第13話 過去と未来
「それは、ちなみさんが普段娯楽に触れていないからだと思いますよ」
これは、私が大変面白かったと伝えた時の、お兄さんの返答だ。
電話は苦手だけど、すぐに感想を伝えたかったので感動したということを私なりに言ってみた。
私の語彙力では、同じ言葉を多用してしまい、お世辞にも巧く作品の魅力を表現できたとはお世辞にも言えない。
でも、全力を使って伝えたことだけは自信を持って言える。
しかし、お兄さんさんは申し訳なさそうに他の作品の方が面白いと言う。
それが私を寂しい気持ちにさせた。
作者なのに、自分の作品を好きでいられないほどに、この人は業界に打ちのめされたのだと。
しかし、それでも作家を続けているお兄さんを尊敬もする。
貴方は凄いのだと、分かってもらいたい。
「どうすればいいと思う?」
「んー?」
こちらが真面目に話しているのに、コウくんはソファに寝そべりながら漫画を読んでいる。
もはや、私よりもくつろいでいる。
「ねぇ、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。スランプの話でしょ?」
「スランプ?」
「そう。スランプ。たぶん、お兄さんは自分の作品が面白いのか分からなくなってるんだよ」
「え? だって、凄く面白いよ?」
「内容が良くても、売れなかったりネットで色々言われたら自信が無くなっても不思議じゃないよ」
そうえば、アニメ化されてないとか言ってたな。
もし、お兄さんがアニメ化にこだわりがあるのだと仮定してみる。
同期の作家さんがアニメ化をして大成功していたら、自分を必要以上に過小評価してしまうのかもしれない。
「……」
その気持ちは分かる。ついこの間まで一緒に走っていたと思っていた相手の姿が見えなくなった時の焦りは尋常じゃない。
そんなことを考えていたら、私の脳みそが封印していた記憶を呼び覚ました。
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「リーダーとしての自覚がないんだよね」
「そうそう。自分は関係ないみたいな顔してさー」
職場である、障がい者支援施設(通所)から利用者さん達が帰り、事務仕事をしている夕方。
私は、今日の様子を記録に残していた。
せっせとノーパソのキーボードを打つ私の斜め向かいの席で、パートの石井さんと相田さんはお菓子を食べながら駄弁っている。
「笑った顔もキモいし、ホント近づかないでほしい」
「あー。何が面白いのか分からないのに笑ってるの不気味だよね」
ビックリすることに、この悪口を言っているのは学生さんではない。40を超えた大人だ。
まるで、帰宅部の女子高生の放課後のファミレスみたいだ。見た目のおばさんだけど。
一応、まだ業務時間なのだが、パートの彼女らに急ぎの仕事はない。しかし、正社員の私は仕事が山ほど残っている。
定時まであと50分。
それまでには終わらせたいが、彼女達の高い声が耳障りで集中できない。
移動したいけど、他に作業できる場所がないので、胃がチクチク痛むのに耐えながらパソコンと向き合う。
「娘の話とか知らねーし。あんな変な顔してる奴の子供なんか、絶対ブスでしょ」
「ねー」
私達のグループリーダーの嶋田さんは、気は弱いが仕事はしっかりする50代の男性だ。
あと、顔は普通だと思う。
特別好きというわけではないけど、嬉々として悪口をする彼女達よりは100倍マシだ。
「で、施設長なんだけどこの間、また馬鹿なこと言い出してさぁ」
そして、別のターゲットへと移る。
この調子が毎日続く。
よく飽きないなと呆れる。
そして厄介なことに、この2人は私の所属するグループの中心にいる。
だから、彼女らと仲良くしておいた方が得なのだ。それは分かっている。
しかし、悪口大会に入っていく自分を想像しただけで吐き気がして彼女達のグループに入っていけない。
それ故に、私はボッチになった。
学生時代からなので慣れていたけど、まさか社会人になってからも同じ理由でボッチになるとは思わなかった。
だって、大人はそんな下らないことはしないと思っていたから。
でも、学校でも社会でもその辺りは変わらなかった。少なくとも、私の働いていた施設では。
声が大きいだけで発言権を得られることも、ボス的な人に目をつけられたら無視されるのも一緒。
利用者さんの支援よりも、スタッフ間の空気の悪さの方が辛かった。
上も動いてくれない。
そんな日々を過ごすこと、2年。
「……あれ」
朝、起きられなくなった。
早くしなきゃ遅刻しちゃうのに。でも、身体が言うことを聞いてくれない。
会社に電話することさえもない。
それから、私はゆっくりと時間をかけて壊れていった。
コウくんが喋り出すまでは。
そうだ。今の私にはコウくんがいる。
もう、嵐が過ぎ去るまで待っているだけの私とは違う。
お兄さんが抱えていることは、素人の私には理解できない。
でも、私にできることをしたい。
「お兄さんに元気になってもらおう!」
私は、声に出してそう呟いた。
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