第4話 登山と侵略者

杏奈たちが住み、学ぶ施設は茨城県はつくば市にある。ロジャー曰く、

「つくばと言えばJAXA。ISSHはJAXAと共同でマブロス(宇宙からの侵略者)の調査・研究を行っているんだ。皆の夢と希望を乗せてロケットを発射しているJAXAが実はエイリアンと裏で戦っているなんて、クールだろう?」

とのことだ。

「俺、もっと渋谷とか新宿とか、そういうところが良かったなー」

放課後、いちご味のジュースを飲みながらイェジュンがぼやく。

「東京にもすぐ出られるし、生活には不便しないし、いいじゃない。私は気に入っているよ?」

ステイシーが返す。杏奈たちの普段の暮らしは、一般的な高校の授業に英語が比率多く加わり、訓練が部活替わりに存在する、といったリズムになっていた。特に派遣される用件がない日は普通の高校生と同じように、行きたい人はカラオケに行き、ボウリングをし、映画を観て過ごしていた。

「杏奈は、どこが良かった?」

急にステイシーから会話のボールが飛んできて、杏奈はえ、と言葉に詰まる。東京でも茨城でも構わないが、ISSHに強いバドミントン相手が居ないことが少し不満だった。

「うーん。つくばは体育館が借りやすいからいいよね」

無難な返事をしてお茶を濁すことになった。

「ユエンくんは、どういう場所が住みやすいとかあるの?」

文庫本に目を落としていたユエンに声を掛けてみる。彼が仲間に加わって1か月経つが、無口なこともあってまだ謎が多い。カラオケやボウリングにユエンを誘っても来たことがない。施設の広間でサブスクリプションの映画を観ていると、時々顔をだす。どうやらインドア派らしい。折角男友達ができたのに、全然遊んでくれないんだよなー、とイェジュンが以前愚痴を言っていた。

「どちらでもいいです」

と、そっけない返事が返ってきた。

「そうだ、折角つくばに住んでるんだからさ、今度の日曜日に筑波山に登ってみようよ!」

ステイシーが話題を変える。

青空の下、体を動かし、山頂にたどり着いて景色を楽しみ、なにか美味しいお弁当を食べる…。登山の提案は杏奈の琴線に触れた。

「いいね! 行こう行こう! イェジュンとユエンも行くよね?」

えー登山? と微妙な反応がイェジュンから返ってきたが、彼は基本何にでもついてくるので来ることが確定していた。

「…まあ、いいですよ」

と、インドアユエンが意外とあっさり承諾し、杏奈は少し驚いた。これは皆で仲良くなるチャンスかもしれない。

「よっしゃー! いくぞお」

ポニーテールを揺らしながら杏奈は拳を突き上げた。


「杏奈、エベレストでも登るの?」

日曜日、駐車場で杏奈、イェジュン、ステイシー、ユエン、そして見送りの塚本が揃っていた。杏奈は作業用品店で揃えた登山ウェア、バックパック、登山靴をばっちり着こなしている。お小遣いで揃えるのはなかなかきつかったが、こういうのは形から入りたいのだ。

「山を舐めちゃいけないんだから!」

他の3人は長袖にややしっかりしたスニーカー、普段使っているリュックサックと軽装備だ。遭難することがあったら私が皆を助けなきゃ、と、杏奈は鼻息を荒くする。

「杏奈さんではないですが、低山とはいえ山ですから、くれぐれもお気をつけて」

車で4人を送ってくれた塚本が引率の先生のようなことを言う。塚本は登らず、迎えの時間になったらまた来てくれることになっている。

「レッツゴー! 登るのだ、そこに山があるから!」

テンションの高い杏奈を先頭に、山登りを開始した。


登り始めて30分、イェジュンは意外と杏奈の重装備が場違いでないことを知る。足元は岩場が多く、普段鍛えている男子高校生だからあまり苦も無く登れているが、意外と息があがる。

「ステイシー、大丈夫か?」

声をかけると、大丈夫!といつもの明るい声が返ってくるが、少し顔色が疲れている。休憩できそうな場所に到着したら一休みした方がいいかもしれない。

季節は5月、新緑が眩しい。時々スマートフォンで写真を撮りながら山道を進む。

杏奈はすれ違う登山者に「こんにちは!」と元気よく挨拶しながら、全く疲れた様子無く進んでいる。元気な奴だ。ユエンも意外と疲れた様子はないが、いつもの無表情なので実際のところはわからない。

更に20分ほど登り、だいぶ山頂が近づいてきた、と思ったころ、ユエンが呟く。

「敵の気配が、しませんか」

「敵の気配? なんでそんな漫画みたいなセンサーお前についてんの」

「いや、なんか…。嫌な空気だなって」

「え? なになに、なにかあった?」

先頭を歩いていた杏奈が振り向く。ステイシーがこんな足元の悪いところで戦うの、嫌だよ~と涙目になっている。

ユエンに案内されるがまま、登山道から離れていく。人気がなくなり、鬱蒼としている。

「なあ、ちょっと危なくないか」

イェジュンが不安そうにユエンに問いかけたとき、岩の影に紛れて一本の黒い大蛇が右足に巻き付いた。

「うわっ」

そのまま引きずられてバランスを崩し、転倒する。頭を持ち上げて敵の姿を確認すると、頭部が8本ある蛇のような黒いマブロフが自分たちを餌にしようとしていた。

「ヤマタノオロチってやつですかね」

ユエンが持ち運び可能なサイズの筒を一度投げ、再び手にすると、槍状の武器に変形した。

「こんなところで人を狙っているなんて… やっつけなきゃ!」

日本刀を手に取りながら杏奈が威嚇する。手始めにイェジュンに巻き付いていた蛇の頭部を一刀両断し、イェジュンも武器を構える。

今度は杏奈に別の頭部が向かっていく。すると、ショットガンの弾が命中し、杏奈の前で頭部が止まる。少し離れたところにポイントを取ったステイシーが狙撃したようだ。動きが止まったところに槍が食い込み、2つ目の頭部も黒いタール状の液体を流しながら機能を停止した。様子を見ていたイェジュンが気づく。

「多分、あのでかい頭部をやっつければ止まる」

蛇の胴体部分を足場代わりにして、頭部に打撃を加える。オオン、と鳴き声のようなものがし、残る6体の頭部が一斉にイェジュンに狙いを定める。

メイスで向かってきた頭部の一つを叩き潰し、蛇の歯が折れる。しかし、別の頭部がイェジュンの左腕に食い込み、熱さと痛みがこみ上げる。

「って…!」

右腕一本でメイスを振り上げ、噛みついてきた頭部を殴りつけると、頭部は動かなくなる。もう4つの頭部が、他3人にやられて動かなくなっていた。

「だいじょうぶ!?」

ステイシーが岩場から心配そうに声をかける。

「よくも…えーい! 一閃!」

近くの岩を踏み場にしてジャンプした杏奈がコアとなっている頭部に刀を食い込ませる。残る1つの頭部が杏奈に噛みつこうと口を開けたが、首筋に噛みつこうとしたところで絶命した。


「はー、せっかくの休日だったのに非道い目に遭ったぜ」

杏奈の重装備の中に入っていた包帯で噛まれた場所を止血しながらイェジュンが言う。毒でもあったら危ないと思ったが、どうやら大丈夫そうだ。

「下山しないといけませんね。…歩けますか」

珍しくユエンがイェジュンを心配している。

「だいじょぶ。歩きづらいところは肩借りるわ」

ステイシーが、携帯で塚本に連絡を取っている。すぐ病院に連れて行く、と塚本が言う声が漏れ聞こえた。

「一般の人の被害が少ない状況で敵を倒せて良かったけど…。みんなで山頂登りたかったね」

杏奈が残念そうに言う。

「また来ようぜ」

「…そうですね」

登山道に戻り、下山を開始すると、すれ違う人にイェジュンの怪我を心配される。「ちょっと木の棘に刺さって…」と適当な嘘でごまかし、岩場を乗り越えるときはユエンに支えられながら駐車場へとたどり着いた。塚本が手を振る。

「次は平和に山頂へいくぞー!」

普段の調子に戻った杏奈が言う。山を登る前より、少し皆の仲が良くなった気がした。

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