被虐幼女は曇らせたい
霊山
第1話 変態、身代わりになる
幸せになりたいと願うのは罪なのだろうか?
友達と好きなご飯を食べて、綺麗な景色を見て、今日は私の番かもと怯えずに朝を迎える。
そんな日常を過ごせたなら、どれだけ幸せだろうか。
誰も傷つけたくないと思うのは罪なのだろうか?
握りたくもない剣を握って、感情を殺して皆を傷つけて、あぁ……今日は私じゃなくて良かった、と。
私が作り上げた肉の塊を無感情に眺め、浅ましくもそう考える自分が何よりも嫌いだ。
友達を見捨てて逃げておいて自死を望むのは罪なのだろうか?
望まない剣を交えて、わざと手を抜いて、友達の手を汚させて……約束を破った。
結果として、私も知らなかった最初で最後のチャンスを私なんかに使ってしまった。……使わせてしまった。
私なんかが友達を願わなければ。初めから一人で居れば。
彼女が逃げられていたはずだ。幸せを掴んでいたはずだ。
友達に生きていてほしいと、幸せになってほしいという願いすらも……許されざる大罪なのだろうか?
『ガァァァァァァ!!』
降りしきる雨の中、血と臓物の匂いが辺りに満ちている。その臭気に当てられた魔物が、木々の暗がりから襲いかかってきた。
「……」
『ガ……ッ!!』
もう何度目だろうか。
それを無感情に処理した私は、再びあてもなく歩き始める。
もうどれだけ歩いたのだろうか。
一向に晴れない空では、方角すらも測ることが出来ない。
唯一分かるのは、私が歩いてきた道。
夥しい魔物の死骸からなる血の河だけが、私が前に進んでいることを示していた。
「あ……っ」
不意に足から力が抜け、膝をつく。
毒だろうか?そう思い辺りを見回すも、敵の気配は感じられない。
……あぁ、いや。そうか。限界が来ただけだ。
胸に手を当て、乾いた血の跡をなぞる。私の罪の証。今となっては、友達の存在を感じれる唯一の繋がりでもあった。
友達の剣に貫かせたその傷はもう塞がっているけれど、失った血液までは戻らない。
度重なる魔物の襲撃で負った軽傷が失血を後押ししたのだろう。もう剣を握る腕にすら力が入っていなかった。
「……ごめん」
朦朧とした意識の中で、後悔と罪悪感だけがぐるぐると頭をめぐる。
なぜ私は生まれてきたのだろうか?
友達に救ってもらった命すら繋げない私は、一体なんなのだろうか?
私はなぜ、幸せなんかを願ってしまったのだろうか。
「……ごめん……なさ、い」
魔物の気配が増えてきた。ようやく弱った獲物を摘み取るつもりなのだろう。
できるだけ痛く長く終わらせてほしい。そうすれば、誰よりも罪深い私への罰になるから。
『……グルルルルルル』
「……?」
……何かがおかしい。
私に集中していた魔物達の意識が、別の方向へと逸れていく。
薄れかけていた意識を繋ぎ止めて辺りを探ってみれば、魔物とは違う気配が一つ。
……人の気配だ。
でも、こんな危険な所に人間が一人で来るはずもない。ならこれは……私の生存に気付いた追っ手。
そう思い至った私は、最後の力を振り絞って自死しようとした。
でも、無理だった。もう、体の感覚が無い。凍えるような寒さだけが私を支配していた。
――私は死に方すら選べないのか。
その末路は実験動物か醜い化け物か。
嗚呼、けれど。それすらも私には相応しい罰なのではないだろうか。
『ガァァァァァァァァァ!!!』
「アハハハハハハハ!!!!」
耳に届くのは、肉が食いちぎられる音と狂ったような誰かの哄笑。
その悍ましい不協和音を最後に、絶望に呑まれた私の意識は闇へと落ちていった。
♢ ♢ ♢
森へ夜歩きに来たら、少女が血塗れで倒れていた。
「……ふむ。困った」
なぜこんな所に?僕は訝しんだ。
鬱蒼とした木々に囲まれたこの場所は、魔境の奥地。超がつく危険地帯だ。まさか先客がいるとは思わなかったよ。
いやー困った。独り占めだと思っていたから気を抜いていた。おかげで全裸だし。
……もしかしてさっきの笑い声も聞かれていたのだろうか?だとしたら少し、
「……恥ずかしいな」
それはともかく。彼女は外から来たわけではなく中から出て来たらしい。彼女の後ろに続く真っ赤な血のカーペットを見ればそれは分かる。
魔境の中心に人が住んでいるなんて聞いたこともない。不思議の国でも存在するのだろうか?奇怪な事もあったものだ。
いずれにせよ、厄介事に違いない。彼女をどうすべきか。難しい問題だ。僕は考えた。
よし、拾おう。面白そうだ(即決)
差し当たっては治療しないとね。僕はなんて優しいんだ。聖女様かな?
〈
少女に手をかざし、僕の魔法を発動。この少女を形作る全ての経験が情報となって僕に流れ込んできた。
恐怖。無念。虚飾。嫌悪。罪悪感。後悔。殺意。憎悪。親愛。そして何より……痛み。
一人の人間が抱えるにはあまりにも重すぎる人生の軌跡。その全てが、一瞬にして僕の脳内に襲い掛かってくる。
「あはっ」
……あぁ、素晴らしい。なんて豊潤で、なんて深遠な負の感情なんだ。ここまで香り深いものは初めてだよ。
いやいや困っちゃうね。こんな素敵な体験をさせてくれるなんて……興奮しちゃうじゃないか。
「……ふひっ」
おっといけない。今は治療中だった。
少女の命を削っている要素を引っぺがして、適当に僕にぶち込む。はいこれでクリーンな少女の完成だ。慣れたものさ。
その代償に僕の肉体には彼女が味わった痛みと傷が凝縮されて襲い掛かるわけだけれども……。
うーん微妙。さっき味わった痛みに比べたら質の悪いコーヒーみたいなものだ。後味最悪。死なない程度に適当に再生させておき、先程体験した少女の人生について思案する。
どうやら彼女は魔境の奥地に存在する施設の実験体だったみたいだ。その施設の目的は色々あるのだろうけれど、やっていることは至極単純。
適性のある子供達を殺し合わせて超人を作る。これだけ。
なんて残酷な計画なんだ。是非僕も混ぜてほしい。
でも残念ながら生き残っているのは彼女を含めた計二人のみ。そしてその彼女も敗北して廃棄された。なのにこうして生き残っているのは、どうやらもう一人の特異な魔法の影響みたいだ。素敵な友情だね。
さてここで気になる事が一つ。彼女の生存と脱走は本当にバレていないのだろうか?
強力な魔物が蔓延る魔境の奥地に拠点を構えられるほどの組織が、たった一人の少女のペテンに気付けないものだろうか?
「出ておいでよ。じゃないと……殺しちゃうよ?」
答えは否。そんな三流以下のド素人がいるわけないじゃないか。
「これはこれは聖女様。このような所ではございますが、お目にかかれて光栄でございます」
おや素直。出てこないならここら一帯を吹き飛ばそうと思っていたのに。残念だ。
さて姿を現したのは妙齢の美女。傾国の、とまではいかずとも国で五本の指には入りそうなくらいの美人さんだ。
そして僕は、彼女を知っている
「僕は面倒な話が嫌いなんだ。サクっと取引といこうじゃないか、お母様?」
「……失礼ながら勘違いをされていませんでしょうか?私が聖女様の母親などと……あまりにも畏れ多いお話でございます」
と言ってとぼける美人さん。細められた双眸が、僕の肢体を油断なく嘗め回している。
その瞳は、警戒……というよりも、理解できないナニカを見る色だった。
そう、それは、まるで……。まるで、変態を見るかのような……
……そういえば僕魔物の巣窟のど真ん中で裸一丁だった。ははっ。さもありなん。
まぁともかく。少女の記憶を体験した僕にとってこれ以上の会話は無意味。美人さんの言葉は無視して、決定だけを一方的に告げる。
「この少女は僕が貰うよ。その代わりに――」
そこで一呼吸置き、ほんのすこーしだけ僕の友達の魔力を漏らしてあげる。
するとどうだ。微笑を顔に貼り付けていた美人さんは目を見開き、その表情を驚愕に染めたではないか。
ふふふふふ。そうだそれでいい。だってこの魔力は君たちが大大だーい好きな、魔神の魔力だものねぇ?
「――君たちの従順な実験体であるこの僕の体を好きにさせてあげようじゃないか」
いやー僕はなんてツイているんだ。幸運の女神様に愛され過ぎて困っちゃうね。
楽しい
あー楽しみだ。その辣腕を存分に振って、僕の身体を苛め抜いてくれたまえよ?
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