第42話 困惑

 「おそらくこの先に集落があるはずだ。そこに人がいるという可能性は少ないのだがな」

 

 服も髪もすっかり乾いた俺達は日が沈む前に移動することにした。


 結局、あの後何も無かった。そう、俺は何もしていない。以前、シルビアさんと同じ宿の部屋にいたとき同様に俺の理性はしっかり仕事をしてくれた。だって帝国のお姫様と何かあったら一大事だ。その理性とは真逆に主張し続けた俺の野獣のような下半身。彼女にそれも見られたけど、顔を赤くして目をらされた。ほんとにもう……。


「ん? シルビアさん、これは……」


「ああ、いつの間にか囲まれたようだ。というよりずっとあとをつけられていたのか?」


 迷宮でも魔物の気配察知には俺も自信があったのだか、これは意図的に気配を消す技術。。それもかなり訓練されたもの。どうする。シルビアさんはいま武器を持ってはいない。聖騎士の人たちは無手での格闘術も身につけていたが、彼女がどうかまでは俺も知らない。ここは俺が守らないと。


「シルビアさま、ご無事で」


 木陰から革の胸当てをつけた二人の女性が現れシルビアさんの前で片膝かたひざをつく。この人たちは!


「も、もしかしてルカ姉ちゃんに、そっちはニア姉ちゃん!?」


「アル君、お久しぶり。元気にしてたようね」


 その二人は孤児院時代に女の子たちを仕切っていた年上のお姉ちゃんの二人、ルカ姉とニア姉だった。無事だったんだ。でも、これはどういうこと?


「アルベルト、この二人とは私も面識めんしきがあるのだ。君がいなくなった後のことだったが、彼女たちはトビアスとマリーの配下だ」


「アル君。孤児院から私たちが売られた後、聖騎士さまたちによって姉妹たちはみんな救出されたの。その後、訓練を受けて諜報員ちょうほういんになったわ。みんないろんな国に潜伏して活動しているのよ。私たち二人はトビアスさまの指示で数日前からシルビアさまとアル君を離れたところから監視していたの。そろそろ大きな動きがあるだろうからって」


 売られたって? 俺が質問するより先にシルビアさんが口を開いた。


「ルカ、そのものの言い方だと、トビアスは私たちがあの女神の兵器に襲われることまで知っていたように聞こえるのだが」


「はい。女神イシスは、シルビアさまが帝国を裏切ることも知っていたようです。そしてアルベルトの存在も。あれは実はアルベルトを狙っての攻撃だと考えられます。理由は分かりませんが、この子を脅威としてイシスは認定しているようです。そのことをボスは数日前から把握していたようです。このことは、エルンストやヨハネスには知らされておりません」


「お、俺が脅威認定?」


「アルベルトの『ライジン』の力についての情報が教会にれたのか……。だが、私も詳しくはないのだが、トビアスもエルンストと同じガーディアンなのではないのか?」


「それについては私たちでは分かりかねます。ですが、彼らが一枚岩ではないことははたから見ていても分かります。それぞれが独立して考え、行動しているのではないかと推察すいさついたします」


 また出てきた、


「シルビアさん、そのライジンって何なの?」


「ああ、アルベルトは教えられていないのか。もともとは皇族や王族などに伝わる伝説のようなもので、世界救済の英雄の話だ。話の内容は長い年月で変容へんようしてそれぞれがまったく別の物語になっているようだが、驚異的な力で魔王を倒すことも、その力がアルベルトのあの稲妻をまとううような姿で行われたことの描写は一致しているのだ。その英雄の名もライジンとして共通している。聖教会本部の禁書庫に一度許可を得て入ったときに調べたことがあったが、そこには世界を救う英雄の話として書かれたものと、世界を滅ぼす悪魔として書かれた同時期の原本があった。表紙の文字は大陸共通言語で記載されていたのだが、本の中身は私が知らない文字、言語で書かれていたので内容までは分からないのだ。長い時を生きるガーディアンなら真実を知っているのかもしれないが」


 はっきりしない話だが、大昔に俺と同じ力を使う人がいたことは間違いないらしい。


「で、二人が姿を現したのは?」


、シルビアさまとアルベルトを解放軍のマテオとクラリス王女の元にお連れいたします」


 次に口を開いたのはニア姉だったが、それは……。


「どういうことだ? アルベルトを手元に置きたいのはわかるが……。私はこの王国を滅ぼしたエルンスト側につき、そもそもこの国への侵攻を企てた帝国の皇女。さらに信仰心の強かったマテオにしてみれば、恩ある教皇をこの手にかけた罪人。恨まれることはあっても……、それは私を売るということか?」


「いいえ、滅相めっそうもございません。マテオのところには。この事態についてもっとも把握されているのはあのお方かと。詳細は存じ上げませんが、シルビアさまの心配されることにはならないのではないかと」


「ギヨーム? やつは帝国に潜伏しているのではなかったのか?」


「それも行かれれば分かることかと」


 シルビアさんは腕組みして少し考えていたが、うなずくとルカ姉とニア姉についていくことにした。もちろん俺もそれについていった。

 

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