第三十五話 暗殺者レイと殺しの依頼
「は」
仮面の下から現れた顔に梅子は目を見張る。唇から吐き出された吐息が振るえた。男は仮面がなくなったことに動揺を見せることなく、尻餅をついた状態から即座に立ち上がり剣を構えなおした。仮面を割った茉奈に勢いよく襲い掛かる。動揺で反応が遅れる。茉奈の服の袖が刃先に触れて勢いよく裂けた。茉奈が態勢を崩して黒い大地に倒れ込む。男はそのまま茉奈を殺そうとじわじわ距離を詰める。
「ま、待って!」
梅子の呼びかけに男がゆらりとこちらを浮く。仮面がなくなったことで表情がよく見えた。冷徹で、元の面影はどこにもない。卯の花色の瞳が冷たく梅子たちを捉えた。
「待って! ダメ! 私! 私だから!」
男に訴えかけるが、眉一つ動かさない。無慈悲に剣が振り下ろされる。切っ先が梅子の頭に届く寸前、梅子の声が空を切った。
「怜!」
「……なんで、俺の名前を知ってるんだ?」
男、もとい怜が振り下ろした切っ先は梅子の届く少し前で静止する。
「や、私たちのことわかんないの?」
「……誰だ」
「誰? いや、冗談やめてよ!」
声を荒げると怜は煩わしそうに顔を顰める。立ち上がった茉奈はズボンについた土と草を払い、梅子の隣に並び立った。
「私が星田茉奈で、こっちが村雲梅子。それで君は三崎怜。……覚えてない?」
「……………」
「……………」
沈黙が訪れる。魔王城の方向で響いてくる魔法の音が遠い。怜は剣を鞘に納め、梅子と茉奈の顔を交互に見比べる。眉根を寄せているその姿に梅子は不安と戸惑いで心臓をきゅっと締め付けられた。なんで。どうして。やがて何分経ったかもわからなくなった頃に怜は重々しく口を開いた。
「……なんで俺、忘れてたんだ?」
愕然とするその声に梅子は一種の安堵を覚えた。卯の花色の瞳が急激に温度を取り戻す。
「やっぱり、怜だよね」
「う、ん。うん……そう、俺、怜だ」
「よかった……私たちが何か間違えてるのかと思ったよ」
茉奈や春樹と出会ったときのように手放しでは喜べなかった。対峙したからわかる、先ほどまでの怜は梅子や茉奈を「敵」として認識していた。とても、同じ部活の仲良しな友達に向けるものとは思えない。怜自身も戸惑った表情で座り込んだままの梅子に手を差し伸べた。
「ってか怜、これなに? あの『羽虫』はなんなの? 今まで何して……」
「梅さん、そんなに質問攻めしたら怜くん困るよ」
「あ、そっか。いやでも聞きたいことがたくさんあるんだけど?」
勇者の襲来の時にはなかった混乱がその場にあった。魔王城の方からはまだ爆発音やらなにやらが響いてくるし、国のあちこちで警戒する魔物の遠吠えが響いていた。
「あー……三十分待って?」
苦虫を噛み潰したような表情で懐をまさぐり、ホイッスルのような何かを持っている。前触れなくそれに息を吹き込んだ。
「本当に申し訳ありませんでした! まさか隊長のご友人だとは思わず……!」
「いやいや、大丈夫ですよ……」
「そーそー、俺も忘れてたし」
「三崎、仕方ないとはいえ反省しろ」
それからきっかり三十分後、魔王城の執務室。怜の部下らしい二人の男女が春樹に深々と頭を下げている光景が広がっていた。
「それで、どうしてアルティヤに?」
「とある人物からの依頼で、アルティヤに滞在している桃色の瞳の少女を殺せ……と」
女の方がおもむろに口を開き語る。仮面を外したその顔立ちはまだ幼く、下手をすれば梅子よりも年下に見える。反対に春樹の前に立ちはだかった男のほうは父親と同年代に見えるほど老けている。
「あ、失礼いたしました。私、レイ隊長の部下のヴェニパといいます」
「同じく、レイ隊長の部下のグリードです」
「私、梅子。それでこっちは勇者の茉奈、あと魔王シリウス12世と、四天王のシャドー!」
「よろしくね、ヴェニパにグリード。聞きたいことはいくつもあるけど、まずは君たちがどういう組織なのか、誰から梅子ちゃんの暗殺を依頼されたのか……聞かせて貰っていいかな?」
客を迎えるために設置された革張りのソファに怜は腰かけ手を組む。その表情はギターを練習している時のような真剣さを帯びている。
「俺たちはここからかなり北にあるニーヴ国に住む王国お抱え暗殺者集団。……の、うちの一部だ」
「一部?」
「そう。誰からも依頼を請け負って人を殺しに行く、暗殺者集団の中のエリート部隊」
「エリートって……国のお抱えの暗殺者集団がなんでそんなことする必要が?」
春樹が珍しく怜に胡乱な視線を送る。怜はぶすくれた様子でそっぽを向く。
「知らないよ。俺、先月隊長になったばかりで内情なんかこれっぽっちも知らないんだから。グリードに聞いて」
「隊長、ちゃんと話聞いておいてくださいよ。……まあ、国王陛下が命じたからなんですよね。私たちもその意図とかはよく知らないんですが」
怜の隣にグリードは腰かけ、溜息交じりに頭を振る。
「そっか。じゃあ、それはいいや。梅子ちゃんを殺そうとした人間は誰?」
ヴェニパとグリードが顔を見合わせ怜に隊長、と囁いた。怜はためらいなくその名を口にする。
「どこの人かは知らないけど、名前はナイカといって」
「ナイカ!?」
「ん、梅子ちゃん知ってるの?」
急に飛び出してきた聞き覚えのある名前に春樹の肩に手をついて身を乗り出す。痛い痛いと春樹が悲鳴を上げているがどうでもいい。
「ナイカって、私をここに捨てていった人!」
「えっ捨てていった?」「どういうこと?」「梅さんは捨て犬だった……?」
「人間だけど?」
騒然となる執務室に梅子はやべ、と舌を巻く。そういえば梅子がアルティヤに来た理由は説明していなかったような。
「いや、捨てたというのは語弊があって……」
アルティヤへ来た経緯を梅子は改めて一から説明した。ステラシアの聖女召喚によって召喚されたこと、女王に偽物認定されたこと、ナイカに連れられ気が付いたらアルティヤにいて、靴を奪われて船から落とされたこと。静まりかえったその場に茉奈の空気を読まない一言が炸裂した。
「梅さんと春樹が出会ったのって、割と天文学的な確率だね……」
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