第20話 「隙間に入れようとするなよ。ポットなんだから」

尚也 14歳 もうすぐ中三

銀  もうすぐ4才

早春


「うーん」

 通称サカモンテ、地球名坂茂知多久さかもちたく30才(推定)は首をかしげ、定規のカドで頭をかいた。

 彼の前に置かれているのは高さ40センチほどの……

「これはなんだ?」

「湯沸かしポットです」

 なにが問題なんだろうと不安な面持ちで尚也が答えた。

 先週坂茂知が家庭教師として三田村家を訪れた際、ふと思い立って出した課題がこれだった。

「君んちの湯沸かしポット壊れたんだってね。銀がぼやいてたよ。だから今日の宿題はポットの修理、もしくは君が新しいポットを制作する。いい?」

 そこで尚也はまず構造を知ろうと、ポットをばらばらにした。

 そして構造は理解したものの、発掘したばかりの土器の破片みたいになった部品を、再び組み立てるのがめんどうになった尚也は自分なりのものを一から作ることにした。

 その完成品が今坂茂知の目の前に置かれている。

「これの名前は?」

「名前……」

 なんでポットに名前がいるんだろうと、尚也は側に立っていた銀を見た。

「名前考えてなかった」

 すると銀は迷わず答えた。

「ロポットくん」

 それを聞いた尚也が嬉しそうに手を叩く。

「ロボットとポットをかけたのか?うん、それいい」

 坂茂知はフウと息をつくと椅子の背にもたれた。

 噴水にいる小便小僧。あれを尚也なりにアレンジしたらこれになるのか。

 胴長ずんどうのポットにはおちんちんがついていて、先端から湯が出るしくみになっていた。

「銀ちゃんはこれ気に入った?」

 坂茂知は尋ねる。

「最初はおもしろいと思いました。でもあまりお湯が入らないので使いにくいです」

 このポットは一回にせいぜいコップ1杯分、約200ccのお湯しか沸かせない。

「いろいろ機能をつけてたら、お湯入れる隙間がなくなったんだよ」

 ポットはスターウォーズに出てくるR2-D2みたいな格好をしていて、頭部が光りながらくるくる回ったり、底部のキャタピラでかなりの難所も自由自在に動き回れるようになっていた。

「隙間に入れようとするなよ。ポットなんだから」

「はい」

「動く必要もないだろ。熱湯入れたままウロウロされたらかえって危険じゃないか?」

「……はい」

 頷きながらも、尚也はだんだんイジけた表情になっていく。

 力作だった。坂茂知先生もきっと感心して褒めてくれるだろうと思っていたのに。その表情を見て坂茂知は少しだけ折れることにした。一見ふざけたロボットだが、多分本人は大まじめで作ったんだろう。教育者として良いところも見つけてやらないと。

「でもここ」

と、ポットの中程にあるオチンチンを指で弾く。

「これはリアルでなかなかよく出来ている」

「そこは銀が作ったんです」

 尚也がムスッとして言った。

 ポットにオチンチンをつけるのはいいアイデアだと思ったのだが、上手く出来なくて手先の器用な銀に作ってもらった。

「……」

 坂茂知は黙ってしまう。気まずい悪い空気の中、突然坂茂知がばっと立ち上がった。

「忘れてた!今日は草野球の試合の助っ人頼まれてたんだ」

「え、野球?」

 大好きな野球と聞いて、尚也が興味を引かれた様子で顔を上げる。

 だが坂茂知はそれにも気づかず、

「じゃ、もう時間ないから。またな」

 と、部屋を飛び出して行ってしまった。やがて銀の耳に聞きなれたエンジン音が届き、そしてそれはみるみる遠ざかっていった。

「野球、俺も誘ってほしかった」

 尚也がポツンと言う。

「今度頼んでみたら?」

 銀は尚也作のポットからちょろちょろとお湯を出し、一人分のお茶を入れた。それを尚也の前に出すと空になったポットの頭の蓋をあけて水を足す。

 お茶をすすりながら尚也はその様子を眺めていた。

「一杯ごとに沸かすのは、効率悪いな」

「ヤカンでお湯沸かした方が早そう」

「けど、デザインとか性能はかなりいい感じだと思う」

「うん。私はこれけっこう好き」

 それを聞いて、尚也はホッと嬉しそうな表情になった。

「銀知ってるか?坂茂知先生、ああ見えて野球上手いんだ」

「知ってる」

「なんで知ってるの?」

「哉と尚也と一緒に試合応援に行った」

「行ったけど。銀もいたっけ?あれ?」

 尚也がしきりに首をかしげる。

 実は一緒に行ったことはなかったのだが、それを言うと尚也は多分「いつ?坂茂知先生と?どこへ?」とうるさいだろうから、銀は適当にごまかしてしまう。

 少し前まではまるっきり嘘がつけない銀だったが、最近は面倒を避けるために罪のない嘘をつく事ができるようになった。

 坂茂知は一見つきあいの悪い人間に見えたが、お願いすれば面倒がりもせず銀をいろんな場所へ連れて行ってくれた。とても感謝していたから、坂茂知が尚也に疎まれるような事は言いたくなかった。


 野球の助っ人というのはその場逃れの口実でもあったが本当だった。

 坂茂知はその日の試合で一発柵越えを放ち、攻に守に活躍したが、チーム力のなさはどうにもならなくて結果は13対1の惨敗。

「坂茂知くん、今日はありがとう」

 弱小チームのキャプテン野々村が笑顔で坂茂知に握手を求めてくる。それを無視して坂茂知は野々村をジロリと見た。

「おまえら他人に頼る前に、自分のチームがちっとはマシになるように努力してんのか?」

「ひどいよ、坂茂知くん。俺らすげえ頑張ってんのに」

「全然効果出てない。練習方法変えるとか工夫した方がいいんじゃないか?」

「じゃあ坂茂知くんコーチしてよ」

「俺は忙しい」

「ふうん」

 週一で家庭教師やってるだけだろ、とか余計な事は言わず野々村は頷いた。

「じゃあ、俺は次の用があるからそろそろ帰るかな」

 坂茂知はそう言ってバッグを抱えなおす。とその時。キリリとした表情が一瞬ゆるむ。こっちに向かって歩いてくる一人の少女に向かって坂茂知は明るい声で呼びかけた。

「どうしたんだー、銀ちゃん」

 やってきたのは、大きな紙包みを抱えた銀だった。三田村家パパのお下がりだという大きすぎるコートが風に煽られて足に絡みつき、真っすぐな黒髪が乱れる。長すぎる袖からちらりとのぞく指先。印象的な黒瞳にばさばさと長いまつげ。

(おー)

 野々村は奇妙な感動をおぼえてしまった。なんだかアニメのフィギュアみたいに人形っぽい子だ。背はさほど高くないが、小顔で細身なのでスタイルが良く見える。

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