第18話 日月の過去

「あたたた、あれ、ここは?」


 ベッドの上で陽翔はるとは目を覚ました。見覚えのない白い天井が、ぼんやりとした視界に浮かぶ。


 胸の上がなんだか重い。見下ろすと、大きなこぶを頭に作ったハチワレ柄の猫が失神している。


「よかったー陽翔君、気が付いた」


 日月ひづきがベッドに駆け寄ってくる。ベッドを覆っていた結界はすでに解かれていた。


 ゆっくりと体を起こすと頭にズキンと痛みが走った。触るとなんだかこぶのように腫れている。どこかにぶつけただろうか?


 意識がはっきりするにしたがって記憶が整理されていく。


「そうだ、化け猫!痛っ」


 体を起こそうとした瞬間、全身を電気が走ったような痛みが襲う。


「無理せんほうがええですよ」


 関西弁の声が耳に入る。日月の隣に見知らぬ少女が立っていた。


「なんの訓練もせんと妖怪と戦かったんやし、筋肉が悲鳴あげるんもしゃーないことやわ」


 日月の隣には見知らぬ少女が立っていた。


「もう大丈夫、化け猫は退治したし、みんな無事よ」


 約一匹、大丈夫じゃなさそうな猫神を日月が抱き上げると、隣に立つ少女を紹介してくれた。 


「彼女は稗田 玲愛ひえだ れあ、陰陽寮京都本部所属の陰陽師で、私の幼馴染」



 日月が紹介する。玲愛は陽翔に向かって柔らかな笑みを浮かべた。


「陽翔はんよろしゅう。ちょーと、二人だけで話してええか?」




 

 日月は失神した猫神の手当のため席を外した。ベッドに腰かけた陽翔の隣に、玲愛が椅子を引き寄せる。


「そんな緊張せんでもええよ。陽翔はんに知っといてもらいたいことが、少しあるだけさかい、ちょっとつきあってーな」


 固くなる陽翔の表情を見て、玲愛は優しく声をかけた。


「そやなぁ、何から話せばいいか。陽翔はん、日月からはどんな話聞いとる?」


 玲愛の問いに、陽翔は知っている情報を手繰り寄せる。


 日月との出会いはまだ浅いが、受けた衝撃で言えば人生で一番だ。入学式の後のカッパ事件から始まり、妖怪たちとの部活動、そして部屋に誘ったときの彼女の反応がかわいかったとか—— 陽翔は慌てて思考を切り替えた。今はそんなことを考えている場合ではない。


 陰陽師として優秀なこと、霊派の異常を調査していること、広報の仕事は少々ポンコツなこと。陽翔が知る情報を客観的になるように注意しながら順に説明していく。


「は~、あの子自分のことはなんもしゃべってへんのやなぁ」


 玲愛の溜め息に、陽翔は気づかされた。確かに、日月のことを何も知らない。これまで彼女の側にいながら、その素性も、背景も、知ろうとしていなかった。


「しゃーなし、あの子自分ではようしゃべらんやろから」


 玲愛は窓の外に目を向け、遠くを見るような表情を浮かべる。


「私が教えといてあげるわ。陽翔さんにもたぶん無関係ではないかもしれへんからな」


 夕暮れが近づく空が、部屋に薄い影を落とし始めていた。


「日月の父親は元は陰陽寮の次期党首を期待された、土御門つちみかど家の筆頭やった。ああ、土御門っちゅうのは安倍晴明の流を汲む代表的な一族な」


 玲愛の声は静かに、しかし確かな重みを持って響く。


「ある年、陰陽師の仕事として東北の鬼退治に向かったんや。その鬼がたいそう手ごわくてな、退治するのに三年もの月日がかかった」


 陽翔は息を呑む。三年もの歳月をかけた鬼退治—— それはただの妖怪退治ではなかったはずだ。


「そして、その鬼退治を終えて父親が戻ってきたとき」


 玲愛の声が一瞬途切れる。


「抱かれていたのが日月やった」


 静寂が部屋を満たす。陽翔の頭の中で、これまでの出来事が新たな意味を持ち始めていた。日月の孤独な背中、時折見せる寂しげな表情—— すべてが繋がっていく。


「母親は不明。すぐにおとうはんも日月を置いて失踪してしもた」


 玲愛の声に苦さが混じる。


「日月は鬼の子なんじゃないかって噂が立ってな。土御門家はどこの馬の骨ともわからんこどもはいらんって、引き取りを拒否したんよ」


 高層階の窓からは、グレーに沈みゆく仙台の街並みが一望できた。夕暮れ時の街に、オフィスビルの明かりが点り始めている。


「もともと日月のおとうはんは土御門の本家とは仲が悪かったみたいでな。その時、懇意にしてくれていた安部家が日月を引き取ってくれたんや」


「その、安倍晴明の子孫ってそんなにいるんですか?」

 陽翔の素朴な疑問に、玲愛は少し表情を和らげた。


「そやね、けっこう枝分かれして力は弱まっとる。今は直系の土御門家が中心で、ほかに安部家や岩倉家、倉橋家なんかが陰陽師として京都で働いとるよ」


 陽翔の問いかけに応じながら、玲愛は自身の立場についても説明を加えた。


「うちの家は昔から陰陽寮に勤める職員の子供たちに勉強を教える寺子屋を運営してんねん。うちは日月と同い年やったから小さいころから一緒やったんよ」


 稗田家の寺子屋の話をする時、その表情は懐かしさに満ちていた。


 思い出が込み上げてくるのか、玲愛は小さく微笑む。


「日月は小さい頃から優秀やったんよ、式神術の習得も同期では一番やった」


「ちょっと聞きたかったんですけど」


 話の途中で陽翔は手をあげて話を遮る。どうしても気になっている先日見た光景を思い出し、たずねてみた。


「四聖獣って、みんなあんなふうに、ちんちくりんなんですか?」


「あーあれな」


 玲愛は吹き出しそうな声を押し殺しながら答える。


「式は術者のイメージにその姿が影響されるからな。ココだけの話、日月は美術苦手やねん」


 陽翔は赤いペンギンのような朱雀の姿を思い出し、思わず笑みがこぼれる。


「あーやっぱり全部の式神があんな姿ってわけじゃないんですね」


「そんなわけえあらへんやろ、式神たちの力が強まれば本来の姿を取り戻すやろうけど、日月が未熟なうちは当分あのままやな。まあ、それでも聖獣四体を使役するっちゅうのはそれだけでたいしたもんなんやけどな」


 二人の間に短い笑いが流れたが、すぐに玲愛は表情を引き締め話を続けた。


「ほんで、優秀だった日月は高校に入ったらすぐ陰陽寮の実働部隊にいくと思われてたんや。陰陽寮は活動内容を占で決めるのが習わしなんやけど」


 玲愛は一呼吸置いて続ける。


「『日月は宮城にいくべし』という神託がでたんや」


 玲愛は少しの間沈黙した。

 

「土御門の家は大喜びやった。邪魔な日月を京から追い出したくて仕方なかった奴らだからな」


 玲愛の声には怒りが滲んでいた。


「地方の活動は単独行動が多くなる。本来なら日月の父親みたいに妖退治の経験豊富なものがつくのが普通なんやけど、成績優秀とはいえ新人の16歳やからな。

 無理やり『広報』の役職与えて出向させることになったってわけや。当時は妖怪も落ち着いていて、たいした問題はないやろて思われてたんやな」


 玲愛は天井に目を向け、言葉を選ぶように間を置く。


「日月も言葉には出さへんけど、自分の生まれ故郷である東北で、母親や失踪中の父親に会えるかもという期待があったかもしれへん」


 ——玲愛の言葉に、陽翔もそう感じた。


「と、これが日月が仙台に来ることになった理由」


 玲愛は椅子の背もたれに深く身を預け、一度大きく息を吐く。


「そして、こっからが本題や。日月に降りた信託と、陽翔はんに憑いた守護霊が関係あるかも知れへん」


 陽翔は思わず身を乗り出した。玲愛の表情が、これまでにない真剣さを帯びる。


「日月が来てからも徐々に霊気は乱れてたんやけど、この春から宮城の霊波動が異常に上昇しているんや」


「それって俺が仙台に来たせいですか?」


 罪悪感が胸に広がる。しかし玲愛は首を横に振った。


「いや逆や、たぶん陽翔はんは呼び寄せられたんやないかな」


 その言葉に、陽翔は抑えきれなかった仙台行きの衝動を思い出していた。あの不可解な感覚は、確かに何かに導かれているような——。


 「実家のある岩手から急に仙台行きたいって思い立ったんは、どんな感じやったん?」玲愛が鋭く問いかけた。


 陽翔は目を閉じて思い出した。「特に理由はなかったんです。ただ...何か引かれるような...呼ばれているような...」


 「呼ばれてたんやな」玲愛は確信を持った声で言った。「あんさんの中にあるもう一つの魂が、何かに反応したんや」


 ここだけの話やけどなと、前置きして玲愛が話す。


「今、宮城では仙台周辺を中心に霊波の乱れがどんどんひどくなってるねん」


 玲愛の声が低くなる。


「あちこちで妖怪による被害が多発していて、八咫烏が隠蔽して回ってるんやけど……」


 突然、玲愛の目が鋭く光る。


「そうや、あの男には気いつけや」


「あの男って?」


加茂 誓詞かも せいしって奴や。もともと京都の陰陽寮実働部隊に所属していた男なんやけど、信用ならんねん」


 最初に暴走したとき助けてくれた刑事——陽翔の記憶が確かなものとして結びつく。刑事とは思えない気さくな感じを覚えていた陽翔は疑問を挟む。


「結構気さくで優しいおじさんって感じでしたけど」陽翔は言った。


「そうなんや、人当たりだけはごっつうええんや」玲愛はうなずいた。「でも、あの男、表で警察やって裏で八咫烏もやってるって時点でわかるやろ。信用できん奴や」


「でも日月先輩は信頼してるみたいでしたよ?」


「日月は人を疑うのが下手なんや」玲愛は苦笑いを浮かべた。「あの子の長所でもあり短所でもあるんやけどな」


 加茂誓詞のことは覚えておくとして肝心な疑問を口にする。


「そうだ、俺の守護霊ってなんだかわかったんですか?」


 陽翔の問いに、玲愛は重みのある声で答えた。


「君の守護霊は阿弖流為アテルイ。多賀城を拠点にした朝廷軍と戦い殺された蝦夷えみしの戦士や」





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