第五十話 再会




ステラシアの王宮は敵の本部だ。絶対に離れたりしないで。莉希ちゃんと合流したらすぐ引き返そう。ナイカの目的がわからないから、彼女を不必要に刺激しないこと。

約束の日の夜になった。春樹から課された言いつけをもう一度心の中で反芻する。敵地へ飛び込んだはずなのに、静かで人の気配がない。

「本当にここ、お城なの?」

「そうだよ。ナイカが手を回して僕たちの姿を見られないようにしているのかもしれない」

見回りの兵士が歩いてくる様子も、侍女や下男が何か働いている様子も見受けられない。

「こっち」

かつて訪れたことがあるらしい茉奈の先導に従い、豪華な通路を駆け抜ける。大きなホールへと出た。そこは紛れもなく梅子がこの世界に来て最初に見つけた場所だ。

「あ……ここ、私が召喚されたときの場所!」

「へえ、梅さんの始まりの地ってやつ?」

「あんまりいい思い出ないけどね」

「はいはい二人とも、行くよ!」

このホールから始まった自分の異世界生活に感慨など覚える暇もなく春樹に手を引っ張られる。そのまま中央の階段を上がり、謁見の間らしき豪奢な扉の前で立ち止まる。

「ここが謁見の間」

「よし。武器用意しろよ」

馬車の中で何度も手入れしていた使い込まれた短剣を怜が構える。茉奈も腰帯の剣を引き抜いた。

「よし、開けるよ……!」

この奥に待つのはナイカか莉希か。梅子は息を呑み、春樹がその扉を開けるのを見守っていた。

「_________!」

謁見の間に待ち構えていたのはそのどちらでもなかった。玉座に目を閉じて座る冠を被った女性。

「あれって、女王?」

召喚された時、一度だけその姿を見たことがある。燦然と輝く美しいティアラははっきり記憶に残っていた。しかし、今はそのティアラに気を取られている余裕はない。

「なんだよあれ」

怜が呆然と呟いた。目を固く閉ざし眠るように玉座に座る女王。その体に無数の金色の糸が絡みついている。まるで女王を玉座に縛り付けるように。そして何より異質なのはその心臓に刺さる刃。深々と女王の心臓に食い込んでいるにも関わらず、女王の心臓から血は流れ出ていない。

「どういうことだ? なんで女王が刺されてる、ナイカはどこにいる」

「私はここだよ」

全員がハッとして声のした方を見た。玉座の影から、ナイカが姿を現す。

「ナイカ……!」

怜と茉奈が武器を構え刃先をナイカに向けた。ナイカは澄ました顔をしている。

「莉希はどこ?」

梅子は一歩前に出て声を張り上げる。ナイカはにたりと歯を見せる。そのおぞましくサイコパスな表情に梅子はヒッと息を呑んだ。

「君たちが知る必要はないだろ?」

「はあ!? なんだそれ!」

「君たちはここで死ぬんだから」

ナイカが嘯く。謁見の間を静寂が支配した。

「し、死ぬってなんで!」

「なんで? だって私が君たちを生かしておく理由はないよ?」

ナイカを前にして梅子の中には純然たる恐怖が存在していた。目の前のこれが何を考えているのか一切わからない。意味不明から由来する恐怖といったところだろうか。ほとんど縋りつくように梅子は春樹のマントの端を掴んだ。

「私たちの友達と会わせてくれるんじゃなかったの!?」

茉奈が勇ましくナイカに詰め寄る。ナイカはそんな茉奈をものともせず魔法を放つ。

「『氷よ』」

玉座と茉奈の間に氷の棘がいくつも刺さる。

「もちろん、会わせてあげるさ。でも、とは言ってない」

心臓が飛び跳ねる。怜が出していたもの以上の殺気が気味の悪さを植え付けて肌を撫でていく。

「私たちを殺して何がしたいの? お前の目的は何?」

梅子もその殺気に負けじと茉奈の隣に並び立つ。今ここでナイカの圧に負ければ二度と莉希と会えないような気がした。

「そうだね、冥途の土産に教えてあげよう。私は、この女を女王の座から引きずり下ろす」

再び静寂が訪れた。ナイカは青い瞳に狂気を滲ませてくふくふ笑う。梅子は玉座に座る女王に視線をやった。ナイカが女王の頬に手を添わせる。

「今、この国で女王になっていいのはソフィアだけなんだ。そしてこの女は女王に相応しくない。だから引きずりおろして、その後私が新たな女王になる」

「……どういうことだ。その女王様が、ソフィアじゃ」

「この女とソフィアを一緒にするな!」

春樹が首を傾げると、ナイカは激高して声を荒げた。

「ソフィアはもっと優しくて、高潔で、無垢で、純真で、強い……この女はもうソフィアじゃない!」

目を限界まで充血させたナイカは一気に飛び上がる。どうやら地雷を踏んだようだ。

「全員まとめて黄泉送りだ! 『氷よ』!」

再び鋭い氷がばらまかれる。梅子たちはそれぞれ別の方向に散って避けた。怜が真っ先にナイカの懐にとびこんでいく。

「お前、俺たちを殺したあとに女王も殺すつもりだな!」

ナイカに届きそうだった怜の短剣はぎりぎりのところで弾かれる。風を切る音とともに茉奈は後ろから切りかかった。

「女王が死んでもあなたが次の女王になれるとは限らないんじゃないの?」

茉奈の剣も止められる。刃物同士が鍔迫り合う嫌な音が響いた。

「どうかな。女王陛下には伴侶も子もいない。親族だって、今は幼い子どもばかり」

「『炎よ』!」

春樹が炎を放つ。青い業火がナイカの周囲を囲った。

「二人とも! 女王様に攻撃を当てちゃだめだ!」

梅子は端的な詠唱とともに閃光を放った。謁見の間が眩しい光に包まれる。

「王になれる器の人間は今、ステラシア王族の家系図を隅から隅までひっくり返したっていないさ!」

演技では出せない本物の狂気。実際に目にするとそれがありありとわかる。梅子は焦りとともに玉座へ走り寄った。

「だから私がソフィアの意志を継ぐんだ!」

「さっきから、言ってることが意味わかんねえ!」

構造上は四対一。人数はこちらが圧倒的に有利のはずなのに勝っている気がしない。頭上から響く剣戟の音。春樹が連続で魔法を打つのをナイカはノールックで叩き落す。梅子は玉座へ駆け寄り、女王に巻き付く金の糸に触れようとした。

「い゛っ」

触れたとたんに掌に走った電流。魔法だろうか。梅子は一度自分の掌を見てから、もう一度糸を掴む。バチバチ走る電流が痛い。

(この人を……引きはがさないと、みんなが本気で戦えない!)

三人とも梅子より圧倒的に戦闘能力が高いのだ。梅子が前にしゃしゃり出るよりサポートに徹した方がいいのはわかっている。

「お、き゛てっ、女王様ぁ!」

「梅子ちゃん危ないから戻って!」

切羽詰まった春樹が早口気味に梅子を呼ぶ。それでも梅子は糸を離さない。

「起きろ、女王!」

両腕に力を込めて糸を引きはがそうとすると、微かではあるが糸が位置を変え始めた。梅子はさらに腕に力を込める。

「動けええぇぇぇぇぇっ……!」

糸を手前側に引っ張り、じわじわ玉座と距離を取る。全身を使って抵抗しても今にも押し戻されてしまいそうだ。

「梅さん! っわ!」

「よそ見してると死んじゃうよ? 死ぬのは嫌なんだろ?」

ナイカは本気で殺しに来ているが、茉奈はナイカを傷つけるのを躊躇っていた。怜はそれに焦燥の顔を見せている。

「ほら、死にたくなかったら私を殺せ!」

「上等! ぁ」

茉奈は煽られたままにナイカの腹に剣を突き刺そうとして、一瞬踏みとどまる。それは背中側から切りかかろうとしていた怜も同じだった。二人の視線がかち合う。

____このままここで、人を殺したら____

「二人とも避けて!」

春樹の警告にすら判断が遅れた。ガン、と大きな音がして、玉座の前に二人の体が叩きつけられる。

「茉奈! 怜! ぁ!」

茉奈と怜に気を取られた隙に梅子は糸を引っ張る力を抜いてしまった。糸は一気に収縮し、梅子ごと玉座へ巻き戻っていく。梅子が咄嗟に手を離すと体は浮かび上がり、

「がはっ」

ナイカが梅子の腹を蹴った。梅子は玉座の後ろに飾られた巨大な絵画に叩きつけられる。全身が軋むような痛みだった。玉座の後ろ側に落ちてしまって戦況が見えない。ただ茉奈と怜が立ち上がり、春樹が魔法を発動し続けていることだけはわかる。

「た……て……た、た、なきゃ……」

意思に反して視界がどんどん狭まり瞼が重くなっていく。心なしか目の前がぼやけてきた。体が悲鳴を上げるほど痛がっている。

「……莉希……」

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