第19話 どうやらクラスメイトらしい

 僕にぬいぐるみをくれたこの人は、どうやら僕が知らないだけでクラスメイトらしい。人違いの可能性も無くはないが……。


「矢吹時雨さん……だよね?」

「あ、はい。そうです」


 どうやら少なくとも僕のことを知っていることは確定なようだ。名前を当てられたので正解だと素直に首を縦に振れば、目の前の女性は安心したようにため息を吐いた。


「良かった……。もしかしたら人違いなんじゃないかと思っちゃったよ」


 そう胸を抑えて言う姿には、少し罪悪感を感じてしまう。向こうは僕のことを知っていたというのに、僕は彼女のことを知らない。それだけなら別によくあることだろうが、クラスメイトとなるとちょっとね。


「ボクの名前は笠石日葵かさいしひまり。気軽に日葵って呼んでね!」


 爽やかな笑みを浮かべて言う笠石さん……いや、日葵は見た目通りの明るい性格をしている人のようだ。一人称がボクというまごうことなきボクッ子の登場に僕は少しテンションを上げる。

 

 僕は男であるからボクッ子と言っても似非というか、擬態型とでも言うべきなのかもしれないけれど日葵はそうではない。女性でありながらボクという一人称を使用するのがボクッ子であるのだから、これこそ正真正銘のボクッ子である。


 男性が使用する僕という一人称には大人しそうな雰囲気や少し下手に出ている時、それから誠実そうな印象を受けることがあるが、女性が使うと話は変わる。


 なんというかこう……いいよね!


 全く具体的なことを思い浮かべることができなかった。なんでもかんでも表現できると思えば大間違いである。


「矢吹さんは一人?誰かと一緒に来てるの?」


 僕は日葵にそう聞かれて、そのまま首を縦に振る。クラスメイトで同い年だと言うことが分かったのでなるべく敬語は外すことを意識して返答した。


「いや、僕一人だよ。暇を潰してたんだ」


 一人でふらふらと歩いていただけだから、予定なんて全くないし誰かと一緒にいるわけでもない。ただこの姿に慣れておこうと思って休日を利用した散策をしていただけである。

 

「そうなの?なら、ボクと一緒にお昼ご飯でもどうかな?」

「別にいいけど……。日葵は友達とかいないの?」

「実はボクも一人なんだ。さっきまで一緒に遊んでた友達はいたんだけど、用事があって帰っちゃってさ」

「あら。なら、構わないよ。近くにあるフードコートとかにする?」

「いいの?」

「うん」


 僕としても一人は少し退屈だと思っていたところだ。初対面の人と会話が続くかどうかわからないけど、誘われたのならついて行く。断る理由がないし、ここで断るのは悪い気がするしね。


「ありがとう。それじゃあ早速いこっか」


 日葵は嬉しそうな笑みを浮かべて歩き出す。僕も彼女に付いて歩く。ゲームセンターからは脱出して、目指すはこのショッピングモール内にあるフードコートエリアだ。

 僕はぬいぐるみを小脇に抱えながら僕よりやや斜め前を歩く日葵について行った。なんか、騎士に守られているような、エスコートを受けているような感じがした。




 ▽▽▽




 フードコートに到着した僕たちは、空いていた四人掛けの席を取りお互いが正面に来るように腰かける。僕は隣の席に日葵から貰ったぬいぐるみを置いた。


「よいしょっと」


 今の僕の格好はスカートではなくパンツスタイルなので、座る際に両手で服を整える必要が無いのはありがたい。パンツは楽な服装なんだと言うことを最近改めて知ることができた。


 それにしても、日葵はかなりイケメンだし身長も高い。恐らく170cmは超えているだろう。それに何より姿勢が良くて、スタイルの良さも相俟って凛々しさが増している。


 その綺麗なショートヘアも彼女の爽やかさと凛々しさを演出するのに一役買っている。


 なんというか、一挙手一投足が絵になるようなキリッとした感じと言えば伝わるだろうか。バスケ部とかにいればさぞ映えるのだろうなと容易に想像できるかっこよさである。バレー部でも可。


 汗が似合いそう。ああいや、別に変な意味で言ったとかではなくてね?運動している姿とかに遭いそうだなって思ってさ。……汗が似合いそうー。


「先に行くかい?ボクは後でもいいんだけれど」


 ここはフードコートであるため、注文と取りに来てくれる店員さんなどいない。と言うことで、一人一人順番に買いに行くしかないのだ。


「うーん……。もし、日葵が食べたいものが決まってるなら僕が注文してきちゃうけど」

「それは悪いよ。それに、ボクはまだ何を食べるか決められていないから」

「そっか。なら、お言葉に甘えて」


 そうして注文を終え、ベルを手に戻ってきた。

 休日の昼間だけど、人の数は特別多くなく比較的スムーズに注文を終えることができた。僕が頼んだのはラーメンである。


 ま、そんなことがありつつも二人とも各々好きな物を注文した。


 僕はラーメン。日葵はカツ定食だった。そうして食事を共にしつつ、話が始まる。


「矢吹さんは、よく朝留さんや星野さんと一緒にいる所を見るから前から気になってたんだよ」

「気になってた……?気になる要素あるかなぁ……」

「ほら、三人はみんな美人だろう?」

「……それ、日葵が言うのか……」

「どういうことだい?」


 君も十分……というか、かなり美人の枠に入ってくるだろうに。

 

 そう素直に意見すれば、日葵は少し虚を突かれたように僅かに目を見開いた。


「ボクが?そうかな……。ボクは体も大きいし、可愛げが無いからそんなことは無いと思うけど……」

「別に体が大きいかどうかは関係ないでしょ。僕としては、高身長も魅力だと思うけどね」


 身長が高い女性は、僕からしたら魅力的に見える。確かに、自分よりも大きい身長の人を恋愛対象として見れない男性もいるのだろうけど、そんなに卑下するような事でもないし。


 僕からすれば、身長が高い人はモデルみたいでかっこいいと思う。


「そう言ってくれると嬉しいよ」


 と、日葵はお礼を言ってくれるがその表情はまだ晴れてはいない。身長の高さにコンプレックスを抱いているのか、それとも可愛げがないことを気にしているのか。


 細かいことは分からないけど、僕はふと思い出す。そう言えば、僕の身近にも身長が高い人がいたなってね。慰めとして適切なのか分からないが、これが日葵に良い影響を与えてくれるといいなと思う。


「僕の父さんも身長高いよ?日葵と同じかそれ以上あるかも」

「……ほ、本当かい!?」


 今までで一番驚いたようで、僅かに身を乗り出して聞いてくる日葵。


「うん。父さんの身長は確か178cmだったかな……。僕よりも10cmは高いんだ」


 まあ、女装姿の僕も168cmと中々背が高い方に分類されるんだけどね。女性の中ではね。いや男性としても高い方か。


「へ、へぇ……。あれ?と言うことは、矢吹さんってお父さんがいるの……?」

「あ、うん。うちは父さんがいるんだよ。珍しいかもしれないけど」

「へえー!羨ましいなー。ボクの家はシングルマザーだからさ、父親っていうものが何か興味があって」


 そう言えば、僕は当たり前に父さんの存在を受け入れていたけど、この世界だと父親がいる家庭って珍しいんだよね。男女比1:10だから単純計算で各家庭10組につき1人しか父親はいない。


 しかも、世の中そう単純にできていないから、父親がいる家庭はこれよりもっと少ない。両親どっちも女性という家庭の方が多かったりするくらいだ。


 そうして、話はどんどんと進んで行く。

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