第6話 オルド・エルドリッジー①
その日は、ユージンではなく、リリス直々に呼び出されていた。
ジャックも一緒だ。
「今日は、暗殺が嫌いなリツ君にピッタリの仕事があるの。」
まるでとっておきの話だと言わんばかりに良い表情である。
若干げんなりしながらも渡された書類を確認するとオルド・エルドリッジという商人の名前があった。
「エルトリア共和国の建国にも関わった、政財界のドンと言われた強情な男よ。だけどね、最近彼の事業が上手く行っていないみたいなの。」
ページをめくる。
叩き上げの
農村の口減らしとして商会での下働きから始め、自身の手腕を持って商会を一代でエルトリア共和国一とも言われる大商会を築き上げた。
ただ、軍事産業にも深く関わっているようで、
「上層部は彼を支援したいと考えているわ。」
(コネか…しかも、死の商人をわざわざ。)
敵対心や不安感を煽って利益を得る、人の死をお金のために利用する
(こんな人を助けるなんて気が進まない。)
心の中で1人ごちるリツの想いとは裏腹に話は進む。
資料を見れば、手広く事業を手掛けているようだが、ここ数ヶ月連続で赤字を出しており、このままでは支援が必要な状況と言うのも頷けた。
「具体的には、捕虜の取引へ参入してもらいたいそうよ。」
「それって、人身売買って事ですか…?」
「簡単に言えばそうね。」
サラリと肯定される。
「国がそんな事をするんですか⁉︎敵だったら何でもやって良いわけじゃ無いでしょう…!」
思わず口に出していた。
ジャックが口を
「捕虜を養うのもタダじゃない。」
「…本気で言っているのか?」
二人の間に一触即発の雰囲気が流れる。
「そいつらは軍人だ。いざとなれば命を捨てる覚悟がある。子供がゴミのように搾取されて、掃き溜めに捨てられるよりマシだろ。」
ジャックはさも当然かのように言ってのけた。
彼の生きた時代のイギリスは、急激な移民の増加と産業革命にともなう労働者階級の急激な変化に伴い貧困が蔓延していたはずだ。
ジャックは搾取を当然のものとして受け入れている。
それが、彼の“当たり前”なのか。
(同じ世界から来たはずなのに、話が通じない―――)
時代の違いは残酷だった。
「頭がお花畑なやつは羨ましいな。」
ジャックはその美しい顔を歪ませると、ガチャリと彼にしては荒々しい音を立てて執務室を後にした。
「これ書類よ。機密文書だから取り扱いには気をつけて。一週間以内よ。」
ヒラリと渡されたのは人身売買を行う事に同意する書類だった。
これにサインを貰って来いということだ。
「詳しくはセシリアに尋ねて。よろしくね。」
そう言うとリリスは用は済んだとばかりに書類仕事へと戻って行った。
§
「助けてください…!」
リツは情報管理室で頭を下げていた。
目の前には、いかにもキャリアウーマンといったキツめの風貌の女性がいる。
「あまりにも脈絡が無いんだけど。」
「エルドリッジ商会の件、僕たちが担当する事になりました…でも…まさか、人身売買なんて………どんな事情があっても許されるべきじゃありません。」
リツの言葉にセシリアが作業の手を止める。
「はあ、そういう事…。」
そう言うと、やっとセシリアはモニターから顔を離した。
ちょっと気分転換に付き合ってと言われ、屋上へ連れていかれる。
カチッと音がしたかと思うと小さな火が揺れた。
炎が紙を
「タバコ、吸われるんですね。」
「まあね。本当にたまにだけど。」
橙色の火が一瞬だけ強く光り、煙が静かに立ち昇った。
「ねえ、君のいた時代だと戦争ってないの?」
唐突な質問だった。彼女の意図を測り兼ねながらも答える。
「戦争自体が無いわけではないですが、僕の国は、平和ボケしてるって言われるぐらい平和な国でした。」
「…なるほどね。」
タバコの煙を吹かしながらセシリアは空を見上げる。
思わずリツも視線をそちらに向けると、暗い気持ちとは裏腹に澄んだ青が広がっていた。目を細める。
頬を撫でる風が心地良かった。
「だから、暗部の人たちみたいに簡単に人を殺したり、ましてや国が人身売買をしようなんて考えられないです。」
「そう…良い所に生まれたのね。」
あまり深く関わったわけではないが、セシリアは、リツが大それた宣言をした後も特に揶揄うことも関わってくれた数少ない人間だった。如何にも仕事人間と言った風貌の彼女のこれまでテキパキとした姿しか見てこなかったので妙に感傷的な姿に戸惑う。
「リリスは何も言わずに、私だけ名指ししたんでしょう?」
軽く溜息でも吐くように煙を吐きながら尋ねらた。
セシリアが何を言いたいのか分からず、コクリと頷く。
「リリスの事を調べたことは?」
「えっと…ユージンさんにも聞いて調べようとしたんですけど、士官学校以前は記録を見つけられなかったって言われました。」
「…そりゃそうでしょうね。あの子と私はヴェストリア出身だから。」
リツは目を見開いた。まさかと言う思いと、ああだからと納得している自分がいる。
リリスの言葉が頭を過ぎる。
<自国民にやらせられない仕事>
―――あの言葉に例外は無かったのだ。
§
現在でもレンツェオなど一部地域では小競り合いが続いているものの、一昔前までヴェストリア連邦とエルトリア共和国の軍事境界線はもっと曖昧だったようだ。リリスとセシリアが幼い頃は、現在のヴェストリア連邦の一部はエルトリア共和国に侵略されていたらしい。
その時、戦争孤児となっていたヴェストリア連邦の子供たちをエルトリア共和国軍の孤児院が引き取っていたという。
「あの子は私より先にその孤児院にいたわ…当時はもっと表情のない子だった。」
リリスの表情は能面のように何も浮かんでいなかったそうだ。
「そこにいる子供は、多かれ少なかれ何かを抱えている子ばかりだった。だからあまり気にしないようにしていたけど、でもあの顔でしょう?当時から目立っていたわ。」
軍が運営する孤児院という時点で多少想像はついたが、そこでは特殊な訓練が行われていたらしい。偽装工作や専門知識、軍事的な特殊訓練が行われていたと言う。
「あの子は、綺麗な顔立ちを買われて、最初は暗殺技術を叩きこまれていたんだけど、そのうち実力を付けて指導官まで叩きのめすようになっていたわ。」
リリスは徐々に厄介者扱いされるようになったという。
当然だった。軍の方でコントロールしようと思っていた人間が予想以上に力を付けてしまったのだ。出身も踏まえ、彼女を脅威と認識したのかもしれない。
「それからすぐよ。あの子が貰われていったのは。」
国の高官から優先的に養子縁組を受ける事ができたが、幼い子供の方が人気だったと言う。
「にも関わらず、あの子が13歳になると急に養父に貰われた。たまたま、大きな子がいいっていう人がいたなんて言っていたけど、カラダ目当てのクソか、もしかしたら死ぬんだろうなと思ってた。」
残酷な物言いになってしまうが、自分でもセシリアの言葉は容易に想像が付いてしまった。セシリアは、努めて冷静に話を進めているが、やるせない想いが募る。
「私は、孤児院に入った時には物心がついていたから、最後まで出れなくて他にやれる事も無かったからこの職についた。」
そう言うと彼女は自虐的に微笑む。
「けど、あの子は戻ってきた。士官学校の後輩として入ってきた時は、何かの間違いかと思ったわ。ああ、なんだ生きてたんだって。でも、喜べばいいのか、悲しめばいいのかも分からなかった。何があったかも知らないしね。けど、話す機会があって聞いたのよ。やっぱりあの養父はクソだったのかって、何で戻ってきたんだって。そしたら、何て答えたと思う?」
彼女はタバコから視線を外す。秘密を教えるように僕の耳に顔を寄せた。
「"やるべき事ができたから。"ですって。」
ゾワリとリツの毛が逆立ったのは、苦いタバコの匂いのせいではないだろう。
「その後は、トントン拍子で暗部のトップにまで昇りつめた。」
彼女の右手に握られたタバコの先端は、もうほとんど炭になろうとしている。
「ねえ、あの子何しようとしていると思う?」
セシリアの瞳はこちらを試すようだった。ポケット用の灰皿でタバコを擦り潰す。
火が完全に消えるのをただ静かに見つめていた。
「………。」
先日、敵国の統合派を助けたばかりだ。
あれがどこまでリリスの意図したものだったのだろうか。
セシリアは、どこまで知っているのか。
リリスは、何者なのだろうか。
―――リリスはいったいリツに何をやらせようとしているのか。
目の前の彼女に尋ねたいとの衝動に駆られるが、問いとも言えない思いが渦巻き、口を噤む。彼女に尋ねていいのかすら分からなかった。
セシリアはジッとこちらを見ていた視線を外す。
「気分転換に付き合ってくれてありがとね。あと、エルドリッジ商会の事はもう少し調べておくわ。」
彼女は、ハイヒールの音を鳴らしながら屋上を去って行った。
§
「こんなことまで、する必要があるか。」
リツの姿は町はずれの教会の近くにあった。
喧嘩別れしたはずのジャックが隣にいる。
リリスについての過去を聞いたの後、セシリアはちゃんとエルドリッジ商会について調査は行ってくれていた。
「商会は、ヴェストリア軍に商隊が襲われたとの通報を数回行っているわね。でも、一度
「それって普通なんですか?」
疑念を持って尋ねるとセシリアは「そんなわけないでしょう。」と冷めた目で答える。
「敵国に責められて、エルドリッジ商会と仲良しの今のうちの上層部が許すわけない。はずなんだけどね…。」
セシリアの言葉には含みがある。
―――何かある。
リツは、自身の勘に従い最新の通報現場を見に行こうとしたが、そちらも既に調査などもなく撤収作業が行われているとの事だった。
「もう何も残ってないわよ。」
「でも、一度ぐらい言ってみないと分からないので。」
「まあ、行くなら止めないけど、あと被害者のリストね。」
そう言って渡された五名のリストを眺める。
「え、この人今日お葬儀なんですか?」
「そうみたいね。」
セシリアは興味なさげだが、葬儀にはその人物の関係者が集うのだ。
何かヒントがあるかもしれない。
「セシリアさん、お葬式に関係者のフリして参加したいんですけど、ちょうどいい人物とかいますか?」
「わざわざ行くの?」
怪訝そうな顔で尋ねられた。
「今のところ手詰まりな状況なので、関係者とかから話だけでも聞きたいんですよね、ダメだったら商会事態に潜入します。」
「まあ、葬儀なんて知り合い顔しておけば、誰でも紛れられるわよ。でも、あなたのバディは認識してるの?」
「え?」
「外での任務は全てバディと二人一組で動くのが"イヌ"のルールでしょう?」
セシリアの言う通りだった。リツの表情が気まずげに曇る。
リリスの部屋で喧嘩して以来、ジャックとは会話出来ていなかった。
「知りもしない人間の葬儀に土足で踏み入るなんて、不謹慎だとか騒がないのか。」
結局、医務室での無償労働を追加で行うことで、ジャックを連れ出すことに成功したリツだったが、今日は一段とジャックの発言の鋭さが増している気がする。
「分かってる。けど、何も調べるきっかけすらないんだ。しょうがないだろう。」
ジャックと小声で口論しながらも周辺の雑談にも耳を澄ませる。
「団長が付けてた護衛も反撃したが全員やられたらしいぞ。」
「そりゃ、相手は軍だぞ、叶う分けねぇだろう。そろそろ、軍も動かねぇのか?団長が今まで軍にいくら融通してやったと思っているんだ。」
「まさか軍に見捨てられたってこたぁねぇよな。」
予想通り、葬儀の参加にはエルドリッジ商会の関係者が多く、皆不安を抱えているのは間違えない。もう少し詳しい情報を持った人間がいないか、周囲に気を配っていると、急に会場で大きな音が響いた。
―――パシッ
「やめなさい!そんな物持って!」
「だって………パパが持ってたんだもん!」
「それは、父さんを殺した人たちのものなのよ!そんな物燃やしなさい!!!」
遺族である母親と子供が揉めているようだ。
嫌がる子供の手を無理やり母親がこじ開けようとしている。
キラリと一瞬光るものが見えた。
見間違えかと思ったが、やはり何かが光に反射している。
親子に駆け寄る。
「お母さん、ちょっと待ってください!ごめんね、その手の中のもの見せてもらえる?」
「何ですか⁉︎あなた⁉︎」
母親は興奮しているが、リツは母と子の間に体をねじ込む。
子供の目線の高さまで腰をかがめると、少女はじっとコチラを見ていた。
「…大切にするって約束するから。」
少女の握り拳が少し開く。
「本当に?嘘つかない?パパがギューって握ってたの。壊したらダメだよ。」
「うん、特別なものなんだね。大切に扱うって約束する。」
リツが優しげに微笑んだ。
少女から手渡されたのは階級章だ。
母親が言う通り、ヴェストリア連邦の軍服のものに見える。
ただ、少女の手からヒラヒラともう一枚の布が落ちた。
「コレは?」
拾い上げた布には何処か見覚えがある。
「それもパパが持ってた。」
「コレって…。」
「調べるべきは、
いつの間にか傍に佇んでいたジャックが呟く。
今、リツの手に握られているのは、見慣れたエルトリア軍の軍服の布地だった。
§
葬儀から帰宅したくしたリツは、ザ・サンセットと書かれた雑誌を見つめていた。
”イヌ“は、簡単な物であれば部屋まで注文品を届けてもらう事が出来る。
まるで現代の宅配サービスのようなそれにはリツもお世話になる事は多かったが、今回は初めて注文を間違えられてしまっていた。
ザ・サンセットと書かれた雑誌は身に覚えがない。
別の人のものが紛れたのかと思ったが、注文品一覧で確かにチェックマークがついている。
(寝ぼけてたのか?)
そう思いながらも、この世界に来て雑誌など見た事が無かったので冷やかしがてら開く。内容は陰謀論のような内容が多く、現代で言うならば三流雑誌だろう。
最後まで読み進めてみたが、暗号などはなさそうだ。
一点気になる事と言えば、ヴァレンタインという記者の記事だろうか。
記事の内容は、ヴェストリア連邦との経済特区構想という記事だった。
現在エルトリア共和国の上は、”強硬派“で固められている。
彼らは、国の独立とヴェストリア連邦への敵意を
(もしかしたら、リリスさんが…。)
この任務を言い渡されて以降、彼女からの接触はなく、リリスの思惑も分からないままだった。
(なんでこんなにこっちが悩まなきゃいけないんだ。)
最近はリリスに振り回されるばかりで、そのことに対して苛立っている自分がいる。
そこでハタと気づく。
何故、自分は拷問の時はこちらから罠を仕掛けたにも関わらず、通常の任務ではあくまで受け身でいようとしていたのだろう。この情報に何か意図がある可能性ばかりに気を取られていたが、本来"はったり"も全て使って、人殺しなどさせないと誓ったんじゃなかったのだろうか。
リリスの思惑など知ったことではない。
リツ自身の信念のために、もう一度可能性を考え直す必要がある。
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