妖怪前世紀(来世)

渡貫とゐち

第1話


 一番後ろ、窓際の席に座る美人に目を奪われたのは中学三年生の時だった。

 彼女の名前は雪門ゆきかど深月みづき――二年間同じ中学に通っていたけど、クラスが違くてタイミングも合わなければ「面識がない」ってのは普通だと思う。

 だから三年生の時にクラスが一緒になって――度肝を抜かれた。


 なんだあの美人は……、え、転校生!?

 窓際の席というのもおれからすればプラスに働いているのだ。窓を開けて風が入れば長い黒髪がなびくし、風を気にして髪を手で押さえる仕草に「ぐっと」くる。

 日が入って眩しい時、目を細める表情はそれだけで絵になるのだ。手でひさしを作って校庭で体育をしている生徒を眺めている様子こそ、おれが見たいものだった――何度も目を奪われる。

 授業中でも関係なく、両手で双眼鏡を作って雪門に注目し、


「おいストーカー」

「痛ぇ!?」


 黒板消しで頭を殴られた……スポンジ部分なので声に出したほど痛くはないけど、白い煙が思い切り……うぇぶはっげほっ!?

 へ、変なところにチョークの粉が……吸っちゃったじゃないか!

 それに――ちょっと待っておれの頭は今真っ白なのでは!?

 染めてないのに白髪になっている気がする……、教師が生徒の頭を黒板消しで叩くのは教育だとしてもアウトなんじゃないのか!?


「おっと、すまんすまん、つい手元にあった黒板消しで叩いてしまった……」

「先生ぇ……っ、まあ、間違いなら仕方ないっすね。でも黒板消しを持ってそれを忘れて叩くなんて……もう『老い』ですか?」

「ちょうどいいところに巨大な三角定規があるな。あれで突き刺しておけばよかったか――そこで待ってろ、一突きで楽にしてやる」


 先生が黒板横の三角定規に手を伸ばす。

 あんたの担当教科で使わない道具は勝手に使ったらまずいんじゃないのか!?

 たぶん人のやつだそれ!


「教師を年増扱いしたやつは死んでもらう」

「私利私欲のデスゲームマスターみたいなこと言ってる!」


 ……でもデスゲームマスターってそういうものか?


「まあ、冗談はともかくとしてだ」

「冗談……?」


 巨大な三角定規で生徒を突き刺そうとしたことは冗談ではなさそうだ。

 法がなければきっと先生はおれを刺していた……絶対に。

 目がマジだったから。

 そこはクラス全員から共感を得られるだろう。


神谷かみや、授業をサボるのは構わないが、堂々と分かるようにサボられたらこっちも注意しなくちゃいけないだろう。貴様たちがサボって成績が落ち、留年しようがどうだっていいが……表面上はちゃんとやれ」


 教師が言うことか?


「授業よりも興味があるのは分かるが、前のめりに見過ぎだ。盗み見たり盗撮するよりはマシだが、マシなだけでされる側は不快に感じるからな? 好かれたいならやり方をあらためるんだな」


「? 先生、おれがなにを見てるのか分かってたんすか?」

「お前……、あれだけ分かりやすく狙い撃ちしておいて、ばれないはずだとか思っていたのか? それはお前、視野が狭過ぎるだろ……」

「双眼鏡は視野が狭いんですってば」


 遠くは見えるけど。まあ、今のおれの場合は手を丸めただけなので遠くもよく見えない。

 というか、しない方がよく見えるまである。やる意味なんてなかったりもするが……。

 視野を狭めることで意識を集中させることができる。

 外野を視界に入れないように……なので視野が狭いのは願ったり叶ったりなのだ。


「はぁ……まあ、がんばれよ青春坊主。応援はしない。上手くいくといいなとは思うが、犯罪だけはするなよ? お前はそういうこと躊躇なくやりそうだからな……怖いんだよ」

「犯罪はさすがにしないっすよ」

「ならいいが」

「ばれない自信があります」

「隠さなければいけないようなことをするなって言ってんの!」


 先生は熱心におれの話を聞いてくれた。どこかのタイミングで切り上げてもいいのに、面倒な生徒でも絶対に見捨てないって強い熱意が感じられた。

 別の先生だったらおれがなにかしていてもスルーするのが普通なのに……。

 今考えれば良い先生だったなあと思う。今なにしてるんだろう……、結婚してるかな……まあ無理だろうな。あの人、理想が高いみたいだし……。


 先生はおれが誰を見ていたのか分かっていたようだ。口にこそ出さなかったけれど、特定していたはず……、先生が分かるなら雪門だって自覚していただろう。

 クラスメイトも――まあ元々、雪門は男子からは人気があったし、おれみたいにオープンにしていないだけで好意はみんなあっただろうな。

 おれたちにとってはアイドルだった。……アイドルというほど彼女は明るく天真爛漫ではないけれど、物静かで、クールで、口数が少ないがゆえに彼女が喋れば聞き入ってしまう。

 雪門が歩けば、その軌跡が見えるような輝くオーラがあったのは確かだ。


 学年の差は関係なく、彼女は有名になっていた。言動や所作が、やっぱり中学生にしては大人びていて、同級生であっても彼女を見て年上の良さを見出したりしたものだ。

 年上は年齢が上だけのことを言うわけではない……なんてことを思ったりした。哲学か?

 とにかく、雪門深月はみんなから憧れられていた存在だった。

 女子も憧れるほどだ。やっかみを受けていないのは、ステージの違いを思い知らせているからだろうか。もちろん彼女に自覚はないだろうけど。


 普通に歩いているだけでスター性を振り撒いている。

 彼女はまるで、時代が違えばそのカリスマ性は「超能力」とでも騒がれていただろうな。



 それを踏まえた上で――。

 おれは雪門深月と同じ高校へ進学した。

 努力なんてしていない、中高一貫というだけだ。

 なのでクラスメイトはほぼ変わらず、おれたちは高校一年となり――


 高校初の夏休みが、やってくる。



 初日。

 おれは雪門深月をストーキングしていた。ああ、いつものことだから、夏休みだから実行したわけではない……そんな「にわか」ではないのだ。


 声をかけたいけどかけられなくて、タイミングが合わないままはぐれてしまうから――結果、ストーキングになっているだけとも言えるしおれはそう言いたい。

 なぜか毎回、まかれてしまうのだけど……ばれてるのかな?

 でも、ばれてるなら「やめてくれる?」と言ってくると思うけど……?


 これは遠回しに許可が出ているのだろうか。

 なんだかんだと去年から続いているストーキングだし……毎日じゃないけどね。

 おれの腕も上がってきただろう(使うのは足だ)……尾行され慣れていない人なら、長時間追いかけ回せる自信がある。

 ただ相手が雪門でないならする意味もないけど……あ、雪門が曲がった。後を追う。


 それにしても、さっきからうろうろしているけど、ただの散歩って感じではないし、買い物にしては駅前にいくわけでもない。

 住宅地をぐるぐるぐるぐる……雪門はいったい、なにを目的に歩いているんだ……?


 彼女が入ったのは公園だった。

 夏休み初日だけどまだ子供はいない……、すぐ近くに大きな公園があるから、小さいこの公園にはあまりこないのかもしれない。

 昔はよくここでも遊んだけど、子供は新しい方が好きなのかね。

 隠れスポットになっていそうな気もするな。

 経年劣化している、カタツムリの形をしたアスレチック遊具に入っていく雪門。あまり接近すると尾行がばれそうだけど……ばれたらばれたでまあいいか。

 いつもならまかれていたところを今日はここまでついてこれた。もしかしたら追いついたらご褒美でもあるのかも……? なんて思いながらも、ないなとは思っていた。


 だっていつもと違うのだ……――雪門深月。

 今日の彼女は、ちょっと違う。

 もしも体調が悪いのだとすれば、すぐに声をかけるべきだった。

 小走りで追いかけ、遊具を覗く、と……いた。


 奥の方で膝を抱えて、見るからに落ち込んでいる雪門が。

 周囲が静かだからか、彼女の呟きが聞こえた。


「どこいったの……黒冬くろふゆさん……」

「黒冬さん?」

「――っ、だれ!?」


 思わず口をついて出てしまい、すぐに隠れる。

 雪門が「いたい!?」と声を上げていたので、狭い遊具の中で動いて頭でも打ったのかもしれない……可愛いところがあるじゃん。今まで見たことがなかった一面だ。


「ねえだれなの!? 黒冬さん!?」


 ここでおれが出ていけばガッカリされることは間違いない。その印象で「嫌い」までいってしまうと立ち直れない自信がある……、なのでここは姿を見せない方がいい。

 困っているなら手を貸してあげたいけど……、それは対面していなくともできることだ。

 なので誤魔化すために猫の声真似をした。お世辞にも上手とは言えないけど、誰かいる、という疑惑を猫に押し付けることで雪門が安心できるなら……。

 空気を読んで見逃してほしいけど、どうだろう。


「なんだ、猫ちゃんか」


 こいつ可愛過ぎかよ。

 がまんできなくなって、制御できなかった。ひょこ、と顔を出す。


 雪門が「ぇ」と詰まった声を出す。


「いや、猫じゃないよ。ごめんおれでした。クラスメイトの神谷かみや陽壱よういちって言えば分かる? さすがに覚えてるよな?」

「しゃ、写真で見たこと、ある……」


 教室で会ってるはずなんだけど……。

 あと、ストーキングもしてるし……人影がいると分かっていてもおれであるとは認識していなかったのかもしれない。それは良しとするべきなのか……。


「クラスメイトなんだけど……まあいいや。ところで雪門……困ってる?」

「え?」

「困ってるなら手を貸すけど……話だけでも、聞くぜ?」


 ぐっ、と親指を立てる。

 力になれなくとも力になろうとした、という事実は好印象に繋がるはずだ。

 裏がある行動だけど、完全なる善意のみ、というのも雪門が不審に思うだろう。

 こういう時は恩を売りたいですよ、と言わずとも分かりやすく提示した方がいいはずだ。

 嫌なら断るだろうし……なので彼女の答えを待つ。

 雪門は……――今までに見せたことがない、彼女から見ることができないと思っていた満面の笑みが向けられた。


 ……アスレチックの中で薄暗いのに眩しいのはどうしてだ?

 雪門の笑顔のおかげだった!


「ありがと、神谷くん……――お願いっ、相談に乗ってくれる!?」


 まるで別人のような雪門だった。

 いや、どっちだろう…………こっちが素……?

 人が変わったような……?

 学校では、これまで通りの雪門を振る舞う理由があったということになる。

 同一人物か? と疑うほど、知る雪門と目の前の雪門が違い過ぎて……。

 このおれを戸惑わせるなんて、よっぽどのことである。


 ……さて、彼女はいったい、なにを抱え込んでいるのやら……。




 …つづく

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