第10話【一生忘れない】

「俺の、父さんと母さんが…」

 俺の声は震えていた。雨でずぶ濡れになったせいで、体は冷え切っていた。

 そのせいなのか、俺の体は小刻みに震えている。

 違う。

 俺は恐怖と絶望で震えていたんだ。

 庭に出てきた夏生は一瞬驚いたあと、俺に駆け寄って名前を呼ぶ。

 どこか遠くで聞こえるその声。

 俺はぐちゃぐちゃになった花壇のように、力を失って膝をつく。

 着たままになっていた制服が泥に沈んだ。

「晴秋!」

 もう一度、夏生は力強い声で俺の名前を呼んだ。

 俺に覆い被さるように抱きしめてくる。

 冷え切った俺の体はその体温に縋りついた。

 命を落とした両親を見たあの時の光景が鮮やかに蘇る。あまりにもそれが生々しくて、喉の奥から苦いものが込み上げてくる。俺は花壇の前で咳と共に吐き出した。

 

 俺はまた、父さんと母さんを失った。


「晴秋、大丈夫、大丈夫だから……」

 背中をさする夏生の手は温かい。


 俺は声をあげて泣いていた。

 苦しくて、呼吸ができなくなる。吸っても吸っても、息ができなくなる。


「…落ち着いて、大丈夫だから。ちゃんと、ゆっくり息吸って、吐いて」

 目の前が真っ白になったまま、俺は聞こえてくる夏生の声を頼りに呼吸する。


「そう、落ち着いて…」

 その声を遠くに感じながら、俺の意識は途切れていった。




次回11話【大切だから】へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る