第10話 異端

「マテオ、状況は?」


「屋敷は他の聖騎士たちで取り囲んだのデアル」


「まだ気づかれてはいないようね」


 夜中の貴族の邸宅の集中する一画。聖騎士団の任務に今回は俺も同行することになった。俺に荒事あらごとなどできるわけもなくシルビア団長にくっついての実務見学といったところだ。俺は詳しいことは知らされてはいないが、目の前の屋敷の貴族が異端の疑いというか、確実に異端であることの証拠が掴めたということで聖騎士団が乗り込むということだ。通常は教会が捜査しそれをもとに国が動くらしいのだが、この国の教会は現在機能を停止しており、多くの聖職者たちが投獄、場合によっては処刑されているとのこと。それについてもシルビアさんたち聖教国から派遣された聖騎士団がこの国の要請のもと動いてきた。今回のものは王家からの極秘の情報による任務。政治的な内容が絡む可能性がある場合はたとえ王からの要請であっても断るのだとシルビアさんが言っていたが、今回は異端審問的に完全に『クロ』だということだ。


「では、踏み込みます!」


 シルビア団長の号令で、庭木にひそんでいた騎士さまたちが動き出す。ゆっくりと歩き出し玄関の扉の前まできたマテオさんが拳を振り上げる。


 おいおい、そういうのいいのか?


 大きな轟音ごうおんとともに、素手で打ち抜かれた頑丈そうな扉が吹き飛んだ。屋敷の使用人たちが慌てて出てくるが、騎士さまたちはそれを無視して奥へと進んでいく。その様子を見て最後に歩き出したシルビアさんに俺はついていく。教会聖騎士であることを知った使用人たちは、ことの重大さをさとったのか抵抗せず無言で立ち尽くしている。


「ここに潜んでいるはずなのデアル!」


 先頭を行くマテオさんの声と同時に階段を上がった二階から扉が破壊される音がした。シルビアさんとその部屋に到着すると、ガウンを羽織はおった男性と寝間着ねまき姿の女性が立っていた。


「だからそれは誤解だと言っているであろう! おおっ、あなたはシルビアさま! どうぞ私の話を聞いていただきたい」


 彼は貴族の中でも急進派とされる人物、パパン卿。政治的に邪魔な存在としてもともと目をつけられていたようである。でも、聖騎士団の団長とはいえ、シルビアさんに「さま」づけ? 副団長のマテオさんに対する態度とは大きく違うような気がする。


「いえ、パパン卿。もう調べはついているのです。ああ、来たか」


 するとキースさんが何か紙のたばを持って部屋に入ってきた。


「地下の隠し部屋にこれと現物がいくつもありました」


「そうか」


「そ、それは……」


 シルビアさんがけわしい表情でそれに目を通している。


きょう、これをどこから入手されたのか? まさか自分で魔道具の仕組みを解明したなどとはおっしゃりますまい」


 後ろからこっそり覗くとそれは緻密ちみつに描かれた設計図のように見えた。


「マテオ、それで彼らは?」


なのデアル。問題ないデアルな?」


「ああ……、規定通りだ」


 シルビアさんと何か話したマテオさんが拳を構えた。その拳はうっすらと赤い光が宿っている。あれは身体強化? 普通に殴っても人を殺してしまうような怪力なのに、どうしてそんなことまでして……。


「ま、待て。お前たちは『奴ら』の情報が欲しいのではないのか? どうだ、取引しようではないか。私なら……」


「要らんのデアル。が貴様のような小物に正しい情報を伝えるはずがないのデアル。所詮しょせんは捨て駒なのデアル」


「くっ、ならば!」


 パパン卿はガウンの下に隠し持っていた何かを取り出しこちらに向けた。


「それは『銃』なのか!? そんなものまで流出しているなんて……」


 その小型の魔道具のようなものを向けられたシルビアさんがそう言った。


「さすがはこの世界の『まも』、聖騎士。これが何か理解できたようだな。ならば……」


 彼が何かを言い終える前にマテオさんが踏み込んだ。


「がっ!」


「きゃっ」


 パパン卿とその夫人の姿が一瞬で消滅すると同時に、パンッという乾いた音を俺は聴いた。


「うっ……」


「アルベルト!」


 俺の右肩が焼けるように熱い。遅れてきた激痛に俺はしゃがみ込む。何が起きた? 肩がくだけたような感覚と熱い血が流れ出す嫌な感覚。


「じっとしているのです、アルベルト。だ、大丈夫だ、落ち着くのだ! ま、マテオ、弾丸はどうなった?」


「問題ない、貫通したのデアル」


 シルビアさんの声のほうが慌てているように聴こえていて、こんなひどい状況なのに笑えてくる。


「ん?」


 彼女の両手が俺の肩の傷口に添えられた。そしてじんわりとした何かが流れ込んでくる。いままで感じていた熱さと痛みがひいていく。


「あれ? 痛くない」


 シルビアさんが手を離した肩には血も消えていて、よく見えないがおそらく傷も消えているようだった。これが治癒魔法なのか。見上げるとシルビアさんがホッとした顔をしていた。この魔法には魔力や体力を多く使うのかその額には汗がにじんでいた。俺は肩をぐるぐる回すがまったく痛みも何もなかった。


「うむ? 潜んでいる者がいるのデアル」


 それを聴いたキースさんたち騎士さまは剣を抜いてクローゼットに向けた。


 

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