第17話 悪魔との遭遇

 途中、シルビアさんにシズクさんたちから聞いた髪色のことを尋ねてみるが、まだ調査中ということで、詳しいことが分かったら俺に教えてくれるということだった。そして、あの孤児院にいた残りのお姉ちゃんや妹たちのことも調べてくれていると教えてもらった。それ以上詳しいことは教えて貰えなかったが、ちゃんと気にかけてくれていたようで安心した。みんなしっかりご飯を食べることができているのだろうか。もしも誰か苦労しているんだったら、何とかしたいし、いまの俺の恵まれた環境が何だか申し訳なく感じてしまう。この任務が終わったら俺もその調査に参加できるようお願いしてみよう。まずは、その『』とやらを見定めなければならない。そんな気持ちで俺は前方に意識を集中させた。


「あれ?」


「どうしたのだアルベルト?」


「あの、この森って、索敵魔法さくてきまほうなんかが無効化されてしまうって言ってましたよね」


「ああ、アルも教本きょうほんで学んだように索敵魔法は、魔力を広範囲に薄く広く伸ばして生物を感知するものだ。この大森林はいたるところに魔素溜まそだまりが発生しているから、それが干渉して波形が大きく乱れて使い物にならないのだ」


「えっと、前のほう景色になんか違和感があります。空間がぼやけているというかゆがんでいるというか……。ああっ、人型です! 人の姿に見えます!」


「何! 敵だ! 前方に不、各自警戒、戦闘態勢をとれ!」


 シルビアさんの声にみんな足を止め、剣を抜く。先頭にいたシズクさんが何かに気づいたのか、走り出し大きく踏み込み何もない空間にその長剣を一閃いっせん


 金属どうしがぶつかるような高い音がした。そのまますぐに後方に飛び距離をとるシズクさん。すぐにその両脇に並ぶリイファさんとシアさん。


「敵一体を確認!」


 シズクさんがそう叫ぶと、俺には歪んで見えていた空間から黒いローブ姿の背の高い男が現れた。


「ほう、よく気づきました。あなたたち程度、これくらいの子どもだましで十分かと考えていましたが、いやいやなかなか」


 青白い顔をした細身の中年男は両手を叩きながらそう言う。


「貴様、悪魔か?」


「直接そう呼ばれるのはいつぶりでしょうか。悪魔ですか、そうですね、たしかにあなた達からはそう呼ばれていましたかね。を神として崇めるあなた達からすれば、対立する存在はそう呼ぶのがふさわしい。それにあなた達を改心させるために嫌がらせをしている身からすれば、まさにその通り」


 なんだこいつ。ふざけたフリをしているが、とんでもなく強いということだけは感じられる。だが、ふつうの人間から感じるはずの魔力の気配が一切ない。そこに存在しているはずなのに生命の温かみがなく、まるで死者が動いているような違和感が俺にはあった。


「うむ。見たところ、全面降伏というわけではなさそうですね。これはこれは……。もしや、あなたたちは馬鹿なのですか? その悪魔とやらを相手に奇跡だか希望だかを捨ててはいない。そうやって、おとぎ話のように上手くいった例があなた達の歴史上どれほどありましたか? うむ。ああ、ゼロです。そんなものはありはしないのですよおおおおおおおおっ!」


 空気が変なふるえ方をした。とてもわずかだが確実に空気は振動を続けていた。


 ふと、後方から兵士たちの悲鳴が聴こえた。


 咄嗟とっさに振り返ると兵士たちの身体が粉々に、まるで塩のようにさらさらと崩れていく。後方にいたはずの王国の数百はいた兵士たちは、甲冑や剣などその肉体以外を残して消失してしまった。最後方のマテオさんたち聖騎士とクラリスさまを乗せているはずの神輿が小さく見えた。


模造品もぞうひんを消すのは容易たやすいですね。さて、残された家族は悲嘆ひたんにくれることでしょう。その仮初かりそめの人生にあっても人の死というものは辛いものです。ああ、これはあなた達のせいですよ。聖騎士さん、できそこないの使。この国の王はその悪魔に魂を売る覚悟ができていたというのに、あなた達が邪魔をしたのです。そして、あなた達が私にそうあって欲しいと願った悪魔として、これは期待通りの行動を見せて差し上げただけのこと。さあ、どうするのですか? この国の国民のほとんどを同じ目に遭わせてみせましょうか? ああ、今ならひざをついて謝れば許してあげないこともありません。信じるか信じないかはあなた達しだい。ええ、もちろん悪魔の言うことですしね。クックック」


 まったく何が起きたのか理解できなかった。再び振り返った先にいるその存在が化け物だということしか俺には分からなかった。


「おおおおーーーーっ!」


 この声はマテオさん! それも声は上から聴こえた。


 見上げると、赤く強烈な光をまとった右の拳を振り上げ、マテオさんが空を飛んでいた。


「ぬっ?」


 これには悪魔も意表いひょうを突かれたのか、思わず声をらす。


 まばゆい閃光と大きな爆発音、そして同時に発生した爆風で俺は後方に飛ばされた。何度も転がり大木にぶつかり仰向あおむけになる。マテオさんの打撃にとんでもない威力があったことに驚く。あんなものを食らって無事な者はいない。


「へっ?」


 身体を起こした俺の前には信じられない光景があった。


 悪魔が片手でマテオさんの打撃を受け止めていた。身長は変わらないが圧倒的に体格はマテオさんが上。あの細い腕で表情を変えずに受け止めている。


「ぐぬぬぬぬっ!」


「人の身でここまでのことができてしまうというのは脅威ですね。ですが、あなたのことは調ので対策をすればなんということもない。それにしても私が時間をかけて取り込んだ者たちを殺されまくったことには、さすがにイラッとしているのですよ。マテオさん」


「ぐあぁっ!」


 マテオさんの右腕が爆散ばくさんした。そのひじからはとめどなく血が流れ続けていた。

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