雅に行うための専用設備ですわ。湯浴みと違い、わざわざ全身を濡らすことなく髪を洗うことができますのよ。」


「ほう……それは便利だな。」


「さらに、美容の最先端を行く設備ですので、貴族の邸宅に導入すれば、より洗練された生活が実現しますわ!」


「なるほど……」


貴族たちは、ミレイユの巧みな話術にすっかり乗せられ、次々にシャンプー台の導入を決めていった。


——が、ミレイユの狡猾さはここからだった。


「ところで、こちらのシャンプー台には、今後さらに便利な機能が加わるかもしれませんのよ。」


「ほう?」


「最近、国では電気の利用が拡大しつつあります。もし電気を便利に使える設備があれば、ご邸宅の格も一層上がるのではなくて?」


「……確かに、それは面白い話だな。」


「では、シャンプー台の設置工事のついでに、電気設備についても相談できるようにいたしましょうか?」


貴族たちは深く考えもせず、「ああ、それで頼む」と頷いた。


ミレイユは心の中でほくそ笑む。


(……はい、確約っと。)


——こうして、シャンプー台の開発費の中に、コンセントの開発費がしれっと紛れ込んだ。


帰還。そして戦慄。


ミレイユが戻ってきた頃、ユキはグラナードとの打ち合わせを終えて帰宅していた。


「どうだった?」


「バッチリよ。シャンプー台の導入は次々に決まったわ。それに……ちょっとしたデータも集めてきた。」


ミレイユは微笑みながら報告を始めた。


「貴族たちは、電気設備についてほとんど知識がなかったけど、『最新の便利な設備』と言ったら、すぐに興味を持っていたわ。」


「つまり、電気の利用が広がる可能性が高いと?」


「ええ。そして——」


ミレイユはさらりと続ける。


「……シャンプー台の工事費に、コンセントの開発費も入れておいたわ。」


「……え?」


ユキは一瞬、聞き間違えたかと思った。


「どういうこと?」


「だから、シャンプー台を設置するタイミングで、電気設備の導入も一緒にできるようにしておいたの。貴族たちは深く考えずに了承してくれたから、既にいくつかの邸宅では工事が決まってるわ。」


「……」


ユキは絶句した。


(この子、ちょっと怖いんだけど……)


冷や汗をかきながら、ユキは改めて思った。


——この2人、つける相手を間違えたのでは?


ユキの周囲の空気が、確実に変わり始めていた。


つづく

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