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 その夏、小栗蘭次郎は豪華客船に乗っていた。ラオスとタイの国境付近にある人類未踏の地、伽羅絶境(ヤト・ジャン)を踏破したのち、クアラルンプールに立ち寄って、そこの商店街でたまたま引いた福引券が当たったのである。彼はその券をしげしげと眺め、「探検家であるオレに豪華客船はなんとも似合わないな」と考えたが、せっかく当たったことであるし、「まあ、何事も後学のため」と思い直し、マレーシア国籍のその船に乗った。船に乗ると綺麗なキャビンアテンダントが券と引き換えに船室の鍵と案内のパンフレットを手渡してくれた。パンフレットの表にはアジア遊覧四日間の旅といったツアー名が書かれ、裏の地図には航路が描かれていた。それによると、クアラルンプールのポートケランを出航した船はマラッカ、シンガポール、ホーチミン、マニラ、台中、那覇と停泊し、最終的には神戸港に到着するということであった。「日本が終着点であるというのが、なかなか気が利いていていいじゃないか。久々の帰国に豪華客船を利用するっていうのも新しい冒険かもしれないな」何だかそれも気に入った。そういうわけで蘭次郎はいそいそと船に乗り込み、指定された船室に向かった。豪華客船の船室は高級ホテルのシングルルームのような雰囲気であった。しかし室内に窓がなく海は見られなかった。「まあ福引で当てた部屋だからこんなものかも知れないな」と蘭次郎は荷物を置きながら苦笑して、そのまま部屋を出てデッキへと向かった。そのうち船は出航したが揺れはまるでなく、これもまるで高級ホテルの廊下を歩くような感覚であった。「先日まで這いずり回っていた白骸溪(ヤトバイハイ)とはまさに天地の差だな」と蘭次郎は感嘆をもらした。

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