第4話

(あーあ、もうこんなに注目を集めちまって。強盗に遭っても知らないよ)


 口の悪いあたしは内心毒づきながら、馬車を無視して家の中に入ろうとした。

 簡易な鍵を開けてドアノブに手を掛ける。


「────失礼。ヴィアンナというのは、貴女のことだろうか」


 ガチャリとノブを捻った瞬間と共に、背中から掛けられたバリトンボイス。

 振り返ると馬車から一人の男が降りてきた。


 前裾が短く後ろが長い濃紺のスーツ。

 スラリと長い脚が履くのは、ピカピカに磨かれた革のブーツ。

 見るからに上流階級の世界の住人な男は、ハットを脱ぎ胸元に持ってくると紳士らしい振る舞いでお辞儀をした。


「突然すまない。私はアルベルト・ブラウウェルというのだが」

「……へぇ、芸術商の伯爵様があたしなんかに何の用さ」

「さすがモデルをしていただけのことはある。私のことを知っているとは光栄だよ」


 ブラウウェル伯爵。

 芸術に携わるものでその名を知らぬ人はいないだろう。

 ただのヌードモデルだったあたしでさえ知っているくらいの有名人だ。

 あたしをモデルに雇った名も無き画家たちは揃って彼の名を口にしていたから。

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