第48話 ミドルライン戦線——絶望の孵化


言われた通り、ヴィクター、アルフォンス、クラリッサの三人が後方へと下がると、戦場の主導権は完全にヴァンガルドが誇る歴戦の猛者たちへと移っていた。



ヴィクターの「雷霆の神槍グングニル』によって指揮個体ブレインを失ったクリムゾンアイの群れは、先ほどまでの精緻な連携が嘘のように消え失せていた。


それぞれが個別の本能と殺意に従って知性なく動き回る。

確かに、個体としては強い。

しかし、それを活かしきれない木偶となっていた。現状、クリムゾンアイは統率を欠いた事で烏合の衆と化していたのだ。



「——好機だ! 各員、散開して囲い込め! 奴らの連携が戻る前に、各個撃破するぞ!」



騎士団長ロイズの冷静沈着でありながら、戦場を圧するほどの覇気を込めた号令が響き渡る。



「うおおおおおっ! 小僧どもが良い流れを作ってくれたじゃねえか! ここからは俺たち大人の時間だぜぇ! 一匹残らず、ミンチより細かく刻んでやらぁ!」

 


第三部隊隊長ヴィルヘルムが、その両手に握る二振りの剣を血振りしながら、獣のような獰猛な咆哮を上げた。



ロイズ率いる第一部隊と、ヴィルヘルム率いる第三部隊を中心とした混合精鋭部隊。急いで来た先方部隊という事もあり約300名程度しかいないが、好機と見てクリムゾンアイの残党へと一斉に襲いかかる。



体力、気力、魔力が万全な状態の彼らにとって、統率を失ったクリムゾンアイは異常変異種ミュータントよりも現状は弱く、纏まった連携も組まない、こちら側に数の利もあるという事もあって、現状は大きな脅威ではなかった。


ロイズの剣は、まるで流れる水のように、しかし触れるもの全てを断ち切る必殺の刃となってクリムゾンアイの防御網を切り裂く。


彼は決して力任せに剣を振るわない。敵の攻撃の軌道を最小限の動きで見切り、その力の流れを受け流し、そして生まれる僅かな隙に、正確無比な一撃を叩き込むのだ。


その剣捌きは、ヴィクターが模倣した執事長ガーランドのそれに通じるものだ。その一つ一つが洗練され尽くした、まさしく剣聖と言っていいだろう。


クリムゾンアイの鋭利な爪や触手が彼を捉えようとするが、その全てが空を切り、あるいは彼の剣によって軌道を逸らされ、気づいた時には両断されて絶命している。



一方、ヴィルヘルムの戦いぶりは、ロイズとは実に対照的だった。彼の二刀流は、荒れ狂う嵐のように敵陣を蹂躙し、その圧倒的な手数と、常軌を逸したパワーでクリムゾンアイを正面から粉砕していく。


右の剣が敵の防御を破壊すれば、左の剣がそのがら空きになった胴体を両断する。一体の敵を屠りながらも、その遠心力を利用して次の敵へと切りかかる。


その動きに、防御という概念は存在しない。ただひたすらに、前へ、前へと進み、目の前の敵を肉塊へと変えていくだけ。レイヴァンと並び彼もヴァンガルドの「破壊」を象徴する戦士ともいえよう。

 


そして、彼らが率いる精鋭部隊もまた、その指揮官に劣らぬ実力を見せる。アルフォンスやクラリッサが苦戦したクリムゾンアイの攻撃も、彼らは長年の経験で培った陣形と、互いの呼吸を読むかのような完璧な連携でいなし、逆に敵を孤立させ、確実に仕留めていく。



戦況は、一見すればヴァンガルド側の圧倒的優勢に傾いていた。

誰もが、このままいけばクリムゾンアイとの戦闘も、間もなく終結すると確信し始めていたのだ。




「よし、あと少しだ! このまま一気に畳みかけるぞ!」



ヴィルヘルムが雄叫びを上げる。

クリムゾンアイの数は、六十、五十、三十……と見る見るうちに減っていき、残りは十数体といったところで——







悪意が鎌首をもたげる——。









突如、クリムゾンアイたちの動きが、不自然なまでに変わる。



これまでヴァンガルドの騎士たちに、死を恐れず食らいついていたはずの個体が、まるで糸が切れた操り人形のように、一斉に戦闘を放棄した。




——とどのつまり、戦闘から逃げ始めたのだ。。





戦場に、一瞬の、しかし異様なまでの静寂が落ちる。

過去の事例からエクリプスが逃げるなど、過去一度たりとも起きた事など無い。



残存する十数体のクリムゾンアイは、まるで一つの命令を受けたかのように、一斉に、ある一点を目指して猛烈な速度で逃走を開始している。



だが、それは敗残兵の無秩序な逃走ではない。明確な目的を持った、統率の取れた「戦術的転進」ともいえた。


その動きは、先ほどまでの烏合の衆のそれとは明らかに異なり、再びあの不気味なまでの連携を見せはじめていたのだ。



「——何っ!? 逃げただと!?

……いや、追え!!一匹たりとも逃がすな!」


ヴィルヘルムが即座に叫び、騎士団がすぐさま追撃態勢に入る。


しかし、クリムゾンアイ達は、まるでそれを予測していたかのように、数体が捨て駒となって振り返る。





自らの黒い身体を不気味に、そして急速に膨張させ始めて——






「まずい!!自爆する気だ! 全員、退避しろ! 防御障壁、最大展開!」





ロイズが叫んだ直後、数体のクリムゾンアイが凄まじい爆発と共に四散し、その肉片と、周囲のものを全て溶かすかのような強酸性の体液を、広範囲に撒き散らす。



騎士たちは咄嗟に魔法障壁を展開し、その酸の雨を防ぐが、その捨て身の攻撃に追撃の足が思わず止まった。



盾に付着した体液が、ジュウジュウと音を立てて金属を溶かしていく光景は、騎士たちに新たな恐怖を植え付ける。



「くそっ!!何なんだあいつら!!こんな事これまで経験した事がねぇ……!一体どこへ向かうつもりだ!」



ヴィルヘルムが忌々し気に吐き捨てる。



他のクリムゾンアイが自爆する。

その僅かな時間稼ぎの間に、残った数体のクリムゾンアイが向かった先とは——





――その光景を、後方で傷を癒しながらも、遠見の魔法で戦況を注視していたヴィクターの“眼”が、誰よりも早く捉えていた。



『いや……逃げるとか何?

ってかどこ向かってんだよ。

あっちって……指揮個体ブレインを倒した方向だけど……』



改めて遠見の魔法でその先に何があるか確認する。

あるのはクレーターだけで特に何もない。あるのは戦闘で出来た破壊痕だけ——




……いや、ある。


あれは、首か。


………くび?



ヴィクターの脳裏に、最悪の可能性が閃くと、彼は、すぐさま隣にいるアルフォンスとクラリッサに叫んだ。


「違う……!! あいつら、逃げてなんかいない!!!!回収しに行く気だ!! 絶対にあの首だ……

くそ!!油断した、確認して全部燃やすべきだった……!!」


ヴィクターのそのただならぬ様子に、アルフォンスとクラリッサも表情を硬くする。



「すまん!行ってくる!!」



ヴィクターは再び駆け出していた。彼の脳裏には、嫌な予感が確信へと変わりつつあった。

アルフォンスとクラリッサも、ヴィクターのそのただならぬ様子に、一瞬の迷いもなく追従していく。






そのヴィクターの叫びとほぼ同時、ロイズやヴィルヘルムたちも、逃走するクリムゾンアイを追いかけながらも、目的地が、クレーターの方であることに気づいたが、なぜそんなところに向かうのかが疑問だった。



クリムゾンアイの自爆による、僅かな時間稼ぎの間に、残った数体のクリムゾンアイが向かった先――


そこは、先ほどヴィクターが指揮個体ブレインを『雷霆の神槍グングニル』で潰した巨大なクレーターの中心だ。



大地はヴィクターの雷によってガラス状に溶け、未だに微かなオゾンの匂いと、焦げ付いた異臭が立ち込めている。


そして、そのクレーターの中央に、赤い一つ目を持つ、あの指揮個体の頭部だけが、まるで不気味なオブジェのように転がっていた。

その瞳は、もはや光を失っているように見えているが……。



一体のクリムゾンアイが、その首の前に跪く。


そして、まるで神聖な宝物でも扱うかのように、その両腕の触手を慎重に、そして素早く動かし、指揮個体ブレインの頭部を拾い上げた。



「な……!?」




現場ではロイズやヴィルヘルム、騎士団員が直視して驚愕した。

そして司令部の全員も、記憶痕跡レリック投影機プロジェクターに映し出された、その信じがたい光景に「何故?」と絶句する。




『『一体何のために、死んだ指揮個体ブレインの首を回収するのか。』』



その行動の意味を、この場にいる誰も、理解することができなかった。


それは、彼らがこれまで経験してきた、あらゆるエクリプスの行動原理から、あまりにも逸脱していた行為だからだ。



「わからん………わからんが、何かを企んでいる!!絶対に止めろ!!」



ロイズが再び号令をかけ、騎士団は自爆攻撃の被害を顧みず、首を運ぶクリムゾンアイへと殺到する。

しかし、彼らの前には、残りのクリムゾンアイが、まるで王を守る近衛兵のように立ちはだかり、その身を盾にして時間を稼いでいた。



首を運ぶ個体は、他の仲間が最後の盾となって時間を稼ぐ間に、キルゾーン・アルファ――ゴアウォーカーの死骸が山となっている地点に向けて、自分が自壊していく程の信じられない速度で後退していく。


ロイズやヴィルヘルムが、その圧倒的な力で盾となっているクリムゾンアイを粉砕するが、その度に彼らは自爆し、追撃の足を鈍らせる。



ヴィクターやアルフォンス、クラリッサも自爆に邪魔をされ、更には何をして来るかも読まないため追いつけなかった。




そして、ついに、首を運んでいた最後のクリムゾンアイが、キルゾーンアルファ地点に到達した。


その個体は、指揮個体ブレインの首を、まるで禍々しい祭壇に聖なる供物を捧げるかのように、その辺に散らばるゴアウォーカーの死骸の山の一番高い場所へと恭しく置いた。



その瞬間、戦場を支配していた喧騒が、まるで嘘のように静まり返る。 


追撃していた騎士たちも、後方で見る事しか出来ないヴィクターたちも、目の前で繰り広げられようとしている異様な光景に、思わず息を呑む。



そして、クリムゾンアイは、ついにそのおぞましい儀式を開始した。



自らの身体から、ぬらりとした数本の触手を伸ばすと、周囲に転がるゴアウォーカーの、まだ黒く燻っているぐちゃぐちゃの肉塊へと、それを無慈悲に突き刺す。



——グチュリ、と。


水気の多い肉を抉るような、不快極まりない音が響く。


ゴアウォーカーの死骸が、まるで生命力を根こそぎ吸い取られるかのように、おぞましい音を立てて急速にしぼむ。


そして、その吸い上げられた赤黒いエネルギーは、クリムゾンアイの触手を介して、指揮個体ブレインの首へと、まるで輸血のように絶え間なく注ぎ込まれていって——




この光景は、生命の理を、そして死という概念そのものを、根本から冒涜する、悪夢そのもののようで。




注ぎ込まれるエネルギーに呼応し、指揮個体ブレインの首が、まるで生気を取り戻すかのように、ピクピクと痙攣を始める。


そして、固く閉じられていたはずの、あの血のように赤い一つ目が、再び禍々まがまがしく、そして喜悦に満ちたかのように、カッと見開き、以前よりもさらに強い光を輝かせ始めたのだ。




「な……!?」

「再生している……!?」

「馬鹿な……首だけの状態から再生した!?ゴアウォーカーを喰らったのか!?」



騎士たちの間から、信じられないといった驚愕の声が上がる。


しかし、その儀式はまだ終わらない。首を運んできたクリムゾンアイは、自らの役目を終えたと判断したのか、おもむろに、再生を始めた指揮個体ブレインの前に跪く。


そして、復活したばかりの指揮個体ブレインは、その不完全な腕を伸ばすと、自らを助けたはずの仲間を、まるで労うかのように、しかし次の瞬間には躊躇なく頭から捕食し始めた。


悲鳴を上げる間もなく、そのクリムゾンアイは指揮個体の体内に取り込まれ、その再生のさらなる糧とされていく。


そのあまりにも冷酷で、合理的な行動に、ヴィクターは背筋が凍るのを感じた。



『ふざけるなよ……こんなもん産み落としやがって……いい加減にしろよ!!!』



指揮個体ブレインの再生は、不完全ながらも完了したようだった。


ヴィクターの『雷霆の神槍グングニル』によって受けた存在そのものへの概念的なダメージが相当に深いようで、片腕は欠損し、身体の右半分は歪に引き攣り穴を塞ぐ事が出来ないでいる。身体からはタールのような黒い体液を流し続け万全とは言い難いが、それが、より見た目の恐怖感を増している。



しかし、その額にある、輝く赤い一つ目の光は、以前よりもさらに強く、そして底知れぬ悪意に満ちているようで——



復活した指揮個体ブレインは、素早く、周囲に広がるゴアウォーカーの死骸の海へと、その歪な触手を伸ばす。



その触手が、一体のゴアウォーカーの死骸に突き刺さる。

その瞬間。

死骸が、まるで感電したかのように、激しく痙攣を始めた。



ブチブチ、と。その肉塊が内側から裂け、おぞましい音を立てる。

そして、その裂け目から、ぬらぬらとした体液にまみれた、新たなクリムゾンアイが、まるで悪夢の中から這い出るように、その姿を現した。




「「「――っ!!!」」」




誰もが、言葉を失う。





そしてわかった事が一つある。



ゴアウォーカーという歪な出来損ないのエクリプス。

こいつの存在の本当の意味を。

彼らはこの瞬間、骨の髄まで理解させられたのだ。



あれは、卵だ。


いや、孵卵器インキュベーターというべきか。


クリムゾンアイという知性や技を模写し始める、人間にとっての最悪の兵士を産むための、移動する苗床であり、そして再生のための餌。



優勢だった戦況は一瞬で塗り替えられる。




既にここは、おぞましい生命が次々と誕生する、地獄の孵化場へと変貌した。



復活した指揮個体ブレインは、そのおぞましい光景に満足したあと、無数の触手を背中から生み出した他のゴアウォーカーの死骸へと走り始める。



その触手がゴアウォーカーに突き刺さると、ゴアウォーカーがだんだん裂け始め、新たなクリムゾンアイが産声を上げる。



一体、また一体と、その数は恐ろしい速度で増殖し、一瞬で混合精鋭部隊300人を越えていく。




もはや悪夢としか言いようがなくて——。




指揮系統ブレインの此方に向けるその真紅の瞳は、そこにいるヴィクターたちを、嘲笑うかのように頬を釣り上げ見つめていた。






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