第十話:広がる依頼
薪集めの依頼が終わり、村の掲示板には新たな依頼が貼り出され始めた。
「俺も何か頼んでみようかな」
「畑仕事や家事の手伝いも依頼できるのか?」
村人たちは興味深そうに掲示板を覗き込み、話し合っている。
その中で、最初に動いたのは村長の妻、マリアだった。
【依頼内容】
『食材の下ごしらえの手伝い』
・野菜の皮むきや仕分け、保存作業の手伝い
・特別な技術は不要、手が空いている者歓迎
・報酬はパン一切れまたはスープ
【依頼主】
村長の妻・マリア
「マリアさんの依頼か」
俺は依頼を確認しながら、マリアに目を向ける。
「村の仕事を支えるのは、こういう細かい作業の積み重ねだもの。みんなが食べるために必要な仕事なら、ちゃんと依頼として出してもいいわよね?」
マリアはにこやかに言った。
確かに、こういう日常的な仕事こそ、掲示板の活用にふさわしいかもしれない。
村人たちも納得したように頷く。
「なるほど……畑仕事や狩りだけじゃなく、こういう家事の手伝いも依頼になるのか」
「子供でもできる仕事だな」
これで、村のあらゆる作業が「依頼」として扱われる可能性が生まれた。
そんなとき――
「へぇ、面白いことをしてるな」
低く落ち着いた声が響いた。
振り向くと、見慣れない男が掲示板を眺めていた。
旅装束に大きな荷袋を担いだ、明らかに村の外の人間――旅商人だった。
「お前さんが、この仕組みを考えたのか?」
旅商人の男が俺を見て尋ねる。
「そうだ」
「なるほどな……こりゃ面白い」
男は依頼の紙を一通り眺め、満足そうに頷く。
「こんな仕組みがある村は、今まで見たことがねぇよ」
「そうなのか?」
「まぁな。普通の村じゃ、誰が何をやるかは暗黙の了解みたいなもんだ。仕事を物や金でやり取りするって発想は、村の外じゃなきゃ出てこねぇよ」
「なるほど……」
確かに、サムとのやり取りを思い出すと、この村の人々には「仕事に報酬を払う」という概念があまりなかった。
それを商人がすぐに理解できるのは、やはり外の世界では常識だからだろう。
「ところで、商人がこんな村に何の用だ?」
俺が尋ねると、男はにやりと笑った。
「名乗るのが先だったな。俺はバルザック、旅の商人さ」
「バルザック……」
「この村にはたまに寄らせてもらってる。干し肉や穀物を売ったり、手作りの細工を買ったりな」
なるほど。
商人がいなければ村の外から物を仕入れることもできない。
こういう人物との繋がりが、村にとっては重要になる。
「それで、バルザック。お前が興味を持ったのは何だ?」
「そりゃ、この掲示板よ」
バルザックは依頼の紙を指差した。
「もしこの仕組みが広まったら、俺みたいな商人にとっても便利だぜ」
「商人に?」
「例えば、道中で雇う護衛を探す時とか、商品の運搬を頼む時にな。こんなふうに“誰が何をやれるのか”が一目で分かる掲示板があれば、いちいち村長や宿の主人に聞かなくてもいい」
確かに、村の内部だけでなく、旅人や商人にも使える仕組みになるかもしれない。
「で、アルクとか言ったな?」
バルザックがこちらをじっと見据える。
「この掲示板、外の人間も使っていいのか?」
俺は少し考え――そして、頷いた。
「もちろんだ」
バルザックは満足そうに笑う。
「そいつはいい。なら、一つ試しに依頼を出してみるか」
【依頼内容】
『荷運びの手伝い』
・次の村まで荷車を引いてくれる者を募集
・力仕事ができる者歓迎
・報酬は銀貨3枚
【依頼主】
旅商人・バルザック
「……おい、銀貨3枚って大金じゃねぇか?」
サムが驚いたように声を上げる。
「まぁな。でも、それくらい払う価値はあるぜ」
バルザックは軽く肩をすくめる。
「村の若いのが引き受けてくれりゃ、助かるしな」
村人たちは依頼を興味深そうに見つめていた。
「さて、誰がやる?」
俺が声をかけると、サムが意を決したように手を挙げた。
「俺がやるよ!」
「ほう、いい返事だな」
バルザックは嬉しそうに笑う。
「じゃあ、明日の朝出発だ。それまでに準備しといてくれ」
こうして、掲示板を通じて村の外との繋がりが生まれるのだった。
~~この世界の通貨~~
この世界では、以下の四種類の貨幣が一般的に使われている。
銅貨(1枚):最も基本的な貨幣。パン一切れや果物ひとつ程度の価値。
銀貨(10銅貨):宿一泊分や一般的な日当と同等の価値。
小金貨(5銀貨):武器や防具の購入、などに使われる。
大金貨(10小金貨):貴族や商人の取引で使われる高額貨幣。
バルザックが支払った銀貨3枚は、一般的な労働の三日分に相当する。都市と地方では物価格差があるため、村での価値はその5~10倍程度(宿半月~1ヶ月泊分)。つまり、サムがこの仕事を引き受ければ、短期間でかなりの報酬を得ることになる。
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