第18話 イルの願い




「あん?」

 ドムは自分の魔法が発動したのを感じた。

 (赤毛のボーズ、あれを使うには早すぎじゃねえかあ?)

 狼煙玉の原理と同じで、筒の力を使うと術者に使用したことが伝わる。狼煙玉は普通の狼煙と同じ様に目印くらいにしかならないが、ドムの魔法の筒は術者を目印に道が繋がるのだ。

 ボリボリと頭を掻きながらガヴィとイルを送った小部屋に向かう。程なくして部屋の中心がボウッと光りはじめ、魔法陣が浮かび上がった。

「お前さんよ、ちょっとは有難がって使えって ……うぇおっ?! はァ?! え? あ、アンタ誰――」

 「ドムさん! 助けて! ガヴィを助けて!!」

 しかし、魔法陣から飛び出してきたのは、赤毛の剣士ではなく、黒髪に金色こんじきの瞳の少女だった。




 よろず屋の主人ドムは困惑の極みにいた。

 (――まて、ちょっと落ち着けドムさんよ)

 一つも落ち着いていやしないが、頭を整理しようと息を吐く。

 自分の魔法陣から飛び出してきた少女はガヴィを助けろと訴えてくる。ということはあの青年の知り合いだろう。しかしドムの知り合いにはこんな少女はいない。

 (なんでこのお嬢さんは俺のこと知ってんだ? ……ん?)

 改めて少女を見る。少女は黒髪、金目、年の頃は十四、五か。やけに小汚い服を着ている。というかよくよく見ると体に合っていない。彼女が身に着けている衣服は猟師が狩りの時に着る服に似ていた。顔は何かで切ったのか小さな傷だらけだし、足も――

「?! ……っ?」

 服が体に合っていないどころか、そもそもこの少女、下のズボンを履いていない。服が大きいのでチュニックのようになっているが上着だけである。しかも裸足だ。

「ちょ…! お嬢さん、とりあえずこれ着ようか!」

 思わず自分が着ていた長いガウンを着せる。ふと見ると、少女の首には見覚えのある赤い太陽を模した首輪がついていた。

 (まさか)

「私、アカツキです! ガヴィが連れてた!」

 少女が必死に訴える。

「魔法で狼の姿になってたの。ドムさん、お願い……ガヴィを助けて!」

 そのままグイグイとドムの腕を引っ張り、今にでも魔法陣を張れ! と言い出しそうな勢いだったので、ドムはいやいやと首をふった。

「ちょっと落ち着きなよお嬢さん。……お前さんの言葉を信じるなら、アンタはあの赤毛ボーズが連れてた狼って事だけどよ、それをハイそーですかって信じるヤツはまずいねえよ」

 その言葉にイルは絶望の顔をする。

「いや、ちと落ち着きなって。まずは……そうだな、とりあえずまともな服着てよ、ちゃんと説明してくれや」

 そう言ってドムは店の商品をひっくり返してイルが着れそうな服と靴を探してくれた。

 魔法陣で道を作ってくれた部屋の、あの壊れかけた椅子に座らされると濡れたタオルを渡される。

「……顔拭きなさいよ。ちと染みるかもしれないけど」

 そこで初めてイルは自分が酷く汚れていることに気づいた。有難うと受け取って顔に当てる。

 ピリピリと傷が傷んだけれど、なにかハーブの心地良い香りがして、不思議と痛みが和らぐような気がした。


 


「……で? 詳しく話してもらいましょうか?」

 ドムも部屋の隅からもう一脚椅子を引っ張ってきて行儀悪く座る。

 イルはノールフォールの森には調査で行った事、調査中に出くわした伯爵が突然切りかかってきた事、剣には毒が塗られていた事を、はやる気持ちを抑えて説明した。

「一応解毒薬は飲ませたんだけど、ガヴィ……まだ目を覚まさなくて……早く助けに行かないと、またあの伯爵が戻って来るかもしれなくて」

 今すぐにでもあの小屋に戻って、ガヴィの無事を確かめたい。

「……でも、私だけじゃ絶対に助けられないから、ドムさんの力を借りたいんです。ガヴィは、逃げろって行ったけど……私は……このまま逃げたら一生後悔するから」

 ドムさんにはなんの得にもならないけれど、お願いしますと頭を下げられて、黙って聞いていたドムはなるほどねえ……とのんびり答えた。

「……確かに俺には何の得にもならねえな」

 イルは握っていた服の裾をギュッと握る。

「ま、でも、何の得にもならねえが、……お得意様を失っちゃ、損失にはなるわな」

「!」

 宮中一級酒も貰ってねえしなぁ、と笑われてイルは有難とう! とドムに抱きついた。


「ただ一つ問題がある。 俺様は道は繋げるんだが、基本、移動魔法ってやつは一度行ったことのある場所にしか道は繋げない」

 ノールフォールには行ったことがあったから魔法陣で道を作れた。たがガヴィのいる小屋には行ったことがないから道を繋げないのだ。

「お嬢さんの話によると時間の余裕があまりなさそうだから直接その小屋に道を作りたい。さっき使った狼煙玉や魔法のピンみてえな目印がありゃ、知らないとこにも繋げないこともないが……魔法筒は使っちまったしな」

 イルは眉を下げた。

「オイオイ、そんな顔しなさんなって。俺はよ、天才なんだよ。……魔法に一番大事なのは、なんだ」

「イメージ?」

 イルが聞き返すとドムはニヤリと笑った。

「そう。精霊から借りた魔力をいかに自分の使いたい力の形にイメージしてそれを精霊に伝えることが出来るか。移動魔法であれば自分の行ったことのある場所を正確にイメージする事。魔法力と魔法陣の精度の問題もあるが、一番大事なのはイメージの正確さだ」

 イメージと実際が離れすぎていれば辿り着けない。違う場所に飛ばされたり、最悪空間の狭間から戻ってこれなくなる。

「やったことはねえが、お嬢さんのイメージが正確ならば、俺と協力して魔法陣をその小屋に繋げるかもしれねえ。アンタと俺のイメージを同調シンクロさせるんだ」

 どうだ、やるか? のドムの挑戦的な声に、イルはやる! と即答した。




 ならば思い立ったが吉日とドムは立ち上がり、イルを部屋の中心に手招きした。

「いいか? まずは色々試行錯誤しながらやっていくもんなんだけどよ、今は時間が足りねぇ。ちょっとした練習だけしてあとは実践だ。俺の手を握ったまま、今から魔法陣を描く。お嬢さんはまず……そうだな、この店の玄関の扉をイメージしてみてくれ。正確に、だぞ。」

 普通は術者自身のイメージで魔法を発動するから術のイメージにズレがない。転移先のイメージを人に任せるというのは相当な信頼関係が必要だし危険を伴うのだ。

 まずは練習……とばかりにドムが手を差し出す。イルはゴクリとつばを飲み込むとドムの手を取った。

「ここの玄関の扉をイメージして……そこに行きたいと強く願うんだ」

 イルは目を閉じてドムの店の玄関を想像した。ドムが魔法の詠唱をはじめて足元が輝き始める。

「イメージできたか? 行くぞ!」

「!」

 ドムの声でより一層足元の円陣が光り輝いた。次の瞬間には、イルは店の中ではなく明るい店の外にドムと一緒に立っていた。


「……できた……」

 凄い! とイルはドムの顔を見上げたが、同時にビリリと頬や手に痛みを感じて顔をしかめた。

「いっ……た……」

「あーあ……」

 ドムが眉を下げる。イルの頬や手に何箇所か小さな裂傷が出来ていて血が滲んでいた。

「魔法の発動の瞬間、光に驚いて一瞬イメージが途切れたろ。こんな風に上手くビジョンが伝わらないと歪みがくる。ノールフォールは遠いから、距離があればあるほど歪みからくる跳ね返りは大きくなる」

 回復魔法で傷を直しながらドムは忠告した。

「それでも、やるか?」

 あの赤毛の青年が逃げろと言ったのなら、この少女をその場に戻すのは青年の本望ではないだろう。しかもこの方法は少女にも大いに危険が伴う。

 青年を見捨てることになったとしても、この少女のことを思えば彼はそれを良しとするはずだ。けれど――

「……やる。私、本当は人だったことも、ずっと黙ってたことも謝ってない。……ちゃんと謝って……ガヴィともっと話したいの」

 そう言って顔を上げたイルの目には迷いはなかった。ドムはやれやれと肩をすくめたが、「そーゆー無茶な子、嫌いじゃないよ」と笑ってイルの背中を押した。

 



「よし。じゃあ本番はじめましょうかね」

 今だ! と言ったらお嬢さんは道を繋ぎたい場所を強くイメージするんだ。正確に、強くだ。いいな? そう再確認されてイルは深く頷いた。

 イルはドムの左手をギュッと握り目を閉じてイメージした。

 ド厶が呪文を詠唱すると足元に光の魔法陣が浮かびキラキラと光が周りを包み始める。

「今だ!」

 ドムの掛け声にイルは強く願った。


 ガヴィの元に行きたい! と。

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