第30話 母禮(モレ)

 陽翔はるとは考える。周囲をくねくねに囲まれているため顔をあげることができない。足元からは、この場所から抜けだすための光の目印が伸びる。

 あとはその場所へ移動するだけだ。問題はどうやってそこまで行くかということだ。


 

 唯一人、陰陽術を使うことのできる日月ひづきも、すでに三体の式神が行動不能に陥り本人の体調も万全とはいいがたい。


 荒魂あらみたまを失った荒覇吐神アラハバキノカミも戦うすべを持たない。


 猫神も田代島を出たら、ただのうるさいしゃべる猫だ。今も日月の肩にひしっとしがみついている。


 このままではいずれ、全員くねくねに魂を吸い尽くされてしまう。


 陽翔は近くに落ちていた枝を拾い、目をつぶったまま光の差す方へ体を向けた。


「俺が道を作ります、その隙に荒覇吐神とこの世界を脱出してください」


「ダメよそんなの、言ったでしょ、あなたを守るのは私の仕事よ」


 作務衣さむえの裾をつかんで引っ張る感覚が伝わる。


「大丈夫ですよ。俺だってまだ死ぬ気はありません。だから、俺が合図したら猫神と荒覇吐様を連れて前に走ってください。はぐれないようにしっかりつかまってください」


 日月の返事も聞かずに陽翔は手に持った棒を振り回しながら、少しずつ、くねくねが立ちふさがっていた方角へ足をすすめる。作務衣を引っ張る感覚が残っているのを確認してさらに前に。


 振り回す棒からは何の感触も伝わらない。


 今どのあたりだろうか?くねくねに囲まれたときの距離を考えるとそろそろ通り抜けたと考えていいのか?


 ほとんど思い付きで飛び出した陽翔は、くねくねを突破したかどうか確認する方法を考えていなかったことにいまさらになって気づいた。


 くねくねを突破しているか、荒覇吐神の示した結界のほころびにたどり着いているのか、それを確認するにはどちらにしても一度目を開けて確認しなくてはいけない。


 陽翔は意を決して目を開いた。


「カッ、ぐはっ……」


 目を開いた視界の先は真っ白だった。一瞬迷ったがすぐに自分がくねくねに包まれているのだと気づいた。途端に体の中から何もかもが引っ張り出される感覚が襲う。


 背中に日月の気配はある。


 陽翔の異変を感じたら彼女も目を開けてしまうだろう。ぼやける意識の中でなんとか荒覇吐の示した光の筋を確認する。靄に包まれているが光の筋はまだ先に続いている。


「ひ、日月先輩、目を閉じたまま先に行って!」


 作務衣をつかんでいた彼女の手を取り、そのまま光の指し示す先に突き飛ばす。


「はるとーっ……」


 消えゆく意識の中彼女の声が聞こえた気がした。


 *


 どのくらい歩いただろう?


 日月は目を閉じたまま、不安を振り払うように、陽翔の作務衣をつかむ手に力を入れる。


 作務衣をつかんだ手からは、陽翔が枝を振り回しながら歩く振動が伝わる。すでにくねくねに接触していてもおかしくないはずだが、奴は妖気を感じさせない。陽翔の振るう枝がひゅんひゅんと風を切る音だけが日月の耳に響く。


 ふいに陽翔の足が止まり、彼の体にぶつかってしまった。


 何事か問おうとした途端、日月は腕を引かれ体勢を崩すとそのまま強い力で突き飛ばされた。


「ひ、日月先輩、目を閉じたまま先に行って!」


 数メートル突き飛ばされ尻もちをつくが、地面は草が生い茂っていたためそれほど痛くはなかった。


「ど、どうしたにゃ」


 肩に捕まっていた猫神は耐えきれず落っこちたようだ。それでもしっかりまぶたはつぶったまま首だけをキョロキョロと振り回す。


 なにか不測の事態が起こったことは間違いない。日月はゆっくりと目を開く、魂が持って行かれる感覚を覚えすぐに目を閉じる。


「な、なんてことなの」


 目を開いた一瞬で見えたのは、真っ白な大きな雲のようだった。一つに集まったくねくねの中には、人影が見えた。


 後ろを振り返り確認すると、光の道は終着点を示している。空間に一部ひずみがあり、隙間から見慣れた外の世界が覗ける。


「娘よ、今ならこの世界を脱することもできるぞ」


 荒覇吐は見透かすような瞳で日月を見つめた。


「冗談じゃないわ、陽翔は私が絶対に連れて帰る。猫神、あなたは荒覇吐様を連れて先に行きなさい。外に行けば玲愛れあ誓詞せいしさんに会えるはずよ。必ず荒覇吐様を荒魂の元まで連れて行ってあげて」


「にゃに言ってるにゃ、お前もボロボロじゃにゃいか!」


「猫神よ、我を荒魂もとへ連れて行くのじゃ」


 ぴしゃりと荒覇吐が猫神に命令する。新米の神へ上位神の命令は絶対。荒覇吐は首を垂れる猫神の体に巻き付いた。


「……ありがとう、荒覇吐神様」


 赤い蛇神ににこやかなほほえみを向ける。


蝦夷えみしの血に連なる娘よ……」荒覇吐は日月に告げる。


「私にも、蝦夷の血が流れているの?」


「現代の日本人の多くに蝦夷の血脈は受け継がれている。その中でもお主は特に特別だ」


 荒覇吐は日月に、いやその内なる魂に語りかけた。


「我から蝦夷の巫女に最後の天啓を与えよう。千三百年間の感謝と後悔、今こそあなたの思い人に伝えなさい」

 荒覇吐神の言葉が、自分の魂の中の何者かに触れた気がした。


 日月の反応を確認すると荒覇吐は「行きなさい」と猫神に命じる。赤い蛇を体に巻いた猫神は、後ろ髪をひかれる思いを断ち切って世界のひずみに飛び込んだ。


 その姿が消え、後には日月と白虎だけが取り残された。

 



『荒覇吐様の心に感謝いたします。』


 自分の中から声が聞こえる。するりと自分の中から抜け出した魂の一部が人の姿を形どる。正面に現れたのは、顔に入れ墨を施した巫女姿の女性。神社の巫女が着るような白と赤の袴ではない。もっと原始的なシャーマニズムを感じさせる衣装だった。


「あなたは……?」


「私は蝦夷の神にお使えする巫女、母禮モレ。あなたを守護する陰なる魂です。龍脈から流れ込む霊波動の力と荒覇吐様の力を借りて、こうして姿を現す事が出来ました」


「私の……守護霊?」


「私は阿弖流為アテルイ様と違い歴史の中から存在を消された身、本来なら消滅してもおかしくなかった存在なのです。ただどうしても無念でならない思いが、私の魂をここまでつなぎとめてきました。もう一度彼に、阿弖流為に会わなくてはならない。協力してくれますね、日月」


 母禮に言われるまでもない。そのためにここに残ったのだ。


「もちろんよ、どうすればいいの?」


「私が彼に接触して阿弖流為の魂を目覚めさせます。日月、あなたには私が彼に近づけるようにくねくねの気を引いてほしいのです」


「おとり役ってことね。わかったわ」


 日月はくねくねの塊が視界に入らないように注意しながら体を向き直す。


「シロちゃん、みんなの仇。一発派手に暴れるわよ!」


 日月の掛け声に「な~ご!」と雄たけびを上げる。


「いきます!」


 日月は白虎とともに、くねくねの周囲を回るように駆けだした。


「西方の守護 白虎 邪悪を打ち砕く牙よ我に力を!」


 日月の言葉に合わせて、白虎が大きく啼く。「にゃ~~~~ご~~~~」


 全身の毛を逆立て尻尾をぴんと立てる。白虎のしっぽの毛は無数の針となり、くねくねがいると思われる方向に打ち出された。


 本体を視認することができないため、あてずっぽうだ。


 でもこれでいい。実体の無いくねくねにはおそらく有効なダメージは与えられないだろう。


 日月と白虎はさらに走り、別の方角からも針の攻撃を放つ。


 これでくねくねがこちらに気を取られれば、母禮が動きやすくなる。


「シロちゃん、もう一発!」


「にゃ~、にゃにゃにゃぁぁ……」


 白虎とのつながりが急に絶たれた、何度も味わった魂を吸い取られる感覚が日月を襲う。たまらず目を開くと周囲は白い靄に覆われている。


 暴れる日月たちをくねくねは敵と判断し排除に動いたのだ。


「ああああああああぁっ」


 ストローでジュースが吸い尽くされていくように、自分の命が減っていくのがわかる、守護霊と切り離されている今の日月の魂は、何も守るものがないむき出しの状態だ。すべて吸い尽くされて時点で日月の命は尽きてしまう。


 意識が遠のく、命の光が消えるその瞬間、世界が爆ぜた。

 

 



 


―――★☆★☆―――


   読者皆様


ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。


陽翔と日月が無事に脱出できるように、


『作者フォロー』『♡』『★★★』で応援お願いします(≧▽≦)ノノ







*配信時間のお知らせ


原稿完結しました!  最終話まで投稿保証!


約13万字、全45話。毎日、朝8時ころ更新中。


あなたの応援が、次回作の活力になります!


よろしくお願いします(*´▽`*) 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る