その25:撫子のお買い物

かつて、浅葱のワイシャツを撫子が捨てた話を覚えているだろうか。

なんだかんだで巡り巡り、捨てられた筈のワイシャツは月白の部屋に飾られているのだが…撫子は今もワイシャツは既に処分されている物と考えている。

そして、あの日の約束も果たすべき物だと考えている。


「鴉羽様、なんでついて来られたんですか…?」

「一人だと心配だからだ」

「なるほど。では離れないでくださいね?」

「…それではどちらが保護者役かわからなくなるぞ、撫子…」


今日は布の買い出しの為、撫子は外出をしたのだが…なぜか鴉羽が付いてきた。

普段の彼女であれば「本を読んでおく」「留守番最高」「外出とか非効率」「好きにしろ」といって自室で待機するのに、今日は付いてきた。しかも保護者面で。


撫子としたら、子供みたいにうろちょろしていつの間にかいなくなっている…なんてことが多い鴉羽との外出は正直嫌。

だけど、外出をしたがる傾向は大事にしたい。

市街地までの道を歩いていると、鴉羽がふと撫子の手をとってくる。


「どうしました?」

「はぐれないようにしよう」

「はいはい。鴉羽様は甘えたさんですね」

「…別に甘えているわけではないのだが」

「だって、迷子になりたくないから手を繋ぐんでしょう?」

「君が!迷子に!ならないように!だ!」

「私は迷子になりませんよ。鴉羽様が迷子になります」

「…ならない」

「じゃあ今日は勝手に本屋を覗きにいったらダメですよ」

「…ん」


撫子の返事を素直に聞いて、今日は二人で歩き出す。

しかし買い物はあまり上手くいかない。


「今日は布を買うのか?何か作るのか?」

「ええ」

「撫子は、裁縫が得意だもんな…」

「そこまで得意じゃないですよ。基本中の基本ぐらいですし…洋裁になったら、ますます…」


「洋裁?服を作るのか?もしかして…」

「浅葱に作るんですよ」


てっきり自分に作って貰えると思っていた鴉羽の瞳から光が失せる。

しかもよりにもよってまた浅葱。

撫子の話題の九割は浅葱で構築されている。

残りの一割の中の一割程度な鴉羽はそれが許せなかった。


「またあの女か!私の撫子だぞ!私のだぞ!」

「こんな往来で駄々こねないでください…」

「いつもいつも浅葱浅葱浅葱浅葱。あの女のどこがいいんだ!馬鹿じゃないか!」

「馬鹿なのは事実だけど、それ以上に頼りがいのある人です。鴉羽様だってご存じの筈ですが…」

「知ってるけど解せない!」

「どうして!」

「私は鴉羽だぞ!この世界の政治に携わる者で、世界を動かしていると言っても過言ではないんだぞ!」

「そうですね。性格は非常に残念ですが、事実ですね」

「そんな存在なのに、私より頼りになる人物で浅葱の名前が挙がるのは解せない!私を頼れ!撫子のお姉ちゃんにしろ!」

「無茶言わないでくださいよ…」


「じゃあ姉様の養子になって私を叔母にしてくれ」

「もっと無茶な事言わないでください!」

「まあ、撫子におばさんとか言われるの辛いから…これは聞かなかった事にしてくれ…」

「急にシラフに戻らないでください。落差が怖いんですよ」


最近、浅葱の話題になるとすぐこれである。

撫子としても手を焼いており、どうしたらいいか分からないので、とりあえず駄々をこねる鴉羽にお菓子を買い与えて連れて帰るのが日常だ。


鴉羽…本名は菖蒲。二十歳。ガキの扱いをしていれば、彼女は手玉に取れる。


お菓子を買い与えて鴉羽を黙らせた後、布地を買い、必要な糸やボタンを購入後、撫子はそそくさと鳥籠に戻る。


後日、新聞に「市街地で籠守相手に駄々をこねる鴉羽」の記事が出回った。

それを見た浅葱と鳩羽は大笑い。そんな二人には金糸雀が拳骨を入れていた。

白藤は「今後は行動を考えて頂戴」と珍しく妹を叱りに来た。

そして…。


「すみません、りんごを…」

「あら、貴方鴉羽様の…」

「賢そうなお方なのに、あそこまで駄々っ子だったとはなぁ…世話役の君は大変そうだ。ほら、これ持っていきな」

「これぐらいしか支えられないけれど、頑張ってね」

「え、ええ…がんばり、ます?」


新聞記事が出回った後、撫子が市街地に出かける度、同情した住民からサービスを受けるようになるのはまた別の話。

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