第41話 お約束
黄金に輝く日月の姿と、三体の神獣たちが迫る。
炎に包まれた朱雀が荒覇吐神に向けて炎の玉を放つ。大蛇の姿では避けることも難しい。さりとて、攻撃を食らったところで多少の傷などすぐに回復する。荒覇吐神にしてみればそれは無視してもかまわないと思える程度の攻撃だった。
火球が荒覇吐神の体を焼く。一部のうろこが焼け落ち炎が上がるが、すぐに回復するだろうと楽観視していた。
しかし、炎は消えなかった。その赤い炎は常に同じ強さで燃え続け、傷を癒すことを許さない。
「な、なんじゃこの炎は!?」
朱雀の炎は再生をつかさどる炎。焼け落ちて傷ついた体は荒覇吐神の権能で再生するが、朱雀の炎はそれを許さない。再び焼けただれた状態を再生する。炎に包まれた体は通常の火とは異なる痛みを感じさせ、荒覇吐神を苦しめる。
自らの体を焼く炎に気をとられた隙に、上空の青龍から特大の落雷が放たれる。白く眩い稲妻が空を裂き、荒覇吐神の体を撃ち抜く。全身を貫くように雷が駆け巡る。
「なんじゃ、貴様は!」
荒覇吐神の怒りの咆哮にも、日月は表情を変えず白虎を駆る。
白虎は宙を駆け、荒覇吐神を翻弄するように右へ左へ走り、鋼鉄の爪が赤黒いうろこをやすやすと切り裂いていく。その動きは流れるように滑らか、荒覇吐神の攻撃が追いつくことはない。
攻撃の手を緩めることなく、朱雀の炎が放たれ、全身火だるまにした荒覇吐神をさらに雷が繰り返し襲う。炎と雷の交差する攻撃に、荒魂は身をよじり、悲鳴をあげる。
さすがの武御雷も、攻撃の手を止め、赤い大蛇を翻弄する日月に見とれていた。その戦いぶりは神話の時代に伝わる神々の戦いを彷彿とさせる。
「武御雷様、日月先輩は?」
陽翔が武御雷の元に駆け寄る。今、荒覇吐神に近づくのは危険だ、日月の攻撃に巻き込まれかねない。彼の表情には明らかな焦りが浮かんでいた。
「彼女はいったいどうしたというのだ、あんな戦い方をしていたらもろい人間の体など持たないぞ」
生身で強力な負荷 がかかる白虎に乗り、炎と雷が交差する戦場を駆け回っているのだ。いくら自分に防御結界を張っていたとしても、そう長く耐えられるものではない。武御雷の声には懸念が混じっていた。
「霊力切れを起こした日月先輩に、荒覇吐神の和魂が龍脈から霊力を補充したんです。そうしたら……」
陽翔は不安そうに日月を見つめる。彼女の姿は黄金に輝いているが、どこか生気を失ったような硬さがあった。
荒覇吐神の荒魂は日月の攻撃でなすすべもなく防戦一方に陥っている。日月の攻撃は緩まる気配はないが、白虎の上の日月の表情は明らかに苦しそうだ。その顔には汗が浮かび、体が痙攣するように震えている。
「強力な霊派に当てられ彼女の中の闘争心が暴走しているようだな」
陽翔の腕に巻き付いていた荒覇吐神の
「何とか止めないと、あの娘の魂ごと崩壊しかねない。本来なら守護例が制御に入るはずなんじゃが、お前の中の阿弖流為の魂をよみがえらせるのに力を使いすぎて本来の仕事が果たせていないようじゃ」
責任の元である和魂はすまなそうに頭を下げる。小さな赤い蛇は、その瞳に悲しみを宿していた。
「今は日月先輩を止めるのが最優先です。何か方法はないのですか?!」
陽翔は和魂につかみかからん勢いで問い詰める。彼の瞳には必死の色が宿っていた。
それに答えたのは武御雷だった。
「話はだいたい分かった。あの陰陽師の女子が自意識を喪失して有り余る力が暴走しているということだな。ならば、何かショックを与えて本人の意識を取り戻させるしかない」
武御雷は布津の御霊を構える。
「何とか我があの娘を押さえつけよう。あとはお前がなんとかするのだ、陽翔」
「あそこまで弱った状態なら、荒魂はわしが抑えることもできそうじゃ」
荒覇吐神の和魂は陽翔の腕から、武御雷の方に移る。
悩んでいる時間はない。それぞれに役割を確認すると、まずは武御雷が先陣を切った。
宙を飛び全身を焼く炎に悶える荒魂に迫る。武御雷は背後から近づくと隙を見て荒覇吐神の和魂を荒魂の元に飛び移らせた。
「もうやめるのじゃ」
小さな赤い蛇と大きな赤い蛇が交わる。二つの霊力が触れ合う瞬間、周囲の空気が震えた。
「貴様は我らのかわいい蝦夷の民が受けた屈辱を忘れたのか!」荒魂の怒りが伝わる。その声には千年の憎しみが込められていた。
「今を生きる蝦夷の民を思えばこそ、我らは干渉すべきではないのだ」和魂の思いが流れ込む。
二匹の元は同じ体であった赤き蛇の神は、お互いの思いをぶつけあう。二つの魂が交わる時、過去の記憶と現在の認識が共有され、互いの心に流れ込む。
「思い出すのじゃ、争いの先に何が残るのか、お主が行っていることは千三百年前の朝廷の行いと何ら変わらぬのだぞ」
和魂の言葉に、荒魂は心を殴られた衝撃を受ける。我が朝廷と同じ?その言葉は荒魂の中の何かを揺さぶった。
眷属とした妖の意識に同調させ、周囲の人々の様子を探る。恐れ逃げ惑うもの、泣きわめき助けを乞うもの、ただひたすらに祈りをささげるもの。その姿はあの時の蝦夷の姿と何ら変わることはなかった。ただ一つ違うのは、今この災いをもたらしているのが自分自身だということだけだ。
「ああ、何ということだ、我はどこで間違えた」
荒魂の中から怒りの感情が消えていく。静かにその姿が小さくしぼんでいく。激しい炎が消えるように、憎しみが溶けていく。
二つの蛇神は絡まるようによじれ、光り輝く。あとには一つの体となった赤い大蛇が残った。その姿は以前の荒々しさを失い、どこか穏やかさを纏っていた。
攻撃する相手を失った日月は、周囲を見渡し自らに切りかかってくる武御雷に狙いを変えた。
その瞬間、布津の御霊は剣の姿から人の姿に変化し白虎の首を絞めるように抱え込む。不意を突かれた白虎は牙をふるうが布津の御霊には届かない。強烈な力で首を締め付けられ、白虎は苦しそうに身をよじる。
その隙に白虎の背後に回り込んだ武御雷は背にまたがる日月を蹴り飛ばしていた。
「娘よ、すまないがおとなしくしてもらうぞ」武御雷の鋭い蹴りが日月の脇腹を捉え、彼女は白虎から放り出される。
不意を突かれた日月は地面に向けて真っ逆さまに落ちていく。
その先には、こちらにかけてくる陽翔の姿がある。陽翔は両手を広げ全身で日月を受け止めた。その表情には決意と覚悟が混じっていた。
日月を抱きしめるように陽翔は地面を転がった。二人の体が絡み合うように回転し、ようやく止まる。
日月を抱えたまま何とか起き上がった陽翔だったが、そこにとどまることはできなかった。今いた場所を青龍の雷が襲ったからだ。轟音と共に地面が砕け、二人がいた場所に穴が開く。
日月を抱えて慌てて駆けだす。前方からは朱雀が火球を陽翔に向けて放った。
間一髪よけられているのは、日月を抱えているため青龍たちも陽翔に直撃させる攻撃ができないためだ。しかし、その余波は陽翔の肌を焦がし、熱さと痛みを与える。
陽翔の腕の中の日月も何とか逃げ出そうともがき始める。その力はすさまじく、阿弖流為の力で強化されている陽翔でも押さえておくことは難しい。彼女の目は黄金に輝いたままで、意識はまだ戻っていない。
日月本人の意識を取り戻すようなショックを与える。
陽翔もその方法には心当たりがあった。こういった場面のお約束。彼の頬が赤く染まる。
「どうせなら初めては、もっとロマンティックなシチュエーションが良かったのにな」
陽翔は乙女チックなセリフを吐いて暴れる日月の唇に自らの唇を重ねた。
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読者皆様
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
残り4話となりました。
日月たちの最終決戦、応援していただける方、
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