第十六話 ノイトレッド帝国




「到着……と思ったけどここどこ?」

少し長めの航海を終えて到着した陸地は暗い洞窟と地続きだった。大国があるような雰囲気はない。

「直接ノイトレッドに船をつけるとどこから来たか怪しまれるでしょう。偽装するためよ」

「ほへー、そうなんだ。ノイトレッドはどっち?」

「ついていらっしゃい」

フェリシアに先導されて暗い洞窟の中を歩む。フェリシアは魔法で小さな火を灯した。

「いい? 滞在の期間は一週間が限界。その間一日に一枚必ず魔王様に手紙を書くのよ」

「なんで? 面倒くさい」

「国際情勢ってやつのためよ。魔国の四天王の一人が人間の国にいるってだけで大問題なのよ」

なるほど、と相槌を打った。自覚はないが危険な綱渡りに足をかけようとしているらしい。

「ノイトレッドにいる間、身分を明かさないことね。もし私とあんたの正体がバレたら即帰国よ即帰国」

了承の意を込めてしっかり頷いた。相当なことをしなければ正体が露呈することはないだろうが、注意はしておくにこしたことがない。先の見えない道を曲がったところで洞窟の出口が現れる。吹き抜ける潮風が気持ちいい。

「ここから少し歩いたところがノイトレッド。国の中にいる間は……そうね、バンドをやってたくらいだし楽器は弾けるでしょう? あんたなにやってたのよ」

「……ピアノ?」

キーボード、と口にしようとして閉口する。ギターがない世界にキーボードという語があるはずがない。ピアノとキーボードではモノが違うが止むをえない。心の中でピアノとキーボードに謝っておいた。

「なんで疑問形なのよ。でもまあ、ピアノならちょうどいいわ。修行中の演奏者って体で適当に潜り込みなさい」

「ええ……わかった。フェリシアは?」

「私は旅する踊り子ってことで」

洞窟を抜けたそこは森だ。木漏れ日ですら眩しくて梅子は嘆息する。木に生い茂った葉は青々としていて、梅子の足元を小動物が駆け抜けていく。獣道のそばには小さな花が群集して咲いていた。

「久々に正常な大地を見た。三日ぶりくらいだけど」

「……やっぱり人間にとってもアルティヤの植物は自然じゃないのね」

「も、ってことは魔物にとってもあの黒い植物は変なんだ」

「当たり前よ。育ってくる作物もたいてい黒くて嫌になっちゃう。明るい緑色って、何度見ても素敵よね」

ふーん、と生返事をして歩みを進めた。この世界に来て数か月ほどらしい春樹は毎日曇り空の下で嫌になったりしないのだろうか。人間、太陽が必要不可欠だとはよく聞くが。獣道の終わりが森の終わりでもあった。目の前に広がる薄黄緑の草原の向こうに、高い石の塀が聳え立っている。

「あれがノイトレッド?」

「の、国境ね。入口はこっち」

大きな石畳の道に上がった二人はそのまま道なりに歩いていく。やがて複数のまばらな人影とともに国の中へと入る門が見えた。門の脇には武装した兵士が立っている。

「入国検査とかあるの。ごまかせる?」

「そもそもそんなものないわ。勇者の国のモットーは『交流』だもの」

そういうものかと門に向かう。梅子たちの他にも何人も商人や旅人らしき人物が国の中へと入っていく。その少ないとはいえない人の波に紛れながら、梅子はいつ止められるのではと心臓を跳ねさせながら足を前へ進めた。もしここで魔物が入り込もうとしていると気付かれれば、捕らえられて投獄されるかもしれない。戦々恐々としている梅子をよそにフェリシアはずんずん進んでいく。

国境の線を越える。門番は声をかけてこない。どうやら無事入国できたようだ。無意識に止めていた呼吸がようやくスムーズにできる。

「あんたなんで息止めてたの?」

「ちょっと緊張した」

フェリシアに怪訝な目で見られているのをよそに、梅子はそこに広がる景色にようやく目を向けた。

「おわあ」

梅子の立つ場所から数メートルほど進んだ先に大きな湖が広がっている。その湖畔をぐるりと一周街並みが取り囲んでいて、さらに向こうに真っ白で荘厳な城が聳え立っていた。もちろん大地ごと浮いているわけではない。

「ノイトレッドはこの目の前に見える巨大な湖を取り囲んで栄えている国なのよ」

湖の中には船着き場があり、海に繋がる大きな水路から船が列を成してやって来ていた。太陽を受けてきらめく水面に梅子の心まで踊り出す。

「まずは何する? ごはん?」

「さっき朝ごはん食べたばかりでしょう。まずは宿探しよ」

「ちぇー。……ねえ、ちょっと探検してきていい?」

そう聞くとフェリシアはあきれ顔を披露しながらも少しだけねと許可を下した。梅子ははちきれんばかりの好奇心の赴くまま駆け出す。後ろからフェリシアの叫ぶ声が聞こえた。

「ちゃんと戻って来てよねー!」

「うん、もちろん!」

異国情緒溢れる街並みは梅子が想像する異世界そのものだ。今まで暗雲立ち込める悪役の根城にいたからか、どこもかしこも明るく輝いて見える。周囲を見渡すとあちこちに剣を模したマークが掲げられている。その下にある文字は当然日本語なわけもなく読めない。なんと読むのか首を傾げていると、肩を叩かれた。フェリシアかとふりかえるとそこにはフェリシアとは似ても似つかない清楚な修道女が立っていた。

「お嬢さん。なにかお困りのことでも?」

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