第28話 カミングアウト・ザ・オバチャン

 職場でのカミングアウトを無事に終えた僕と竜は、駐車場で少しだけ雑談をした。     今日は薄手のコートを着ていても寒さを感じるくらいに肌寒い。 

「まさかサイさんが実は男だったなんてな。しかも、あの二人、夫婦みたいなもんだったとはな」

 竜は驚きを隠せないといったかのように、両目を見開いて言う。

「だね。僕もびっくりした。たぶん、生まれてきて初めて一番驚いたことだと思う」

「だよな。まあ、本人たちがあんなだから、俺たちのことも薄々気が付いていて、理解してくれてるし、部屋も安く貸してくれるっていうんだから、願ったり叶ったりだな」

「本当にそうだね。全てがうまくいきすぎて、怖いくらい・・・」

「いいんじゃねえか。俺たち、今までそんなに恵まれてなかったんだから、きっと今までの反動で、運が向いてきたってことじゃねえか」

「そうだね。うん、きっとそうだ」

 確かに、竜の言う通りだ。僕はさんざんいじめられてバカにされてきたし、竜だって、数年前に事故で両親を亡くしている。そろそろ運気が向いてきたってバチは当たらないだろう。

「そうだ、竜、今度の休みは空いてる?」

「ん? 別に空いてるぞ」

「僕の唯一の最近できた友達で、会って欲しい人がいるんだけど、どうかな?」

「ああ、いいぞ別に。今んとこ予定ねえし」

「良かった。じゃ、また連絡するね」

「ああ。わかった。寒いし、気疲れしてんだろうから、早く帰って休めよ。送ってやりてえけど、自転車で来てるんだろ?」

 僕は頷く。

「大丈夫。寒い日のチャリンコは慣れてるから」

「そっか。無理すんなよ。てか、俺が毎日送り迎えしてやろうか?」

「いいよ。帰りに買い物しなきゃだし。残り少ない僕の夕食、家族が楽しみにしてくれてるんだから。それに運動は体に良いって言うしね」

「頼もしいな。送迎が必要になったらいつでも言えよ」

「うん。ありがとう」

 僕と竜は名残惜しさを残してお互いに「じゃあね」と言い、手を振って別れた。


 営業所でのカミングアウトの興奮と、竜と近距離で話したおかげで僕の心と体は充分に温まっていたから、その勢いで自転車に乗ってスーパーでの買い出しを終えて、家に帰る。

 冬の手前の秋の風が、自転車をこぐ僕の体にふきつける。興奮した心と体にはちょうどいい刺激になる。

 こうして家族のために買い物をして、夕食の支度をするのも、あと一か月くらいだろうか。そう思うと、急に寂しくなってきた。僕はひとつひとつ丁寧に思いを込めて、野菜を切り、お肉を炒める。

 家族団らんの夕食が終わったあとで、僕はオバチャンにメッセージを送って竜を紹介するアポを取った。

 オバチャンからは、すぐに返信があり、ハートマークのスタンプと一緒に「楽しみに待ってるわ」とメッセージが返ってきた。


 楽しみに休日を待って過ごしていると、あっと言う間にその当日になった。

「おじゃまします」

 オバチャン宅の前で、僕はお土産に持参したコンビニのどら焼きとペットボトルの緑茶が三本入ったビニール袋を竜に預けて、玄関のチャイムを鳴らしてから、インターフォンに向かって挨拶する。

「いらっしゃい。入って入って」

 オバチャンの粘っこい声がインターフォン越しに聞こえたので、僕は竜をオバチャンの部屋へと案内した。

 竜はまるでいけないところに迷い込んでしまった羊のように、珍しく落ち着かない様子でオバチャンの部屋に行くまでの水晶部屋や、突飛な壁飾りなどを左右に首を振りながら見て歩く。

 オバチャンはちゃぶ台の前にちょこんと正座して待っていた。そして竜を見ると、きらっと瞳を輝かせて立ち上がって、真っ赤に塗った唇を三日月形にゆがませながら、こちらに向かって歩いてきた。相変わらずピンクのスカートスーツを着用していて厚化粧だ。

「あらあら、この人が竜さん? なによ、かなりのイケメンじゃない。レンちゃんたら、隅に置けないわねえ」

 オバチャンは竜の腕をバシバシと叩きながら言う。

「お、お褒めいただき、あ、ありがとうございます」

 竜の笑顔は心なしか少しひきつっている。事前にオバチャンの性癖や風貌、話し口調なんかは伝えていたけれど、やはり本物となると、インパクトが強いのだろう。

 僕は手土産に持参したどら焼きとペットボトルのお茶をちゃぶ台に並べ、部屋の奥にあった座布団を三枚、均等にちゃぶ台の周りに配置した。

「あら、レンちゃん悪いわねえ。オバチャンったら、お友達が彼氏を紹介するためにウチに来るっていうから緊張しちゃって何もできなかったのよ。本当よ。ほんとはおせんべいなんか買ってきて、きちんと急須でお茶を入れておもてなししたかったんだけど、オバチャン当日になったらもう緊張で心臓バクバクで何もできなかったのよ。本当よ。信じてね」

 僕は「大丈夫だよ」と言って、笑う。竜は真顔になって固まっている。

 僕とオバチャンはしばらく天気のことやテレビのワイドショーなんかのどうでもいい適当な話題で雑談して、ペットボトルのお茶を飲んだ。

 そして、僕と竜の話になって、どちらから先に好きになったのかと質問してきた。

「僕のほうからだよ。絶対。だって、竜はその時に彼女いたし」

「そうか? でも俺、蓮のこと、じつは初めて見たときから、可愛いと思ってたんだぜ。でも、男同士だし、こんな気持ちはおかしいって、しばらくひたすら自分を否定してた。まあ、なんだかんだで自分の気持ちに嘘はつけなかったんだけどな」

 僕は急に顔が熱くなってくるのを感じた。オバチャンは急に大声で叫び始めた。

「やめて! やめてちょうだい。このオバチャンの神聖なおウチでノロケ話なんて、しないでちょうだい。ただでさえ、オバチャン今のマッチョ彼氏とうまくいってないんだから!」

 オバチャンは急にしぼんだ白菜みたいに小さくなってしまった。

「オバチャンさん、何かあったんですか? 俺でよければ相談に乗りますよ」

 竜はオバチャンの背中にそっと手を添える。

「ありがとう。竜さん。あなたって、イケメンなだけじゃなくて優しいのね。オバチャンも竜さんみたいな人と恋愛できればいいのだけれど、ダメなのよ。オバチャンってどうしてもゴリマッチョな人じゃないと恋愛対象にならなくて。竜さんくらいのマッチョ具合じゃ全然足りないのよ。全く不便な性質よね。自分でも嫌になっちゃう。それでその彼からね、三日も連絡がないのよ! 三日よ? 今までは毎日メッセージだけでも交換し合ってたのに。心配で家に行きたいけど、オバチャン仕事もあるし、東京は遠いでしょう。ほんと遠距離って不便よね」

 その時、オバチャンの隣に置いてあるバッグの中で、軽快な着信音が鳴った。オバチャンは「あらヤダ。まさか!」と言って、スマホを操作して急に微笑んだ。

「彼からだわ。風邪で三日間ほど寝込んでいたんだって。もう、心配して損したわ」

 オバチャンに笑顔が戻ったので、僕はどら焼きをすすめた。オバチャンは喜んでどら焼きを頬張り、竜もどら焼きなら食えると言っていたので、僕たちも一緒に食べた。

「だけど、こうしてどら焼き食べてると、オバチャン、どらえもんになった気分ね。だって、オバチャンの占いであなた達、うまくいって付き合うことになったんでしょう?」

 竜がどういうことだ? と言いたげにこちらを見るので、僕は金宝館に誘ったいきさつがオバチャンの占いであることを説明した。竜は「ふうん」と嬉しそうに唸った。

「そうだったのか。ま、俺はあのパフォーマンスを見なかったとしても、どっちみち連を襲うつもりではいたけどな。もちろん、合意の上でだけどさ」

 僕はますます顔が熱くなるのを感じて、思わずうつむいてしまった。

「もう、あなたたちってば。本当に熱々なのはわかったから、もう帰ってどっちかの家なりホテルなりでやりなさい。オバチャン、だんだん虚しくなってきちゃったわ」

「ごめんなさい」

 僕と竜は謝った。

 それから、僕と竜は脱ペーパードライバーのために運転練習を共にしたことや、温泉や東京での旅行の話をして、今後のこと(同棲することと花園不動産を二人で引き継ぐこと)について報告した。オバチャンは「良かったじゃない」と何度も嬉しそうに言って、話を聞いてくれた。


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