第十二話:旅の始まり
――旅が始まった初日。
俺にとって、すべてが新鮮だった。
村を出ると、そこには見渡す限り続く街道があった。
しかし、それは村の道とはまるで違う。
地面は舗装されておらず、岩や轍が無数に残るガタガタの道。
荷車の車輪が跳ねるたびに、衝撃が伝わってくる。
「ぐっ……なんか、想像以上に揺れるな」
「だろう? これが旅ってやつだ」
バルザックはロバの手綱を引きながら、楽しそうに笑った。
俺とサムは、最初のうちは荷車の荷台に乗せてもらっていた。
だが、そこにはバルザックの交易品や食料が積まれており、座るスペースは決して広くない。
加えて、荷車の揺れが激しすぎた。
振動で体が跳ね上がるたび、尻や背中が痛くなってくる。
「こりゃ、座ってる方がきついかもしれねえな……」
サムが呻くように言うと、バルザックがちらりと振り返った。
「たまに歩いた方がいいぞ。ずっと乗ってると、余計に体が固まっちまうからな」
そう言われて、俺たちは交互に荷車を降り、歩くことにした。
最初は慣れなかったが、歩くことで風を感じ、旅の実感が湧いてきた。
初めての野宿。
日が暮れたころ、バルザックが「今日はこのあたりで休もう」と言った。
旅人のために作られた簡易的な休憩所が街道沿いに点在しており、そこには焚き火の跡や、荒天時の避難用の小さな小屋がある場所もあった。
「こんな場所があるんですね……」
「旅人が増えたことで、こういうのを作る村も増えたんだ」
俺たちは焚き火を囲み、干し肉やパンを食べた。
普段の村の食事と比べると質素だったが、旅の疲れもあって妙に美味しく感じる。
そして、夜が更けると、地面に敷いた毛布の上で寝ることになった。
星空の下、風の音を聞きながら眠るというのは、村では味わえない体験だった。
――旅が始まった二日目。
俺たちはバルザックの荷車とともに、街道を進んでいた。
初日の興奮が少し落ち着いた今、俺は旅の現実をより実感し始めていた。
「なあ、バルザックさん」
サムがふと声を上げる。
「街道って、やっぱり魔物が出るのか?」
バルザックは手綱を握りながら、ちらりとこちらを見た。
「可能性はあるな。特に森が近い場所は要注意だ」
「やっぱりか……!」
サムが身構えるが、バルザックはすぐに肩をすくめた。
「もっとも、この街道は比較的安全な方だ。人の往来がある道では、魔物もあまり近づかねぇ」
「なるほど……」
たしかに、人が多く通る場所では、魔物も警戒するのかもしれない。
「それでも、絶対に安全とは言えねぇけどな」
バルザックが馬の手綱を引きながら、淡々と言う。
「旅人や商隊が襲われることもあるし、盗賊に狙われることもある。そういう連中にとっちゃ、旅人は格好の獲物だからな」
サムが息をのむ。
「でも、それじゃあ旅をするのって危険すぎないか?」
「だからこそ、街道の安全をどう守るかってのが、どの村や街でも課題になるんだよ」
俺はバルザックの言葉に興味を引かれた。
「街道の安全って、誰が守ってるんです?」
「基本的には、その街や村の連中だな」
バルザックは荷車の横に並ぶ俺を見ながら説明を続ける。
「例えば、この道なら目的地の隣村が管理してる。商人や旅人が安全に移動できるように、時々見回りをしたり、魔物や盗賊が出たら村の若い衆が討伐に行ったりするんだ」
「村の人たちが……?」
俺は少し驚いた。
「でも、それってかなり危険じゃないですか?」
「危険だな。でも、そうしなきゃ誰も守ってくれねぇ」
「じゃあ、大きな街はどうしてるんです?」
「大都市になれば、領主様が軍や警備隊を派遣してるな。都市の規模が大きければ、その分金もあるし、兵士を雇う余裕があるからな」
「なるほど……」
街の規模によって、街道の管理の仕方も変わるということか。
「でもよ、バルザックさん」
サムが眉をひそめる。
「それって結局、街や村が個別に頑張るしかねぇってことだろ?」
「ああ、そういうことだ」
バルザックはあっさりと頷く。
「だから、街道が安全な場所とそうじゃねぇ場所の差が激しい。魔物が多くて放棄された道もあるし、盗賊が居座ってる危険な道もある」
俺はふと、考えを巡らせた。
「だったら、どこの村や街でも使える、街道の安全を確保する仕組みがあればいいんじゃないですか?」
バルザックは驚いたように俺を見て、しばらく沈黙した後、楽しそうに笑った。
「ほう……おもしれぇな」
「例えば――」
俺は続けた。
「もし、各村や街に“依頼板”みたいなものがあって、そこに“街道の安全に関する情報”を記録できるようになっていたらどうでしょう?」
サムが目を丸くする。
「どういうことだ?」
「例えば、この街道でも『魔物や盗賊の目撃情報あり』って依頼が貼り出されて、討伐できる奴がそれを見て名乗り出る。報酬は村や街が負担する形にすれば、自然と魔物や盗賊の数は減るってことだな」
バルザックが俺の考えを汲み取り、具体的な形に落とし込んでいく。
俺は頷いた。
「ええ。情報を共有し、誰でも活用できる形にすることで、街道の安全はもっと効率よく確保できるはずです」
「たしかに、それが実現すれば、旅人や商人は助かるな」
バルザックは腕を組みながら唸る。
「でもよ、問題は“誰がその仕組みを作るか”なんだよな」
バルザックの言葉に、俺は考え込んだ。
村の掲示板と似たような仕組みを、もっと広範囲に適用する。
それができれば、旅人や商人、村や街の安全がより確保されるはずだ。
だが、今のところ、それを実際にやっている場所はない。
「……まあ、誰かが始めなきゃならねぇなら、俺は応援するぜ?」
バルザックが冗談めかして笑う。
「お前さん、そういうのを考えるのが好きそうだしな」
「確かに、興味はあります。でも……」
俺は曖昧に笑う。
今はまだ考える段階だ。
だが、もしこの旅で何かヒントを得られたら――
俺が目指すものが、もっとはっきりするかもしれない。
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