第26話 "覚悟"を問う大演説
――その朝、王都アドリアナには異様な沈黙が漂っていた。
陽は昇っているはずなのに、空には灰色の雲が広がり、まるで空が息を潜めているかのように、光が差し込むのを拒んでいる。
街路に広がる石畳もどこか色を失い、まるで何かを予感しているかのように街全体が重苦しく沈黙していた。
王都のその中心にある大広場には、すでに数万の民衆が押し寄せてごった返していた。
老若男女、商人、兵の家族、神官、孤児、学者、職人……あらゆる層の民が、ただ一つの情報を頼りに集まっていた。
____それは
国王自ら、重大な発表を行う事だ
その言葉だけが、3日前から今日に至るまで、王都含めたアドリアナ全域に、布告されたのだ。王都の住民たちは、胸を締め付ける不安を抱えながらも、広場に足を運ばずにはいられなかった。
「まさか、戦争か……?」
「いや、そんな話聞かないぞ??
こんな事過去にあったか?……」
「……徴兵令だけは、頼むから…辞めてくれ…」
誰かのつぶやきが、すぐに誰かの憶測に変わる。声なき声が、広場を満たしていく。
民衆の視線が向けられたのは、広場中央の演壇。王家の象徴たる双翼の紋章が刻まれたその台座の周囲には、光の魔法陣が三重に刻まれていた。
これは、王の声を広場の隅々まで響かせるための音声拡張魔法。
そして、その背後には、魔法大臣ミュリエルの手によって、《映像投影の幻影魔法式》が展開されている。
この日のために、王都が全力で動いたのだ。今日の演説はミュリエルの魔法によって魔道具である投影機に保存され、各貴族の領でも同様の内容が確認する事ができる。
_____まもなく
王宮の門が静かに開かれる。
厳粛な雰囲気を纏いレイノルド国王が歩み出た。
その後に続くのは、宰相ラウエル侯爵、王妃エリザベル、軍務大臣クレイグ侯爵、魔法大臣ミュリエル侯爵、財務大臣レイマール侯爵、内務大臣エヴァンス公爵ら、王政の中枢を担う者たちである。
――民衆のざわめきが、止んだ。
壇上に立ったレイノルド王は、静かに手を掲げる。
「……民よ。我が愛するアドリアナの人々よ」
――その声が、空に響き渡った。
魔法陣の力によって、声の端々まで明瞭に伝わる。震えも濁りもない。だが、その“静かすぎる”語り出しが、民の胸を逆にざわつかせた。
「我は今よりここに、三百年に渡って伏せられてきた、この国、いやこの世界が直面している真実を、そなたたちに伝える」
ざわっ……と、広場全体に震えが走る。
「我らが享受してきた平和は、決して、偶然与えられたものではなかった。――その裏では恐るべき
“災厄”が常に我らの国を蝕もうとしていたのだ」
その言葉と同時に、ミュリエルの幻影魔法が空を覆う。
そこに映し出されたのはかつての隣国。
――これは教国の最後をヴァンガルドより確認した記録を元に作成された映像だ。
信仰の尖塔が轟音と共に崩れ、空が黒い霧に包まれ、地面が裂け、町が燃える。人々の悲鳴が、涙が、断末魔が、あまりにも生々しく、空間に響き渡る。
そして、
その黒霧の中から現れたのは――
"エクリプス"
侵略するモノ
それは、もはや“生き物”と呼べる代物ではなかった。
ねじれ、崩れ、膨張し、喰らい、呻き、蠢く。人の手では造形できぬ、邪悪と混沌の不快の集合体。
人型を模したかと思えば獣に変じ、爛れた目と千切れた腕が無数に蠢く。
____広場の各所から悲鳴が上がる。
「な、何だあれは……!?」「悪夢だ!?なんだアレは!?」「見たことがないぞ!!、魔物じゃないのか!!」「やめろ……やめろ……ッ!」
誰かがその場に膝をつき、目を覆う。誰かが小さな子供を抱きしめ、泣きながら目を塞いだ。
王妃エリザベルも、あまりの凄惨さにそっと目を伏せる。
「これが、侵略するモノ“エクリプス”……かつて教国を滅ぼし、我らが国境にまで迫った"災厄"の姿だ」
王が厳かに語る。
「この災厄を……約三百年に渡って、食い止め続けてきた者たちがいる――その名は.....
"ヴァンガルド"
この"アドリアナ"を喰らわんと迫るバケモノ共を退け続けてきた者達だ。我らがこの地で笑って暮らせているのは、彼らがこれまで延々と立ちはだかり、命を懸けて戦い続けてきたからだっっ!!!」
____空の映像が切り替わる。
ここで新たに投影されたのは
《フロントライン砦の戦場》の現地状況を実際にヴァンガルド騎士団が魔法で記録しイザベラが纏めたものであった。
――空に様々な光が閃き、砦が浮かび上がる。
黒の鎧を纏った騎士たちが、迫り来る異形の大群に対し、整然と槍を構える。
次の瞬間――
_____轟音と爆炎が戦場を制圧した
それはまるで、地獄の口を開いたかのような紅蓮の魔力の奔流だった。
その中央に悠然と立つのは
――ダリウス・フォン・ヴァンガルド
炎の魔法陣が彼の周囲に重なり、轟音とともに数百のエクリプスを一瞬で吹き飛ばす。
さらに、風を切り裂くような衝撃とともに、巨大なエクリプスの首元を一刀両断する少年の姿は
――レイヴァン・フォン・ヴァンガルド
信じ難い速度で駆け抜け、その身に宿した祝福の力で、巨体をも易々と断っていく。
さらに、彼らを囲むように動く騎士団の隊列。
盾と槍を組み合わせ、群れを押し返し、重傷を負ってもなお仲間を守る姿。そこにはロイズやライネル達の姿も確認できる。
その壮絶さに、広場の空気が変わる。
民たちの目に映ったのは、恐ろしい化け物と勇敢に戦う、死地で戦い続ける者たち
___それまさしく
"英雄等の姿"だった。
「……あんな魔法の威力見た事ない……すごい…」「これが……ヴァンガルドの方たちなのか……「……あんな化け物と……毎日……!?」
「300年もあんな地獄で戦ってんのかよ‥…やばすぎるだろ!!!!!!!」
誰かが嗚咽を漏らす。
誰もが拳を震わせながら、彼等だけがあんなものと戦っている現実に涙を流した。
王が、一歩前へ出る。
「我らは____三百年もの間、彼らに資金や物資といった形で援助し連絡を密にしこの地を彼等だけに託してきた。」
「____エクリプスは特殊でな。
実際に相対すると精神が腐る。恐慌を引き起こしまともに戦えん。
だが、ヴァンガルドは"あれらを滅ぼせ"という祝福を神から得ているから精神汚染を跳ね除けられる。
___だが!!!
この祝福のせいで、ヴァンガルドの血族はヴァンガルド領から出る事も逃げる事もできぬのだ!!!!」
その演説に息を呑む。
もはや、息をしていることすらわからなくなって——
「……今やヴァンガルドではな……
六つになれば剣を握らされ、十五歳で"あの地獄"に立つ。
辺境伯の子に至っては十歳からだ。
——そして
彼等の大半は二十歳になる前に死への旅路に立つであろう……」
「——想像できるか!?
我が子をあの様な地獄で戦わさせる親の気持ちが!?!?
我にもアリステラがいる……
こんなもの……想像するだけで心が張り裂けそうになる!!!!
立場が違えど、子を想う親の気持ちは一緒だ!!!!
ダリウス辺境伯はな……
覚悟したのだ!!!!このような年齢でも戦場に立たせるしか未来を見出すことが出来ないと!!
であれば!!!先ずは己の覚悟を示すため!!
十歳という我が子をこの地獄に送ったのだ!!!
己の無力さに嘆いただろう……
さぞ!!!悔しかっただろう!!
ヴァンガルドではな!!!!
____"産まれた時"より未来は狭く!
彼等は、あれと戦う選択肢しか存在しないのだ!!
____彼等一族はこのような地獄の中で必死に!!涙を流しながら!!
300年も!!耐えてきた!!!!」
民衆の誰もが涙を流してその辛さに涙する。子を思う親達は、その未来を想像し我が子を震えながら抱きしめた。
もはや立っていられなかった。
他人事とは言えあまりに酷く____
「だが、それを知る者はごくわずかだ。我らはその真実を、沈黙で覆ってきた。これら"エクリプス"の脅威は、恐怖から国を乱す事に繋がると考えていた。民の平穏が国の運営にとって何よりも重要だったからだ。」
「____だが、もう限界だ。
"ヴァンガルド"は今、かつてないほど追い詰められている。
我が民達よ、想像できるか??
毎日、万に届き得る数のエクリプスが土煙をあげて我等を喰おうと!
蹂躙しようと!襲いかかってくるのだ!!
倒しても倒しても次の日には
また同じ光景だ。
これが"エクリプスの絶望"だ!!
聞き間違えるんじゃないぞ!!
そう!!これが毎日だっっ!!!!!」
王の声が震える。
民衆達は我が子を戦場に送る辛さを想っていた。しかし、更なる衝撃的な事実を聴いたことで。
脳内で上手く情報を処理できず身動きすら取れなくなる。
それは、あまりに想像を絶する話だった。
「今日をもって、その沈黙を終わらせる。今、我らは正念場にある。
――エクリプスの侵攻は年々に増し、ヴァンガルドが抑えるフロントライン砦も限界を迎えつつある。
ヴァンガルドが本当に潰えたとき。
正直に言おう。
____その時、我々にも未来はない。」
そして、王は叫ぶように言った。
「今こそ、この国全体が一つにならねばならぬ! ヴァンガルドが命を懸けて守ってきたものを、我らが無為に潰してはならぬ!」
「ここに、我が名のもとに
――国家緊急事態宣言を布告する!!!!」
「今後、魔導研究機関は総力を挙げて精神汚染に抗う技術を追求する! 資材、物資、人材すべてにおいて、ヴァンガルドの支援が最優先となる!これには我が国だけでもなく他国も巻き込む。もはや資金は惜しむ状況ではない。」
「そして、この国を……この世界を、エクリプスの呪いから解き放つために、王と民が一つとなることを、ここに誓おう!」
王の言葉が、王都の空へと放たれた。
――その瞬間だった。
王の叫びが広場全体に響き渡った、まさにその刹那。
空が閃光に焼かれた。
_____白光。
それは稲妻の輝きとは異なる。
太陽すら色を失うような、魂を撃ち抜く白の放光。
一瞬、昼が消え、空全体が燃えるように白に染まった。
そして、世界が震える轟音が、大地を割った。
――雷鳴。
それはもはや自然の音ではなかった。神が怒りに拳を振り下ろしたかのような、空間を引き裂く深淵の雷音だった。
「な……なに……!?」「空が……裂けた……!?」「今のは……何が起きたんだ……!?」「規模が!!!!魔法でもありえないぞ!!!」
民衆がざわめき、辺りが騒然となる。叫び声が飛び交い、幼子が泣き、男たちが不安に周囲を見渡す。
壇上の王は、最初こそ声を失っていた。
だがその刹那、演壇の背後から一人の魔導官が
――魔伝送官が、息を切らして走り込んできた。
その魔導官は王に近づくと、膝をつき、耳元で震える声を絞り出した。
「……た、ただいま……フロントライン砦付近にて……異常な魔力放出を感知……ま、魔導省の術式で解析したところ、過去前例にない極大雷系魔法が使用されたと……」
「そして、イザベラ・クランベール様より"魔伝送"を受信しました……
つい数時間前にヴァンガルドはフロントライン砦を捨てミドルラインに殿を残し撤退をしたようです……
ですが、そのような状況で更に現れたのはエクリプスの万の群れ……
ヴァンガルド本隊がミドルライン砦に撤退する前に、殿諸共、蹂躙されて全てが終わる。
そんな可能性があった時、ダリウス様の子息、ヴィクター様が現れて…
その、信じられませんが…エクリプス……数千……いえ、万単位が一撃で……殲滅したとの報告が届きました……!!!」
レイノルド王の瞳が、見開かれる。
「な……なんだと……?」
魔導官は、そこで力尽きたように倒れ込む。すぐさま侍従が駆け寄り、彼を抱き上げるが――
「脳の演算部位が焼かれております!魔伝送による過負荷……!」
王はゆっくりと顔を上げた。
そして、咆哮のように言葉を放つ。
ざわめいていた民衆が、一斉に息を飲む。時間が止まったかのような静寂が数秒続き――
その均衡を破ったのは、レイノルド王の一喝だった。
「皆の者、聞けッ!!」
王は声を張り上げ、壇上の先端に歩み出た。
「今、我が王国の最前線にて、たった一人の少年が、万の敵を薙ぎ払った!!
ヴァンガルドの新たなる英雄が!!ヴィクター・フォン・ヴァンガルドが!!此処に英雄ありと示したぞ!!!!!」
その声が、魔法陣によって広場の隅々に響き渡る。
最初は、誰も理解できなかったが
広場が割れんばかりの叫びで満ちた。
「うそだろ……!?」「一人で万を……!?」「そんなことが……!」「……ヴィクター……!!」「英雄だ……」
「……英雄様だ…」
だが、次第にざわめきの質が変わっていく。
「……あの地獄で必死に戦ってるのか……」「まだ……まだ諦めてないんだ……!」「ヴァンガルドは、終わっていない……!!」
沸騰するような熱気が、地面から湧き上がる。
「「「うおおおおおおおお!!!!!」」」
誰かが叫び、誰かが拳を突き上げた。それによって段々と大きくなる叫び声。
その声は恐怖ではなく___
「我らも、負けていられるか!」
「立ち上がるんだ!王と、ヴァンガルドと共に!!」「この国を、俺たちの手で守るんだ!!」
歓喜と涙が、広場を埋め尽くした。泣きながら叫ぶ老人。拳を固く握る若者。目を潤ませながら、「ありがとう、ありがとう」と唱える婦人。
膝を抱えていた子供が立ち上がり、母の手を強く握る。
その光景を見下ろす壇上の王は、拳を握りしめ、再び高らかに叫ぶ。
「見よ!! これは希望の光だ!!」
「ヴィクターが示したように、まだ我々には戦う意志がある! まだ……未来を選ぶ力があるのだ!!」
その叫びに、広場全体が、うねるような歓声で応えた。
軍務大臣クレイグ侯爵が一歩前に出て、声を張る。
「我ら軍部は、直ちにヴァンガルドへの支援体制を強化する!」
「国民各位に物資提供の協力を求む! 研究者、魔導技術者は魔法大臣へ届けよ!」
魔法大臣ミュリエルも続ける。
「精神汚染を遮断する魔導具開発は、限定的ながらも成果が見られています!!!ここに、より国家予算を投入し、完成を急がせます!」
内務大臣エヴァンスも叫ぶ。
「各地の貴族領にも通達を!民衆の混乱は最小限に。全ての労働力と技術を、国の未来のために!」
そして――
レイノルド王が、両手を広げ、民衆に向けて最後の言葉を投げかけた。
「今日から我らは一つだ!誰が貴族であろうと、民であろうと一切、関係ない!」
「我が国は……アドリアナという一つの命として、共にこの脅威に立ち向かうのだ!!
我らには英雄がいる!そして、我らには誇りがある!!」
「さあ、民よ!! 立ち上がれ!!」
どれほどの歓声が返ってきたか、もはや測りようもなかった。
数万人の民が、拳を掲げ、涙を流し、叫びを重ねる。
――そのすべてが、一人の少年の背に届けとばかりに。
◆
やがて演壇を後にする王たちの姿が、ゆっくりと広場を離れていく。
その背中を、民衆の視線が追い続ける。
国はまだ、滅びていない。
だが、確かにその崖っぷちに立たされている。
だとしても。
ヴァンガルドが立ち続けている限り。彼らが戦っている限り
――希望という灯火はまだ消えない
◆
英雄が"光"ならば、
深淵は"影"として、その歩みに付き従うだろう。
"光"が強くなればなるほど、
"影"は深く沈み、やがて、声なき“終わり”を孕む。
"希望が灯るほど、絶望はより鮮度を増すのは道理であろう。
"赤き唇がニタリと笑った"
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