第5話

さて、ひっそりと生きていきたいけれど、それだけでは立ち行かなくなってしまうのが世知辛い世の中だ。カフェの経営だけでは生活が危うくなってきた私は最近新たに仕事を始めた。

 それは解呪。負の感情を持つ魔物に呪われた人や物から、呪いを払うというものだ。呪いとはおまじないのことも含んでいる。

 おまじないとは魔法陣を身体に刻んで行う祝福の効果を得る魔術なのだけど、知識のない人がやろうとすると魔法陣を間違え誤った効果を得てしまうことがあるのだ。

 おまじないと呪いは紙一重。幸福を願うためのおまじないが一転して呪いに……なんてことがよくあったりする。

 昨今は若者たちの間で恋愛成就のおまじないが流行っているせい(おかげ)で解呪師の需要が高まっている。最近私がカフェを不在にしているのは、その仕事があるためだ。


(なーにが、好きな人と一生一緒にいられるおまじないよ……)


 解呪の仕事を終えて店に帰って来た私は、カウンターに肘をつきながら一枚の紙を眺めていた。

 掌くらいの大きさをした正方形の羊皮紙。そこには妖艶な桃色のインクで魔法陣が描かれている。

 これが今日の仕事で解いたおまじないの痕跡だ。

 私の解呪は主におまじないを専門にしている(呪いよりも仕事口がたくさんあるから)。


 解呪の仕事は一解呪につき、一万トゥエル。これだけあれば新しいワンピースを三着くらい買ってもお釣りが出るし、おやつにしたいお菓子ナンバーワンである王都の名店の高級生チョコレートまで買える。

 依頼は多くて一日に五件くらいだ。おまじないの程度にもよるけど、そんなに難しいものじゃないことがほとんどなので大変ありがたい。

 だけど、この魔法陣の内容はめちゃくちゃだ。適当な魔術文字スペルを並べ、それらしい形が整えられているだけ。しかもこれは円形じゃなく、ハートの形だし。

 こんなものが若者たちの間で流行っているとは恐ろし過ぎる。


 お金に繋がるおいしい仕事とはいえ、こんなインチキを流行らした者を今すぐ捕まえて、こてんぱんにしてやりたい。

 適当な知識でおまじないなんかやるんじゃないわよ、まったくもう。


 今日の依頼者はカップルでのお申し込みだったのだけど、効果の文字通り、一生一緒にいられるように手と手がくっついてしまったのだ。

 お互いとても好き同士だったようだけど、トイレやお風呂が不便極まりなくとうとう喧嘩に発展したらしい。

 そうして破局にまで至り、こんなおまじないなんて! と二人揃っての解呪依頼が舞い込んできたのだ。


 二人分なので二万トゥエル。私としては美味しい仕事だったけれども、解呪後にぷんぷんしながら別れて行った二人の姿は少し後味が悪い。


 ずっと一緒にいたいと思うくらい愛し合っていたはずなのに。一緒にいるためにしたおまじないがきっかけで破局を迎えるとは、皮肉というかなんというか。


「何見てるの」

「きゃっ!?」


 ぼけーっと眺めていたら突然声がして、私は飛び上がるほどに驚いてしまった。

 後ろを振り向けば、銀色の前髪で目が隠れてしまっている男の顔。

 誰かが入店すればベルが鳴るはずなのに鳴らなかった。ということはつまり、シュティルは裏口から入ってきたということだ。


「あなたねぇ、来るときはちゃんと入り口から入ってきてって言ってるじゃない」

「入ろうとしたけど鍵締まってた。だから庭に行ったらベーリー・オルクスが入れてくれた」

「あの子ってば、もう……」


 中へ入れる前に主人に報告するとか出来ないものかと、頭を抱える。


「ライムミントソーダちょうだい」

「あなた、本当にそれが好きね。……はいはい、いつものところに座ってなさい」


 ドリンクを作る前にこの紙を処理しなければ。

 カウンターチェアから立ち上がり、私は内側にあるキッチンへ移動しようとする。

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