第15話 謎は深まるばかり

「君は、この世界の創世の神話については知っておるか?」


「えっと、神さまがこの世界をおつくりになったというのは、神父さまから教わりました」


「うむ。儂も含めて人間、魔物などは女神イシスによりこの世に作られたのだ」


「あの……、大地や鳥や獣、草や花もでしたよね」


「いいや。それらは儂らの遥か前から存在しておる。つまり広く流布るふしておる聖書の記述はうそであるぞ」


「ええっ!? そんな……。でも神さまはいらっしゃって、そのイシスさまでしたっけ……」


「うむ。神であるな」


「い、いちおう?」


「これ以上は言えぬのだがの。だが、その人間も王やこの国の王族、シルビアさま、そして少年。君は儂らとは異なる人間じゃな。それを『』と呼んでおる。そして儂らは、つまり模倣もほう。簡単に言えばであるかの。ふぉっ、ふぉっ」


「宰相殿、それは言い過ぎでは……」


 シルビアさんがここでようやく口を開いた。


「いえいえ、聖騎士はすべて『オリジン』の系譜けいふ。たとえその血が薄まっておったとしても、命の価値は重いのです。儂らのように今生こんじょうの生が軽くはない。故に超常の力を神から与えられておるのですし。じっさい、あなた達はそのようにミメーシスを扱っておられるではありませんんか」


「それは……」


「サイラス、口が過ぎるぞ」


「これは失礼いたしました。王よ」


 王さまの一言で、宰相のお爺さんは引き下がった。オリジンとかミメなんとかとか何のことか分からないが、そんなことより聖書に正しくないことが書かれているということのほうが俺にはショックだった。


「ね、ねえ。シルビアさん。人は死んだら天国に行けるんだよね?」


「ん? あ、ああ……。そ、それはもちろんだとも。そんなことは心配しなくでもいいぞ」


 そうか。聖書に書いてある天国のことで、ちょっと心配になったじゃないか。エル兄たちや神父さま、それにリーダーたちにまた会えるということに俺はホッとした。で、何の話だっけ。ああ、悪魔のことだった。


「それでその『悪魔』というのは?」


「アルベルト、それは私が説明しよう」


 シルビアさんが俺のほうに身体を向けた。


「イシス神が創造する以前の人類、オリジンの流れを汲んでいるのだが、悪姿。その意味ではミメーシスたちも似たようなものではあるのだが……」


「うーん。全然分からないです……」


「そ、そうか?」


「ええ……」


 シルビアさんは一生懸命話してくれているのだけど何も頭に浮かんでこない。


「おお、マテオか」


 王さまの言葉で、開いた扉からマテオさんが入ってくるのが分かった。


 おや? あれは……。


 マテオさんの巨体の後ろを歩いてくるのは練兵場で見たあの女の子だった。その子はこの前と同じ白い服を着ていた。さらにその後ろにはあのおばさん。あの人もあそこで見たんだった。


「兄上、もういいだろう。クラリスのことは我々が守るのデアル。それに悪魔どもはこの私が倒すのデアル!」


 マテオさんが拳を突き上げる。


「ああ、あなたも着てくれたのね!」


「ど、どうも」


 話の流れからすると彼女がクラリス王女のはずだが、どう返事してよいのか分からない。


「お父さま!アルベルトも私を護衛してくれるのね?」


「そうなるな」


 これは……。悪魔に差し出されるお姫様の護衛に聖騎士団は参加するということらしい。そしてその中に俺も含まれるということか。でも、俺が参加したところで足手まといな気がするのだけど。


「マテオ、この少年が


「ああ、兄上。その能力はいまだ自由には使えぬようだが、アルは『』である可能性が極めて高いのデアル」


 前にもそんなこと言ってたな。何だよライジンって。


「だとすれば教会も黙ってはいないのではないのか?」


「ああ、それについては秘匿ひとくすることにしたのデアル。これはシルビア皇女殿下のご意向なのデアル」


「良いのか? シルビア殿?」


「はい。この国の災厄を取り除くことを優先いたします。いらぬ邪魔が入らぬようにするため。もちろん秘密に」


「そうか貴殿の考えであるのなら何も言うまい。だが、彼はどうして孤児院などに……」


「それも調査しましたが、何も履歴が残されておらず、前任のシスター・アンナも知らされてはいなかったようです。さらに前の責任者は失踪しっそうしているとのこと」


 何を話しているんだ? たぶん俺に関係することなのだろうけど、目の前で俺のことをニコニコしながら見つめるお姫様が気になって話が入ってこない。変なことを言って不敬罪とかで死刑なんてのは御免ごめんなのだけど。


「ねえ、私もマテオと同じようにアルって呼んでもいいかしら?」


 俺のすぐ隣に回り込んだお姫様が俺の耳元でそうささやいた。


「は、はい。もちろんです」


「やった!」


 嬉しそうな顔をするクラリスさま。すると彼女はシルビアさんのほうを見る。


「シルビアお姉さま、まだ私にも十分チャンスはありますよね」


「ん? あ。ああ、そうだな。そのことにおいては完全に自由意志であるから、私たちを縛る何ものも存在しないぞ」


 何の話をしているんだ? クラリスさまに向けるシルビアさんの不敵ふてきな笑顔が少し怖かった。でもチャンスって何?


 

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