第2話
眩しい光が、瞼を突き抜けるように差し込んだ。
柔らかな布団の感触。温かな空気。
ゆっくりと瞼を開けると、見覚えのある天井があった。
「ここは……?」
ケイはゆっくりと起き上がる。
身体が妙に軽い。手を見下ろすと、以前よりもずっと細く、小さくなっていた。
小さな手。小さな身体。
「……なんだ、これは?」
震える手を見つめる。
子供の小さな手だ。記憶にあるよりずっと小さい。
回帰前の時点でケイは二十歳を越えた青年だった。
冒険者として日銭を稼いでいた両手は指が節くれだって、傷だらけだったはずだ。
なのに、この手は小さく、柔らかい。傷なんてどこにもない。
慌てて部屋の鏡を見る。
黒髪と黒目の、端正な顔立ちの男の子がいる。
間違いない――これは、十年以上前の自分の姿だ。
(十歳くらい、か? ……ん? 何かいる……)
枕元には、見慣れない存在がいた。
半透明のピンク色のウーパールーパーだ。
青く澄んだ大きな目がぱちぱちと瞬きをし、小さく短い手足をゆっくりと動かしている。
なかなか愛らしい生き物だ。
「おお、目覚めたのだな!」
幼児のような高く、愛らしい声が響く。
――目の前のウーパールーパーが喋っている!?
その存在に思い当たるものがあった。
「お前、サラマンダーか?」
「そうなのだ! そなたひとりじゃ心配すぎて回帰に付き合ってやったのだ。われがいれば人生勝ち組まちがいなし! 期待してるとよいのだ!」
ウーパールーパーがぷるんと誇らしげに胸を張る。
「われのことは〝ピアディ様〟と呼ぶがよい! 種族はラッキーサラマンダーぞ。別名〝福の神〟とも申す尊いウパルパ様である!」
【作者からの補足】
※ウパルパはウーパールーパーのうち、胴体が短い種の名前です。
「ピアディか。俺はケイ。よろしくな」
「アッ。〝様〟を付けぬか、無礼者め!」
「……ふふ」
小さなウーパールーパーを手に取ると、しっとりと柔らかい。
ちょっとだけ冷んやりしていて、気持ちのよい感触だ。
「俺、本当に……戻ったんだな……」
呟くと同時に、記憶が怒涛のように押し寄せる。
最初の人生は最悪だった。
母とともに伯爵家を追放され、スラムで死んだ日々。
海に沈み、サラマンダーに出会い、こうして時を戻された――。
「おっと。喜ぶにはまだ早いのだ」
「どういうことだ?」
「そなたはまだ、完全に回帰はしてないのだ。今も死にかけで海の底に沈んだままなのだ」
「……は?」
それは聞き捨てならない。
「われの魔法で回帰させてやったのだ。それは確か。だが、まだ仮の状態なのだ」
「仮だと?」
「うむ。そなたはまだ前の人生で死にかけたまま。だから、ここで試練を乗り越えてもらうのだ」
「試練とは?」
「そうなのだ。われと出会ったときの海の底は暗くて穢れておっただろ? あれを勇者の力で浄化してもらいたいのだ」
ピアディは小さな前足を必死に動かしながら説明する。
「でも、どうやって? また海の底に潜れというのか?」
「ノーオ! 今のそなたと、回帰前のお前はリンクしているのだ。だから、今のそなたが勇者に覚醒していけば、前のそなたがいる海の底も自動的に浄化されるしくみ」
「な、なるほど?」
「浄化に成功したら、本当に回帰を確定させてやるのだ」
「じゃあ、失敗したら?」
「そのまま死ぬのだ」
「な……!」
「だから、必死にやるのだ!」
ピアディはけろりと言った。
「そなたにはしっかり勇者の素質があるのだ。それを発揮すれば、浄化なんてちょちょいのちょいなのだ!」
「勇者の素質、か」
ケイは戸惑いを隠せなかった。
自分が勇者の素質を持っているなんて、信じられない。
今のケイは十歳に戻っている。見下ろす両手はとても小さい。
まだ剣を習う前の、柔らかい手だ。
(こんな俺に何ができる? 勇者? お母様を死なせた俺にそんな資格なんてあるわけがない……)
「本当はわれも封印されてた時期が長くて本調子じゃないのだ。でも、そなたをサポートしてれば全盛期に戻れそうな予感!」
ピアディはちゃっかりした口調で言った。
「おい。俺を利用するつもりか?」
「うむ。持ちつ持たれつというやつなのだ」
悪びれないピアディにケイは呆れた。
だが、このピンク色のウーパールーパーには憎めない愛嬌がある。
「期待されるのは嬉しいが、俺にできると思うか?」
「できるのだ。あの勇者の光を思い出せばいいのだ」
ピアディが真剣な目で見つめてくる。
「われと出会ったとき、そなたの身体から金色の光が出てたのを覚えているか?」
「ああ」
「金色の光は誰でも持てるものではない。勇者の素質がある証拠なのだ」
この世界には魔法があり、人間が持つ魔力には色が付くことがある。実力が大きいほど鮮やかな色が付く。
だが、金色の魔力の持ち主がいるなどと、ケイは聞いたことがなかった。
ケイは自分の手を見つめた。
あの時、確かに何かが光った気がする。
(もし、俺にそんな力があるなら)
ケイは決意を固めた。
「わかった。やってみよう」
「うむ、それでいいのだ!」
ピアディが満足そうに頷いた。
だが、すぐに不安そうに俯いた。
「海の底の、われと仲間たちのいた海底神殿を穢した者がいるのだ。あの邪悪な気配……もしかしたらそなたを害した者と関係があるのやも。気をつけるのだぞ」
何やら不吉な忠告を頂戴した。
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