第22話 武御雷神と大鯰
コツン、という澄んだ音が響くと、彼らの周りには不思議な静けさが広がり、時間さえもゆっくりと流れているように感じられた。
陽翔は音の広がりとともに境内の景色が変わるのを見た。
細いコンクリ敷きの参道が、広く磨き上げられた御影石の参道に変わる。広がった参道の周りには形も様々な社殿が軒を連ねる。神明造り、大社造り、流造りなど建築様式も様々に縁日の出店のように連続して総社百を数える社が姿を現した。
満たされる空気が違う。ここが
「はえー壮観やなぁ」
玲愛も珍しそうに周囲を見回す。
「すごいですね」陽翔も並び立つそうそうたる社を見て驚く。しかしこんなにあると別の問題も浮上する。「でもどうやって探しますか?全部のお社に声をかけていたら何時間もかかってしまいますよ」
陽翔が頭を悩ませていると、太く地を揺らすような声が響いた。
「その必要はない。おぬしらを襲わせた神はここにはおらぬ」
奥の社から一柱の大きな神が歩いてくる。
鋭い眼光と太く吊り上がった眉、髪は荒々しく広がり、黒々とした口ひげが顔の半分を覆っている。全身には格子状に編まれた鎧をまとい、腰には大ぶりの剣を下げていた。
あまりの威圧感に猫神は失神寸前だ。
「おお、
八塩道老翁神は、やってきた鎧姿の神を武御雷神と呼んだ。
武御雷神と言えば古事記の国譲り神話で大国主の息子、
「おそらくな。その前に八塩じいの言っていた妖怪どもの暴走の原因の話をしよう。この霊気の乱れは何者かが、
八塩道老翁神の質問に答えた武御雷神が続ける。「人間が何も知らずにいたずらで壊してしまったのかもしれんが、もしかすると意図的に破壊したのかもしれん」
鹽竈神社の建つ土地は龍脈のエネルギーが湧き出る場所として有名だ。
ただあまりにも膨大なエネルギーは妖怪に限らず、様々な生き物に影響を及ぼす。
それを防ぐため、霊波動があふれ出ている穴である『龍門』を封印し、流れ出るエネルギーを調整していたのだ。しかし、今はそれが制限なく洩れだしている状態ということだ。
陽翔には事の重大さがわからなかったが、玲愛の顏にははっきりと焦りの色が見えていた。
「そんな、一大事やんか、いったいいつ壊されたんや?」
「破壊の目的があったのか、単なるいたずらのつもりだったのか正確なところはわからん。しかし、なにものかが毎日少しずつ要石の一点にくさびを打ち続けていた跡が見つかった。はじめはわずかなほころびだったのだろう。しかし長年押さえつけられていたエネルギーがあふれだし完全に抑えられなくなったのはここ一週間ぐらいのようだ」
玲愛はカバンからノートパソコンを取り出し妖被害の次期を確認する。時期的にはぴたりと符合した。
「この赤点のパターン……鹽竈神社を中心に同心円状に広がってるんや」
日月はパソコンの画面を覗き込んだ。確かに、妖怪事件の発生地点は完全なランダムではなく、鹽竈神社を中心とする円を描くように分布していた。
「これは...龍脈からあふれ出たの霊波動の広がり方を示しているのかも」日月が小声でつぶやいた。
「よくわからないんですけど、どういう状態なんですか?」
一人事の重大さを理解できない陽翔の疑問に玲愛が答えた。
「龍脈は地球を流れるエネルギーの血管みたいなものや、そのエネルギーは特定の場所で地表の現世に溢れ出る。いわゆるパワースポットちゅうやつや。そこから溢れる霊波動は人や妖の霊的な力を増大させるんや」
「強すぎる力があふれる場所は霊的な不均衡が起きないよう龍門を閉じる封印が施されるの。通常は社を建てたり、要石で塞ぐ封印が昔から行われてきたわ」
玲愛の説明を日月が補足した。
「今回はその封印を誰かが壊したっちゅうことや」
「このままだとどうなるんですか?」
陽翔には、まだいまいち事態の重大さが理解できない。
「まずは妖が力をつけて人間との力の均衡が崩れる。各地で封じられてる害なす妖も復活するかもしれん」
玲愛の顔は真っ青だ。その表情だけでただ事でないことは理解できた。
「事態は東北だけにとどまらない。群れをなした妖が日本を縦断する百鬼夜行、いえそれ以上の百鬼狂乱が起きることになるわ」
言葉を失った玲愛に変わって日月が続けた。
「もう一度龍門を封印することはできないんですか!」
陽翔が武御雷に尋ねる。
「龍脈から一気に流れ込んだ霊波動によっていたるところで妖の動きが活性化している。龍門の封印にわしも動きたいが鹽竈神社で押さえつけている
鹽竈神社には主神として二柱、
通常この二柱が大鯰の頭と尾を抑え込むことで抑え込んでいる。しかし大鯰の力が増大しているいま。いつまで抑えられるかわからないという。
武御雷が話す大鯰について日月が説明する。
「大鯰は宮城の地下に眠る災害級の大妖怪よ、ひとたび暴れれば、また東日本大震災クラスの地震が起こされるわ」
陽翔は幼い日に体験した巨大地震を思い出していた。せっかく復興がかたちになってきた今、再びあの災害を受けては東北地方はもう立ち上がることができないかもしれない。
「龍門の封印は
志波彦大神というのは、鹽竈神社と同じ敷地に建つ志波神社の祭神だと八塩じいこと、八塩道老翁神が教えてくれた。
日本の名だたる神々が力を尽くしても、抑え込むことが難しいとは、いったいどうすればいいのか。
「ちょっと待ってください、武御雷神様。今までの話にはまだ私たちを襲わせたという神の名前が出てきていないわ。あなた様はその神のことを知っているとおっしゃいましたよね」
日月が一歩前に出て武御雷神に尋ねる。
「この総社宮の神ではないということは、『
日月の問いには武御雷ではなく八塩道老翁神が答えた。末路わぬ神、その名に八塩道老女神も表情を硬くする。
「そうだ、今回の龍脈から流れた霊波動を吸収して『末路わぬ神』が甦った」
武御雷神はそう言い切った。
「『末路わぬ神』とは何なのですか」
玲愛も初めて聞く神の名に不安を感じている。
八塩道老翁神はゆっくりと重い口を開いた。
「『末路わぬ神』とは、太古の昔、それこそ何千年も昔、まだこの土地が日本と呼ばれる以前からこの土地を守り、この地に生活していた蝦夷が祀った神のことじゃ。その名を『荒覇吐神』(アラハバキシン)という」
「じゃ、じゃあその『荒覇吐神』が龍門を破壊したんじゃないですか?」
日月の質問に八塩道老翁神は首を振る。
「今の奴にそんな力はない。おそらく龍門の破壊が先に起こり、それによって封印されていた荒覇吐神もよみがえった、というのが正解じゃろう」
「荒覇吐神……」
陽翔の中で、何かが反応する気配があった。
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読者皆様
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
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