非モテ女子なのに再会した幼馴染みから淫乱百合生徒会長だと疑われる。
最宮みはや【11/20新刊発売】
幼馴染みとの再会
第1話 再会の練習
黒髪の少女は言った。
「また会えたね。……驚いた。あの頃よりずっと綺麗になって」
「え、
「そうだよ、わたし。
「……えっと、篠羽なにがしたいの?」
金髪の少女は困惑していた。
「なに? まさか、わたしのこと忘れちゃった?」
「そうじゃなくて……これは、なに?」
小学生の二人は、家族同士の付き合いもあって物心ついたときからの付き合いがあった。
お互いの家も近いこともあって、三日にあけず顔を合わせている。
しかし、黒髪の少女は親の都合で京都への引っ越しが決まっていた。しばらくは、これまでのように会えなくなるのだが。
「まだ、だよね? 篠羽が京都に行くのは来週で、まだ全然毎日一緒に遊んでいるよね?」
「再会の予行練習だけど?」
「いらなくない!?」
「……鏡未は、わたしと再会しなくてもいいんだ」
「じゃなくて予行練習の方だよ!」
十二歳にして周囲よりもずいぶんと聡く育っていた金髪の少女からしてみても、黒髪の少女の言動は理解不能だった。
けれど、今にして思い返せば彼女なりに寂しさを紛らわすためだったのだとわかる。
また必ず会えるから――と自分に言い聞かせていたのだろう。
「……練習なんてしなくても、絶対また会えるから」
「本当に? 鏡未、美人でモテモテで、男も女もよりどり戻りでも……またわたしと遊んでくれる?」
「う、うん」
「今言いよどんだ。やっぱり……わたしのことなんて直ぐ忘れるつもりだ」
「違うよ? 篠羽が変なこと言うから戸惑っただけだよ?」
かくして月日は流れ、金髪の少女――
ただ一つ、
「はぁ」
彼女は大きな問題を抱えていた。
「鏡未ちゃん、ため息ついても仕事は片付かないよー。珍しくあたしもやる気出しているのにさ~」
「あ、ごめん」
「そりゃこの量だと気持ちはわかるけど」
「えっと、そうじゃなくて」
武蔵野女学院高等学校の生徒会室、まだ朝のホームルームも始まる前に二人の生徒が顔をつきあわせて書類つくりに精を出していた。
来る十月の文化祭に向けて各所へ提出する資料が大量に必要であり、本来は週何度か放課後に活動するだけのはずの生徒会は未曾有の多忙期となっている。
生徒会長の鏡未は、いつになく情けない顔を努めて真剣そうな表情に変えたが、どうも力加減がうまくいかずしかめっ面のようになった。
対する副会長の
副会長ながら校則をものともしない明るく染められた髪色ではあるが、地毛で金髪の鏡未と並ぶと、自然としっくり来る二人である。
鏡未は手を止めずに、ぽつりと口を開く。
「小学校のころの友達……幼馴染みがこっちに戻ってきてて、まだ会えてないんだけど、今日からウチに転校するって話で」
「えー今日!? すごい~、感動の再会ってやつじゃん。よかったじゃん……だよね? なんでそんな顔してるの?」
「うん、再会はすっごくうれしいんだよ。うれしいんだけど……」
鏡未は、目の前に座る縁を見て、また大きくため息を付いた。
「ええ、なになに、あたし!? あたしがなんかした!?」
「……縁はモテるよね」
「んん、急になに? ……まあ、モテるけど?」
「はぁーっ」
縁は質問に不審がりながらも、自分でもあっさり肯定する。
そんな彼女を見て、鏡未は三度目のため息が出た。
縁のはっきりした顔立ちとなにより女子高生ながら百七十センチほどある高身長、スラリとしたモデルのような彼女は鏡未から見ても自信に見合ったモテる女子だった。そして実際にも、モテる。
生徒会が設置している目安箱に寄せられる投書の半分は、副会長の縁へのファンレター紛いの内容であった。連絡先を教えてほしい。今度二人で遊びにいってほしい。プライベートな写真がほしい。などなど。
「……幼馴染みにね、別れるとき言われたんだ」
鏡未はノートパソコンのキーボードを叩く手を止めた。
「私がどんなに成長して、綺麗になって、モテモテになっていても……一目ですぐわかるって」
「へ、へぇ」
縁の笑みが、少しだけ不自然に固まる。
鏡未と縁は、中高一貫校の武蔵野女学院に入学してから――つまり中学校からの付き合いがある。中学一年生の鏡未を知っている縁は、今の言葉がどういう意味か察っしたようだった。
「だよね……だよね……」
「いやいや、そんなことないって鏡未ちゃん! 今年は生徒会長にもなったし、年々ね、髪も伸びているし?」
「全然フォローになってない」
けれど、事実だった。
小学生の、十二歳の鏡未は年相応の少女だった。
髪色は遺伝で白金色であり顔立ちも合わせて西洋人形のような容姿ではあったが、背は平均より少し低いくらいだった。
そして五年の月日が流れて、鏡未の背はそのままだった。
百四十四センチ。
「……だって、ねぇ。鏡未ちゃん、外見は全然変わってないじゃん」
残酷な事実だった。
「うぅぅ……そんなの……私が一番わかっているんだよぉ……」
「あーっ! ごめんごめんって、つい本音が」
本音、と小さく復唱して鏡未はさらに落ち込む。小学生のころから変化のない自分の外見。ただこれはもう受け入れるしかないことだ。栄養バランスの整った食事、適度な運動と十分な睡眠。できることはやってダメだったのだ。
ただし鏡未に取ってあきらめきれないこと――どうしても納得できないことはもう一つの問題である。
「再会した私が、ちんちくりんのままでさ……」
「可愛いよ? 鏡未ちゃんは可愛いんだからね? そんな悲観しないでね?」
「……でもモテないし、モテとは縁遠いし、遙か彼方だし」
「それは……そうだけどさ」
またもあっさり肯定され、今度ばかりは鏡未の口からため息も出なかった。
代わりに、胸が痛む。
ついでに言えば、こちらも全く変化が見られていない。大っぴらに言わないが、背のこと以上に悩んでいる。
「なんでなの!? 生徒会長だし……少しくらい、人気あってもよくない!?」
「……人気はあるよね?」
「私が言いたいのはああいうんじゃなくて!」
鏡未は生徒会長であり、その容姿の目立ち方もあって校内を歩けば注目を集めることもしばしばある。「生徒会長だー! 今日も可愛いー」「ねー、人形みたい~」「頭なでまわしてあげたいよぉ」「お菓子とか食べるかな」などなどの黄色い声が聞こえてくる。
人気はあるが、鏡未の望む類いではない。まるでマスコットのような扱いには、むしろ若干のイラ立ちすら覚えている。
頭なでまわすって、お菓子って、子供じゃないんだぞ。と。
「それに比べて縁は……告白とかも、されるんでしょ?」
「えー、まあ」
「どれくらい?」
「うーん、確か今月で、三人かな」
「…………私はゼロ。中高通算でゼロ」
鏡未が恨みを込めて「ゼロ」と呟くと、縁が気まずそうに視線をずらした。
「女子校だしね~。どうしてもさ、かっこいい系とか美人系がモテるじゃん。鏡未ちゃんだって共学だったら男子から絶対モテてただろうし」
「……そういう仮定の話で自分を慰めなきゃいけないのがまた悲しいんだよ」
「仮定じゃないって~、だって鏡未ちゃんすっごく可愛いよ~」
縁はにまにまと笑いながら、鏡未の頭に手を伸ばした。
「頭をなでるな……! 私がっ、なにが一番ムカつくかって言うと! 私以外の生徒会のみんなはモテモテなことだよっ! 生徒会長の私を差し置いてっ!!」
「ええ~、それって別に関係ないでしょ。生徒会だからモテているわけじゃなくて、たまたまモテる人が生徒会に入っているだけで。あたしも中学からモテてたし」
「そういう正論も聞きたくないっ!」
「もー、さっきからそうやってわがままばっかり言って。そういうところがまた子――」
一瞬、鏡未の鋭い眼光が縁に向けられた。
大きな丸い目をした鏡未が、どれだけ頑張ってにらんでも可愛げのある表情にしか見えないが、付き合いの長い縁にはわかる。
「小姑みたいだよ?」
「……そんなに口うるさくしたつもりはないけど」
「あー、そういえばさ、さっき言ってた転校生――鏡未ちゃんの幼馴染み、多分、鏡未ちゃんと同じクラスだよ」
露骨に話題を変えられたのはわかっていたが、鏡未はそれよりも新しい話題に興味が移った。
「なんで知っているの?」
「まいちゃん先生が言ってたから~」
「……あのさ、前から思っていたけど、縁はちょっと私のクラス担任と仲良すぎない? まさかと思うけど」
縁はモテる。
それだけでなく、少々手癖も悪い。鏡未も詳しく知っているわけではないが、問題にこそなっていないだけで、縁は気に入った相手にはだいたい手を出しているようだった。
友人の交際関係に口を出すつもりはないが、あまりに数が多いと気にもかかってくる。
加えて、まさか教師相手にまでということは――。
今までは、モテない自分が叱れば僻みだと思われるのではないかと何も言ってこなかったが、さすがに友人として心配になってきた。
「あーっ、予鈴鳴ったよ! ほら、教室行かないと~。鏡未ちゃんは幼馴染みとの感動の再会もあるんだから、急いでいかないと~」
「ちょっともうっ……また放課後ね」
「うん、鏡未ちゃんと幼馴染みの話聞かせて~」
八時二十五分を知らせる鐘がなり、縁はバタバタと慣れた手つきでノートパソコンの電源を落として見ていた紙の資料を片付ける。
そのまま生徒会室から逃げるように出ていってしまい、鏡未は一人残された。
「仕方ないな、縁は」
縁には文句が言いたくなることもしばしばあったが、鏡未はそれ以上に感謝していた。
とある事情で生徒会長となった鏡未に付き合う形で副会長になり、今朝も早くから終わりそうにない仕事を手伝ってくれていた。
「……でも教師は……そもそもこの場合、縁じゃなくて先生の方にも問題が――って、時間っ!」
自分をうかうかしていられないと、鏡未は慌てた。友人への心配も、自分への悩みも尽きないが、それでも今一番優先するべき事は、五年ぶりになる幼馴染みとの再会だった。
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