第23話

 2人とも顔中にチューブを突っ込まれて力なく震えていた。

 その変わり果てた姿に僕は涙を止められない。


「マイケル、マイケル!

 僕だよダルマだよ!!」


 僕はマイケルの身体に飛びついた。


「……ガ……グワァ?」


 僕にはちゃんと聞こえた、「ダルマ」って呼んでくれた!

 視覚も音も口腔も奪われているのに僕を分かってくれた。


「マイケル、がんばって!

 戦いが終わったらきっとマリ―が助けてくれるから!

 いや絶対助けてもらうから!!

 ――キミの目の前にリンダがいるんだよ、リンダが!」


 今度は僕はリンダの身体に飛び移った。


「リンダはここにいるよ!

 リンダ、君の目の前にマイケルがいるよ!!」


 僕は必死に呼び掛けた。

 こっちだよ、って二人の服を引っ張る。


「……ダア……リン……」


「ハ……ニィ……」


 弱々しく二人の手が持ち上がる。

 お互いの手が触れ合った時、瞬時に互いを感じ取れたのだろう。

 硬く手を結びあった。


「そうだよ、がんばれ! きっと助けるから、助かるから!!」


 繋がり合った手の上にまたがり、涙と鼻水と唾を飛ばしながら二人を応援した。


 マイケルの身体がビクンと跳ね上がる。

 血肉をまき散らしその身体は肉塊と化した。

 同時にリンダの身体も弾ける。

 無残な姿になっても繋ぎ合った腕だけはキレイなままほどける事はなかった。


「マイケルゥ~、リンダァァァッッ!」


 キルンがすぐ側に立っていた。

 籠手の鋭い爪で二人の身体を引き裂いたのだった。


 マリーは向こうで金のグローブをはめて、町長と文字通り格闘していた。

 飛んで跳ねて、敵の死角に入りパンチとキックを繰り出してる。

 素人目で見てもブレていない体さばきだ。

 彼女は格闘技も体得しているらしい。


「うるさい、うるさいいっ! なに騒いでやがる。

 大人は黙ってボクの養分になればいいんだ!

 ハハハ……ギャハハハハ!」


 近くで見るキルンは、髪で隠したその奥に火傷のケロイドが残っていた。

 右手にも同様に。


「キルン、お前もつらかったのはわかるよ!

 パパと兄さん二人に殴られて辛かっただろ。

 それでもお前は家族を信じようとした!」


「な、なに、誰?

 し、死体がしゃべってる?

 ど、どうして、ボクのこと、しってるの?」」


 僕の身体は血みどろになって、真っ赤な死体にしがみついてるとよく見えないのだろう。

 それよりキルンの身体が細くしぼんできている。

 魔力が減ったのか、凶剣の支配から解かれつつあるのか?


「僕もママに叩かれた時はすごく悲しかった!」


「どこにいるの、き、きみも子供なの?

 ボクのこと、わ、わかって、くれるの?」


 そもそも最初からキルンはマリーしか見てなくて、僕の存在に気づいてない。

 自信はないけど、一回だけならチャンスはあるかも!


「でも、でもそんな事はもうどうでもいい。

 マイケルとリンダはっ!

 格好良くて優しい素敵な大人だったんだあああああああっっ」


 喉笛に噛みつくつもりだった。

 でも運動神経皆無な上に、この小さな身体が僕の感情に付いてこれなかった。

 結局、キルンの左肩に飛びつけただけ。

 それでもかまわない、もう怒りと悲しみで思考がマトモじゃなかった。


 大口を開けて必死で肩に食いついてやる!


「いででででっ!!

 何だよ、このちっこいのは!?

 キルンよ、今更他人なんか信じるなっ!」


 キルンがキルン自身を叱責すると、しぼんでいた筋肉が再び膨らみだす。


 砕けようがかまわないとばかりにありったけの力を顎に込める。

 口の中に血の味が広がる。

 身体を凶剣で掴まれた。

 鋭い爪が身体に食い込んでくる!


 目を開いて、視界の中にマリーを探す。

 彼女と目が合った、気がする。

 それがまるで合図だったかのように、町長の頭に飛び乗り、さらにジャンプした。


「ぬおおおおおおっ!

 操金術師なんぞに負けはせんぞおおおおっ!」


 凶剣が僕の身体を放して、マリーの方へ身体を向ける。

 筋肉がさらに膨張して、これ以上噛むのは限界だ。

 さらに増大する魔力の圧に吹き飛ばされて床に転がった。


「んぎゃああああああああっ!!」


 キルンが突然咆哮をあげた。


「ダルマちゃん、よく頑張りました」


 聞きなれた可愛くて無機質な声が近くに聞こえる。


 顔をあげると。

 右前腕を斬り落とされたキルンが血をまき散らしながらのたうちまわっていた。


 僕とキルンの間には、凶剣がはまった右手が落ちている。


「魔剣斬り!」


 マリ―が金の長刀を振るって中身もろとも凶剣をふたつに裂いた。


『我は”信じる心を汚すモノ”……』


 低い声が頭に響く。


「ダルマちゃんが短い間だけでも彼の気をひいてくれて助かりました。

 町長さんも気絶できましたし」


 さっきから盾を持ったまま動かないのは、そういう事らしい。


 マリ―は金の長刀を収めて、泡を吹いて白目を剥くキルンの側に座る。

 その左手が徐々に光り始めた。


「ちょっと待って、マリ―!

 そんなヤツを治療するの!?」


 血が噴き出す彼の肘先をマリーの左手が掴むと、不気味な色と形になって傷口が閉じた。


「そんなヤツより!

 マイケルとリンダを助けてよ!

 マリ―ならできるよね、頼むよ、ねえ!!」


 地面が震え出して、それがどんどん大きくなる。


「時間切れです」


 マリ―が立ち上がると、天井や壁の魔使石(マジカストーン)が剥がれ落ち始めた。

 大地の揺れは収まる様子はない。

 

 金の杖を伸ばして、割れた凶剣を回収する。

 凶剣から黒のチューブを引き抜くと、大量の血が噴き出してチューブが暴れて壁や床を叩きまくった。

 ぶら下げられた大人達は一斉に痙攣する!


「体液を循環させて魔力を取り込んでいたんでしょうか」


「そんな事はどうでもいいよ!

 マイケルとリンダを!」


「このダンジョンを支えていた凶剣を回収したので、この迷路はまもなく崩れ落ちます。

 もう誰かを救う時間はありません」


「そんな、そんなっ!」


 こうして話している間にも、徐々に部屋が崩れ落ちていく。

 大人達もふたりの亡骸も大量の土砂の中に消えた。


「そんなぁ……うわあああああん」


「走れますか?」


「わああああん、マイケルぅリン――ぐえっ!!」


 僕の首根っこを掴んだマリ―は、リンダが探してくれた登りの通路に急ぐ。





 夜の帳が下りた山中で大きな轟音と盛大な土煙と共に、迷路があった台地が沈み窪んだ。

 それを見届けると、マリ―が草地に倒れた。


「生肉を食べたのでお腹が痛いです。

 もう……動けません……。

 ……虫よけと着火の魔使石を出しておくので。

 ダルマちゃんが動けるなら、焚火をお願いします……」


「どうして、どうして二人を助けなかったんだよ!

 二人は優しくしてくれたし、マリ―だって二人を利用したじゃないか!

 だったら最初に二人を助けるのが筋ってもんでしょ!!

 ヒドイよ、どうして、どうして――」


 悔しくて悲しくて体が痛くて疲れて全てが終わってホッとして、もう滅茶苦茶な感情の涙だった。


「あれだけ破損した身体はどうにもできません……」


「ボクみたいな身体にすれば……」


「ダルマちゃんを造る時、かなり時間がかかったのを覚えてませんか。

 私は無駄な作業の為に生き埋めになるつもりはないです」


「そんな! ――でも、でもっ!」


 ランドセルを背負ったまま、マリ―はうつ伏せから仰向けになった。


「今ふたつの魂が寄り添いながら天に昇っていくのが見えます。

 手を取り合いながら、笑い合いながら」


「そんな言葉にだまされるかっ!」


「見えないなら……しょうがないです…………ぐぅ」


 マリ―は眠りに落ちた。


 僕はやり場のない怒りを抱えたまま、仰向けに寝転がる。


 夜空を汚す土煙を透過して、寄り添う2つの星の光が見えた。

 それはただの偶然だとしても。

 二人があの星になれた事を僕は願って止まなかった。

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