新説三国志演義 外伝(第三稿)

青端佐久彦

第一部 黄巾の乱 起の章 外伝

第一部 黄巾の乱 起の章 第3話の後① 出会い



 ちょうは唖然とした。

 倒れている男の数は先ほど張飛が相手をした数の二、三倍はいた。

 その反面、立っているのは一人だけ。

 きゅうしゃく(約180㎝)を超える背丈の男が堂々とした風貌で立っていた。

 張飛はゾッとした。

 (まさか―――)

 その予感のまま馬の横腹を蹴りあげ、村に向かって駆け出した。

 (村が、襲われた―――?)



 村に入って張飛はさらに唖然とした。

 人が死んでいない。

 家が焼かれていない。

 村は張飛が出ていった時のまま、どこも壊れていなかった。

 「―――あれ?」

 まさに狐に化かされたようになっていると、後ろから張飛の肩を叩く者がいた。

 「おい」

 張飛が後ろを振り向くと、さっきの巨大な男が立っていた。

 「………何だよ」

 若干の警戒を含めて張飛が返事をすると、

 「張飛というのはお前か」

 男はいきなりそう聞いてきた。

 「…………」

 張飛が黙っていると、その男はなおも、

 「どうなんだ」

 と聞いてくる。

 張飛は嘆息すると、

 「初対面の相手の名をいきなり呼ぶとはあんた、何様だ?」

 半眼になって睨みつけた。

 中国では名のことをめったに人に呼ばせない。

 名を呼んでいいのは、家族くらいのものだった。

 あざながあるのはそのためである。

 親しくないものは姓の後に続けてあざなを呼ぶことによって、個人を識別するのだ。

 「ふむ」

 張飛の文句を聞いて、男は立派な顎髭をなでた。

 「確かに………。私の非礼を詫びよう。私の名はかんうんちょう。この村が賊に襲われていたので、勝手ながら助太刀に入った旅の者でござる」

 「関………雲長」

 その名は張飛も聞いたことはあった。

 二つ隣の州、しゅうとうぐんかいけんに住んでいたらしいが、ある時金持ちが横暴を働いていたのを見かねて斬り殺してしまい、逃げるように各地を転々としながら世直しを行っているらしい。

 「へぇ、あんたがあの関雲長か。噂は聞いてる。強いんだよな、あんた。………オレの名はちょうよくとくってんだ」

 「伏兵にあったと聞いたが、怪我は無いのか?」

 「あ? 何で知ってんの? ま、二百の伏兵なんざ逆に返り討ちさ」

 張飛は頭の後ろに腕を回しながら何でもないことのように言った。



 かんは唖然とした。

 (二百の伏兵を相手に返り討ち? まさか………有り得ん)

 伏兵の二百と平原で相対する六百とでは精神的に雲泥の差がある。

 平地で敵の数が見えているときは、伏兵によって知らぬ間に敵に囲まれている時よりも遥かに気が楽だろう。

 それは絶対の事実で例外はない。

 古来より最も多く優秀な将兵を討ち取ってきた戦法である、というのはそこにあった。

 どんなに優秀な将であろうと、戦っているとき以外は気を抜いている。常時気を張り詰めていることは、人間には出来ないことなのだ。

 伏兵はそこを狙う。

 戦いが一段落し、将が張り詰めていた気を抜き、己の武器をしまう。

 その時こそ伏兵が動き出すときなのだ。

 伏していた兵達に油断も気の緩みもない。対して相手の将は油断し、気を抜き、武器をしまっている。

 その事に将は動揺する。

 今まで行ってきた数々の戦闘経験のせいで、瞬時に自分が置かれている状況がわかってしまう。

 結果、自分が培ってきた戦闘経験のせいで、一番やってはいけないことをしてしまう。

 ―――動揺してしまうのだ。

 その動揺のせいで将は命を落とす。



 (―――しかし、)

 関羽は顎髭を撫でながら考える。

 (もし、動揺しなかったら?)

 つまり、張飛は伏兵が現れたとき、何とも思わなかったのではないか。

 関羽は目の前の少年を見下ろした。

 (この者はもしや、伏兵に対して動じることのない今までにいなかった例外なのではないか)

 「―――ん? 何だ? どした?」

 関羽の視線を感じて張飛が関羽の方を振り向いた。

 「い、いや―――」

 いきなり張飛に振り向かれて関羽は思わず動揺してしまった。

 だからなのか………。

 「せ、拙者と手合わせを願いたい」

 思ってもいない言葉が関羽の口から飛び出した。

 「―――は?」

 張飛の方もあんぐり、と口を開けて関羽を見ている。

 (………んな。何を言っているんだ私は!? これではただの変な奴ではないか。違う、すぐに否定せねば!! 今のは本心ではないと。この少年と戦った所で何もならないだろうに)

 「………えーっと、関さん? あの………」

 張飛か何かを言おうとして言葉を切った。

 「――?」

 何事かと関羽が張飛の方をみると、先程、張飛をこうきんぞくのいる場所まで案内したという村娘が立っていた。

 「あ、あの、張飛ちゃん」

 「―――ん? 何? どした? れん姉ちゃん」

 にっこりと笑いながらそう言った。

 その笑顔を見て、蓮とかいう娘はぼろぼろと涙をこぼし始めた。

 「ごめん、ごめんねぇ。私が張飛ちゃんを案内したせいで、張飛ちゃんが危ない目にあっちゃったよね? 私が黄巾賊に脅されたりしなければー」

 そう言ったかと思うと、座り込んで泣き出してしまった。

 「うぇっ、蓮姉ちゃん!? いい大人が座り込んで『えーん』なんて泣くなよ!! もう一八だろ!? ったくもー、………怒ってないよ。オレがあれくらいで死ぬわけ無いだろー?」

 張飛は苦笑しながら蓮の頭を撫でた。

 蓮は少し顔を赤く染めながらも黙って撫でられている。

 (………『あれくらい』!?)

 関羽は蓮から張飛へと視線を移した。

 (伏兵二百を、あれくらい!?)

 今何とはなしに言った張飛の言葉が関羽の頭の中でぐるぐると回っていた。

 関羽ならば余裕の笑みを浮かべながら言えるだろう。

 それでも、関羽がそう言えるようになったのは各地を転々としてきたからで、少なくとも関羽が張飛の頃には言えなかった言葉である。

 (この者は………)

 関羽の中で、先刻追い出した筈の感情が再びふつふつと沸き起こってくるのが感じられた。

 「………張翼徳」

 「んー?」

 蓮の頭を撫でながら張飛は振り返る。

 その脳天気そうな顔に向かって、

 「この関雲長と勝負しろおぉぉぉ!!」



 「……………は?」

 張飛は関羽の一騎打ちの申し出に対してそれしか言えなかった。

 (おいおいおいおい、さっきから何なんだ、この人は)

 張飛は関羽の事を上から下まで見る。

 (強い、な)

 感想はそれだけだった。

 それしかわからなかった。

 (そんな奴と………戦う?)

 張飛の体がブルリと震えた。

 (冗談じゃねぇ)

 張飛は頭を振って息を吸った。

 (………………でも)

 張飛の体が再びブルリ、と震えた。

 腰に提げていた槍を構える。

 (………おもしれぇ)

 関羽もずっと持っていた青龍刀を構えた。

 そして、

 双方の戦う準備が整った。

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