グラタン、
ぐらたん
グラタン高校の彼女は、マカロニ派でした
「いっけなーい」
そう言って角から突然現れたのは、グラタンを咥えた女子高生であった。
サラリとした黒髪ロングに、吸い込まれそうになる瞳。
僕は彼女が美少女であるとすぐに分かった。
僕はグラタン高校に通う、普通の男子高校生だ。
名門校なのでもちろん知っていると思うが、グラタンIQが高い者しか通らないグラタン高校、略してグラ高。
僕はそこの生徒、意味は分かるだろう。
マカロニ、チーズ、ホワイトソース、それぞれが織り成すマリアージュはこの世が生んだ奇跡だ。
一番好きな食べ物、答えに困るありふれた質問に、グラタンと0.03秒以内に答えられない者に興味は無い。
ベーコンやじゃがいも、エビやパンで作っても最高の一言だ。
おっと、地面に倒れる美少女を差し置いて、ついついグラタン愛に花を咲かせてしまった。
人間、グラタンについて考えることを止めたらお終いである。
「大丈夫ですか?」
美少女は手を伸ばす僕に、そっと「ありがとう」とだけ残し恥ずかしそうに去っていった。
咥えていたグラタン、ベーコンが乗っていた。
彼女は、ベーコングラタン派なのだろう。
まさか、そんな彼女が転校生だとは、この時の僕はグラタンで頭がいっぱいだった。
――ホームルームが始まった。
グラタン高校では毎朝、ホームルームの時間にグラタンへの愛を告白する。
一人一人がその日に想う気持ちを吐露するのだ。
「焦げ目の度合いは六十八%が適切だと思います」
僕の番を最後に、グラタン愛の告白は終わる。
席順として、僕はグラタン愛を纏める大トリとして誇らしく思う。
「今日は転校生を紹介する」
担任の声と共に扉を開けて入ってきたのは、あの時グラタンを咥えた美少女であった。
どこか恥ずかしそうであり、それを正そうとする泳ぐ目線、ベーコングラタン派によくある性格の女の子だ。
「えっと、
延味さんは少し声を震わせながらクラスを見渡す。
その時、一瞬だけ、僕と目が合った。
サッと目線を逸らした彼女を見て、僕は確信した。
彼女は、ベーコングラタン派で間違いないと。
「グラタンについては実は素人ですが、よろしくお願いします」
クラスの空気は凪いだ。
当然だ。
我がグラタン高校に、素人がやってくるなど前代未聞。
入学自体、どうやって出来たか定かでは無い。
運だけでここまでやってきたのだとすると、彼女――延味光栄はグラタンを愛しているのではなく、グラタンに愛されているに違いない。
「と、とりあえず空いている席に着きなさい」
担任も動揺を隠せない様子である。
無理もないが、この地獄の空気で向かってくる延味さんは、僕の隣の席に座る。
「よ、よろしく」
目を合わせずに、僕に軽く頭だけを下げる。
まるでエビグラタンのエビのように丸くなる彼女に、クラス中の視線が集まる。
僕だって、グラタン愛の無い人が隣の席で迷惑している。
だが、僕だけは彼女のことを知っている。
彼女――延味光栄はベーコングラタン派なのだから。
ホームルームは終わり、一つ目の授業、グラタン文学が始まる。
教科書も不揃いの延味さんは、あたふたと周りを見渡している。
隣でじたばたされても迷惑なので、僕はそっと机を彼女に寄せる。
「あ、ありがとう、ございます」
やはりベーコングラタン派、お礼の言える気持ちの良い人だ。
グラタン愛が無い事が未だに不思議なくらいだ。
彼女は恥ずかしそうに、僕の教科書の端っこを小指で抑えている。
春の香りが残るこの季節、教室の中を静かな涼風が通り過ぎる。
その風に乗って、一枚の葉っぱが僕と彼女の間に落ちる。
まるで、グラタンの上のパセリのように。
全ての授業が終わり、僕はグラタン愛を彼女に伝えたくなった。
ベーコングラタン派なのに、愛を語れないでは勿体ない。
放課後の教室、僕は彼女を呼び止め、二人きりの空間を演出する。
そして、一時間愛を語る。
黙って頷く彼女は、嫌がる様子もなく僕と向き合ってくれる。
どうしてか、僕の胸が少し熱くなったのを感じた。
グラタンの熱が、僕に移ったのかもしれない。
「私、実は言ってないことがあって」
彼女は僕の話が終わるのを待っていたかの様だった。
目線は泳ぎ、上半身を少しくねらせる彼女は、夕日の後光を背に口をゆっくり開く。
「私、マカロニが好きなんです」
僕の胸の中を衝撃が貫通した。
まるでマカロニの様に、一直線の穴が出来た。
グラタン愛が入り込む隙が、彼女にはまるでない。
彼女の頭の中はマカロニでいっぱいなのだ。
まさか、マカロニをそんな風に使うとは、とさえ思わざるを得ない発想も持ち合わせている。
グラタン好きの僕も、この実直さは見習わなければならない。
「私のマカロニ愛、見てもらってもいいですか?」
僕がゆっくり首を縦に振ると、彼女は勢いよく机の上に立って見せた。
そこから見事に、チーズとホワイトソース、そしてマカロニの融合とマリアージュを体現して見せた。
感動の一言である。
僕は、涙を流しながら、自然と拍手を送っていた。
この時間は、二人だけのもの。
僕は、ベーコングラタン派の彼女を、グラタンの次に好きになってしまったようだ。
おそらくそれは、同じくベーコングラタン派の僕は、最初から気づいていたのかもしれない。
あとがき
みなさま、最後まで読んでくださりありがとうございました。
どうも、グラタン教の教祖です。
もし、良ければ【作品フォロー🔖】をお願いします。
飛び跳ねます。
これからも様々なグラタンが出てきますので、お楽しみください。
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