第6話 ローラレイ
第六話 勇者パーティを追放された瘉術師は、ヒール役として魔王軍に寝返ります
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怪我人が居なくなったテントに残っても、ワタシが一人で、目玉の化け物達と話すことは無い。でも戦場の景色は見たくない。
そんな自分だったけれど、やはりこちらを見て、オドオドと話しかけたそうにしているメダウーマンに辟易したから、重たかった腰を上げて、外に出んとする。
「癒術師さん? どこへ行くのですか?」
「あ? 話しかけんじゃあねェ」
彼女らは魔物だ。自分よりも数百年とか千数年生きている。人間より腕力だって魔力だって強いはずだ。
でも彼女達が非戦闘員だということは、見た目と立ち居振る舞いから伝わってくる。
魚の鱗みたいなラメが散りばめられた、煌びやかなビキニとスカート、なんて服装からも、疑いよう無くダンサーだ。全体的に身体の線も細い彼女達が、剣を振るったり肉弾戦をして、人間を圧倒しているところは想像出来ない。
そして何より、顔面の半分近くを占め、中心やや上に位置する大きな単眼が、圧倒的不気味さを放っているにも関わらず、人間をどうこうしようとかいう、悪意とか見下しとか、自信がほとんど伝わってこないことが、癪に障る。
戦に怯え、不安な気持ちを滲ませる、そんな、昔の誰かさんに似た、弱々しい眼差しだから。
「ちっ、居られてもムカつくだけだ」
ワタシは、戦いに不向きなメダウーマン達を魔界に帰すことを提案するため、彼女らの騎士団長であるローラレイを探すことに決めた。
テントを出ると、ヨハンネスが入り口の側に立っていて、手に持った拳大程の貝殻の何かにぶつぶつと話しかけている奇妙な光景と、赤、青、黄色と派手な色のセンター分けの騎士達が話し込んでいる。
「おいどうしたんだバトラー」
「あっ、癒術師。何故私が執事だと」
「燕尾服でキメちゃって、執事っぽい見た目してんだろあからさまに……。あ、てかさ、ローラレイってやつはどこにいる」
「はい。はい。分かりました。向かいます」
「なぁ! 聞いてよバトラー」
「え、ああ? 静かにしていろ。今通信魔法でステファニー様と話してるんだ」
「ふーん……そんな便利なの使えるんだ」
ヨハンネスは、ワタシをシカトしていたわけではなく、離れたステファニーと魔法の力で話していたらしい。流石魔族と言うべきか、ワタシら人間の知らない魔法を平然と使っている。
「癒術師。私はこれからローラレイ団長の元へ行く。ステファニー様もこれから来る」
「お、ワタシも丁度行きたかったところだ」
「私も貴様を連れて行こうと思っていたところだ。なるべく大人数で行ったほうがいいからな。キミらも来い」
「「へーい」」
そうしてワタシは、ヨハンネス他赤青黄色の計四名の騎士と共に、野戦テントの後方の坂を登り、崖の更に上を目指す。そして登りきったところで視線の先に見えたものは、足首まで程の高さしかない椅子に大股で座り、何か長いモノを崖下に向けて構える、謎の人物だった。
「はぁ、はぁ、ローラレイ団長!」
と、ワタシらが着いたのほぼ同タイミングで、後ろからステファニーも駆けてきて、
すると座っていた男は立ち上がって振り返り、その姿をこちらに晒す。
上下を黒でキメた、タイトなスーツ姿に、長い銀髪を全て後ろに流して固めた、とても軍人とは思えないオールバックヘアスタイル。そして顔面のサイズに対してかなり小さく丸い黒サングラスを掛けている彼は、パッと見では魔物ではなく、若い成人男性のように思える。
しかしそのファッションが故に、ある意味で魔物よりも恐ろしい、胡散臭い詐欺師とかインテリ奴隷商人とかそういうのに近い印象をワタシに与えてくる。
「ねぇ、ローラレイ団長。回復した騎士達が、戦況を盛り返している。このまま前線を上げて、一気に人間達を押し返したいわ。メダウーマン達は引かせて、アタシ達も前線に行きませんか?」
「ダンサー達には引いてもらうが、俺はこの距離がやりやすい。貴女達だけで前に行けば良い」
「なんですって⁉︎」
ローラレイ、と呼ばれたその男はまた振り返って、長い銃を構え、スコープの穴を見つめはじめる。
そんな彼の不遜な態度にキレたのか、ステファニーがその胸ぐらを掴みに行こうとすると、彼女は右手を伸ばしたまま、突然に動きを止めた。
「く、ローラレイ、アンタ、ねぇ!」
「俺に触れて良いのは客と宴狂騎士団の面子だけですよステファニー様」
そう言ってまた振り向いた彼だが、今度はサングラスを外し、その素顔を晒してステファニーのことを見つめはじめた。
彼のグラスの下は、そんな余裕など戦場では無いだろうというほどに目元のラインを強調した派手なビジュアル風メイクが施されており、彼は一体何を目指しているのかと不安にさせられる。
そう、実に妖艶で悪魔的、ある意味ステファニーよりも魔人らしい見た目をしている。
「おいローラレイ。ステファニー様に狼藉を働くつもりか」
「俺の狙撃を邪魔しようとしてきたのはステファニー様が先だ。しかし我が店【ヴェノム】に通ってくれるとなれば、大切なお客様としてお触りも許そう」
「誰がアンタなんかに好きで触れたりなんかするもんですか! 早く離しなさいよ! ザミエルを!」
「ザミエル?」
その四文字が何を指すかは、聞いても分からなかったけれど目にすれば分かった。それは突如として黒紫色の煙のようにステファニーの周りに湧き立ち、その四肢を掴んでいるように見える謎の影だ。
「うわぁ! ステファニー⁉︎ なんか、オメーの周りに!」
「うっさい! 分かってる。早く解きなさいよローラレイ」
「店に来ていただければ、俺を含め【ヴェノム】の仲間が最高のもてなしを貴女にすると約束しよう。次の休暇の夜。貴女を待っている」
ローラレイがそう言うと、その煙はステファニーから忽ち離れ、彼の背後に立ち上り、形作っていく。
それこそまるで、彼と同じような金縁で小さいラウンド型のサングラスを掛け、紅黒いコートを羽織った二本角の大柄な人型魔物。不敵に笑う、大悪魔の影だった。
「ちっ、やはり態度だけは騎士団長の器よねアンタ。魔王の姪のアタシに、能くそんな口が叩けること」
「まだ俺の店に来てくれたことが無いだろう? 是非一度は来てみてほしい。だからこの戦い、生きて帰ろう。やはり俺も前に出る」
そうしてローラレイは大悪魔に後ろから抱きかかえられ、崖から飛んで、前線の方へと向かっていったのだった。
「何よ。結局前に出るんじゃん」
「本当ですね。最初からそうしてくれれば良かったのですが。掴みどころの無い男ですね」
「おい。なんなんだ、アイツは?」
「はぁ、見ての通りよ。アイツが宴狂騎士団団長のロリコ」
「ローラレイだ」
「うわああっ⁉︎」
瞬間、先ほど飛び降りたはずの彼が、ステファニーの言葉に食い気味にして現れ、ワタシの顎先を親指でなぞってきている。
そう、現れたのだ。
認識出来ない速度で黒い影が眼前に浮かび、気づいた時には顎を触られていた。
「すまない。次の弾丸の話なのだが、ザミエルが貴女を撃ちたがっているようで、騎士として貴女を守りに来た。勇敢でありながら臆病さを併せ持った、儚くも美しい、貴女の命を」
「ど、どういうことだよ?」
すると彼はド近距離でワタシに向かって銃を構える。そして銃口を左肩に押し付けてくるのだ。
「きゃっ! やっ、やめろ! ワタシを殺すのか⁉︎」
「殺さない。だが撃たせてほしい」
ローラレイの背後に立ち昇る黒い大悪魔が、そのサングラス越しにニヤリと嬉しそうな笑みを浮かべている。そして彼が待つ古びた巨大なマスケット銃に手を添えているのだ。
「ちょっとその悪魔どうにかならないわけ? 幽霊の言うこと聞くなんてバカバカしいわよ本当に」
「幽、霊?」
「ああ。こいつは千年以上前、先代魔王の家系の出身の上級魔族。かつてのそのまたかつて、ずっと前の勇者一行に滅ぼされた悪魔だ」
「滅ぼされた。じゃあ何でそいつが……?」
するとローラレイが、自らの側に立つ影を指したところで、横からステファニーが苦い顔で説明をする。
「幽霊なのよザミエルの。ローラレイはそいつの魂の残滓と契約した。
ザミエルは、己の放つ弾丸の行先を自由に操作できる特殊な闇属性魔法の使い手だった。だから勇者一行に斃された後も、その強大過ぎる魔力と怨念は、死してなお地上に残り続けた」
「そう。それと契約したのが俺だ。
……とは言え、過去の話は好きではない。時間の流れというのも美しいが、遅すぎて俺についてくることが出来ない。貴女を楽しませるのはこれまでの俺ではなく、これからの俺がふさわしい」
「「は?」」
結局何を言っているのかは分からないけれど、そうしている間にもビタ1ミリとて、押し付けられた銃口が動いたわけではない。どれだけ彼が過去や現状をクールに語ろうが、ワタシを撃つという運命は決められているようだ。
こんなのは理解出来ないし、嫌だけれど、腕を撃たれるくらい、死ぬことに比べたらマシだ、と、ワタシは思うから。
「ザミエルは我儘な悪魔なのだ。我が魔法を使っている最中、七発撃つ内の七発目は彼が当てたいと望むモノへと向かう。それが今回は貴女だと事前に聞いた。だからせめて利き腕と逆を撃たせてもらう」
「我儘さならアンタも負けてないわよローラレイ」
「ふっ。褒めてもらっては困る。俺の輝きが、更に増してしまいますから」
「褒めてねェだろどう考えても。てか右腕にしてくれ。利き手は左だからさ」
「分かった。では右の二の腕にする。近くに居るものは離れてくれ。弾が勢いを失わず、戻ってくる可能性がある」
「……良いぜ。撃てよグラサン野郎」
「すまない。うちの店で最高のもてなしをする。生き残ればな」
「は? おいおい重体だろうが過失致死だろうが祀りあげてくれよワタシを。勇者パーティから抜け、単身で魔界に乗り込んだ、ヴァリアントたるワタシをな」
「乗り込んだんじゃあなくて裏切って命乞いしたんでしょう」
「脅迫したのはステファニー様達ですがね」
「では、ゆくぞ」
と、ローラレイが口にした瞬間。予め回復魔法を自らの腕に対して発動させる。
次に、閃光と爆発。
焦げる匂いと、軽い金属音。薬莢の落ちる音を聞いたのはほんの瞬間的。それから右腕が全て吹き飛んだような痛み、嘘みたいな右半身の軽さをワタシは体感する。
「くああああっ!」
刹那、ワタシは傷口も見ないまま左手のロッドに全身の魔力を注ぎ込む。
そして、尋常では無い痛みよりも倦怠感が勝った頃、怖いもの見たさで右腕に目をやるが、そこには細く白いワタシの右腕が、変わらずきちんと存在していた。
「凄まじい白魔法力。なんと美しく強い女性だ。その優美なる名を聴かせてくれ」
「ノーナだ。【ノーナ・ギル・グレーシュート】……。てか聞く前に優美って判断すんな。美しいのは否定しないけど、テキトーなこと抜かすんじゃあねェ」
「フッ、美しいに決まっているさ。貴女のように輝き、強くありながらも儚い女性の名は、な」
そうしてローラレイは、口元に穏やかな笑みを残したまま、再び崖を降り、ザミエルに抱えられ下の戦場へと向かっていった。
ステファニーはともかく、魔王やスカーレットは恐ろしく強く、強大な魔力を持ち、本当にマルク達がそんな存在に勝てるのかと不安になっていたけれど、その傘下である九つある騎士団、長の一人、ローラレイの振る舞いとその力を間近で体験したワタシは、益々マルク達、否、人類の勝利への心配及び不安感を更に高めるのであった。
「さぁノーナ。行くわよ」
「今ので疲れた。さっきみてーな急速な回復はもうしばらく出来ない」
「は? 出来ないじゃあなくてやんのよ!」
「こっちが、は? だよ。MPは無限じゃあねェ。そんなのアンタらが一番能く分かってんだろ」
「アタシが今回復した魔力あげるから、まだまだ前線に出て回復しなさいよ」
「え? オメーからもらうの? 大丈夫? お腹とか壊さない?」
「何よ人をバイ菌扱いして⁉︎ 流石にキレるわよ‼︎」
「人じゃねェしどちらかと言うとバイ菌だろバーカ」
「んああもうヨハンネスこいつ殺す! てか殺せ!」
「ご命令とあらば」
「うわああ待て待てワタシの命を守る約束したばかりだろう⁉︎」
「だからって横柄な態度取っていいなんて一言も言ってないわ。数々の無礼、これ以上は許せない」
「わーったわーった! 回復するから! でも疲れちゃったから休憩させてくれよ〜!」
「ヨハンネス! そいつをおぶってきてちょうだい」
「仰せのままに」
「ちょ! うわぁ! お、お、お姫様抱っこ⁉︎ マーリンにもされたことないのに!」
「暴れるな癒術師。放り投げるぞ」
「いやそれは怖い!」
魔族の腕力で投げられたら無事では済まないから、優しく運んでほしいものだ。
「おいどういうことだ。何故押されている? ワタシが、ヒールした騎士達は何処だ?」
その後、ワタシはステファニー達と共に再び前線に戻った時、異様な光景を目にすることになる。
それは先ほど回復させたはずの宴狂騎士団及び幽刻騎士団の面々が、人間達の死体の数よりも圧倒的に多く、力尽き、息絶え、転がり広がっている状況だった。
…………To be continued.
─────────
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