第34話 燕碧の個別ファンミーティング

 さて、前回までは異能を使ったスポーツ、アビリティの様子をお届けしたが、今回のお話は諏訪が燕をバーから連れ出したところまで遡る。

場所は移り昼下がりの美容室。フロア中心に位置するスタイリングチェアに腰を掛ける燕と、キャスター付きの椅子に跨る諏訪。そしてその隣には施術用具が一式まとめられたキッチンワゴン。

 いつもなら賑わいを見せるこの時間帯だが、今日は火曜日。

 つまり定休日であり、辺りはシーンと静まり返っていた。


 キャスターを転がし燕の隣へ移動する諏訪。


「このタブレットで雑誌とか動画見れるんで、良かったら使ってください」


「ありがとうございます」


 諏訪は平然とこなしているように見える。

 だが心の内は平静とは真逆のものだった。


(ヤバい、碧君と二人っきりだ……!もし………もしここで、

チューなんかされたらどうしよう……!もしくは施術が終わった後………デートのお誘いとかされちゃったら……?

 そして街明かりに照らされる夜の街で、今日は君を返したくない。なんて言われちゃったら……!!)


 下心全開である。

 他のファンが耳にしたら激怒モノのアツアツなラブストーリーが、諏訪の脳内で展開されている。しかしまあこれも無理はない。彼女の目の前には推しのアイドル、それも二人きり。こんな状況で劣情を抱くなというのも難しい話である。

 だが諏訪は美容師。ここはプロとして、平静を貫かねばなるまい。


「で……今日はどんなスタイルにしましょっか」



――――よくぞこらえた。

それでこそ出来る女だ。



「前下がりな感じのスタイルにしてみたいです。サイドと後ろは刈り上げで」


「お、結構攻めますね!カッコ可愛い感じに仕上がって凄く良いと思いますよー!あとカラーはどうしましょうかー?」


「実はオレ金髪にしてみたいんですよね。でもイメージ変わり過ぎちゃうのも難しいのかなと悩んでて……」


「だったらメッシュを入れてみるのはどうでしょう?今の黒髪を残しつつ金髪にも出来るんで結構お勧めですよ!」


「じゃあメッシュ、やってみようかな」


「よし、決まりですね!まずカットから先にやっていきますねー」



 諏訪は慣れた手付きで燕にカットクロスを掛ける。



「首元苦しくないですー?」


「大丈夫ですよ」



 クロスを付け終わると、諏訪はワゴンからコームとハサミを取り出し、



「それじゃ切っていきますねー!何かあったら遠慮無く言ってくださいねー」



―――――――――――――――――――――



 それから一時間程だろうか。諏訪はカットを終えてカラーの施術に移行していた。


 少量の毛束を取り、ブリーチ剤を塗布し、その毛束をアルミホイルで覆う。


 こうする事でブリーチ剤が他の髪に付いてしまうのを防ぐ事が出来るのだ。


 カラーの施術も間もなくひと段落つき、ブリーチ剤の放置時間となった所で、




―――――コンコンッ




 美容室の入り口付近からノックする音が響いた。




―――――?




 お客さんでも来たのかと、燕は音のする方へ視線を向ける。



 諏訪も彼と同じように目をやると、小走りで入口の方へ向かっていった。



 どうやら見知った人だった様子。



 諏訪が入口の鍵を開けると、



「いやいやあ、遥々やってきましたよ」



 と言って店内に足を踏み入れる一人の女性。



「早かったねママ」


「そりゃもう当然ですよ」



 年齢は50代程だろうか。

 イメージカラーは白。そう断言出来る程、全身真っ白の服に身を包んだ女性が、なんだかとても目を輝かせている。


 諏訪に連れられて、その女性は燕の元に歩み寄る。



「碧君、紹介するね。こちら私のママです」


「どうも〜澪の母です〜。

まさか碧君に逢えるとは夢にも思わなかったからビックリ!

あ、これ差し入れのパンです。駅前で買ってきたの。良かったら食べて食べて!」


「どうも、澪さんにはたった今お世話になっております。まさか知っていただけてるなんて、凄く嬉しいです」


「それはもう当ったり前ですよ!あとこの前のライブ、本当に良かったわよ」



 なんだかとても活発そう、そんな印象を感じさせる人だ。そして彼女も何を隠そう、燕碧のファンである。何なら娘よりも熱烈な程に。

 ちなみに燕碧のソロライブにも、娘の澪が仕事で行けない中、一人で参戦したのだという。



「でさあ、ママ今日はどんなパン持ってきてくれたのー?」


「色々ね。チョココロネとかあんぱんとか、あと変わり種でキムチサンドも買ってみたの」


「キムチサンドなんてあるんですか?ちょっと気になります…」


「なんでも期間限定らしくてね?なかなか見ないわよね」


「私手洗ってくるから、二人は先に食べちゃっててー!」


「ちなみにね、澪ちゃんのヘッドスパすっごく評判良いから碧君も受けさせてもらってね。私もお休みの日はヘッドスパよくやってもらってるの」



 こうしてブリーチ剤の放置時間の間、燕と諏訪母娘三人でパンのお食事会が開かれることとなった。



―――――――――――――――――――――



 そして一時間程が経過した頃、燕はシャンプーと30分間の頭皮マッサージを受けて、そして今ーーー。


 ヘッドスパですっかり気持ち良くなり、いつの間にか寝てしまっていた燕。

 まだ眠気が覚めきらぬ中、目の前の鏡に目を向けると、



「おー!これは良いですね」


「でしょー?」



 夏本番に向けて後ろ髪をガッツリと短くし、つむじからまばらに金髪のメッシュが施された涼しげなスタイル。



 燕もお気に召したようである。


 良いリアクションも得られたところで、諏訪はドライヤーを手に取り燕の濡れた髪を乾かす。


 おおよそ7〜8割程乾いたタイミングでドライヤーを止め、



「このままワックス使ってセットに移っても良いですかー?」


「お願いします。俺普段あんまり自分でヘアセットしないんで、一つ勉強させてください…」


「わっかりましたー!せっかくですし時短で簡単にセットする良い方法教えちゃいますねー!」



 彼の返答を聞くと、諏訪はワゴン中段からワックスを取り出し、掌全体に伸ばしていく。


「まずはドライヤーで髪に少しだけ水分が残ってる状態まで乾かした後、大雑把に髪を逆立てる感じで前髪は外して全体に軽くワックスを付けていきます……」


「なんだか漫画のキャラクターみたいなスタイルになりましたね」


「そうなんですー。でもあんまりガッツリワックス付けちゃうと修正効かなくなるんで、あくまでこの段階では軽く触れる程度でオッケーです!」



 注意点を一通り説明し終わると、



「次に髪の毛の中間あたりの位置から指を入れてワサワサーって手を振りながら逆立てた髪を下ろしていきます…」


「ほうほう…」


「そして仕上げに毛束をつまんで、指先に残ったワックスで毛先をネリネリしてあげれば完成です!どれくらい毛先を遊ばせるかはお好みで決めちゃってください!」


「これなら1分でヘアセットも終わっちゃいますね。お休みの日に挑戦してみます」


「ここの美容室……ヘアセットもメニューにあるんで、良かったらまた来てくれると嬉しいです」


「ええ、是非。こちらこそまたよろしくお願いします」



 そう言って微笑みかける燕を目にし、ハイタッチを決める諏訪母娘。



「ではママ、今回の仕上がりは何点でしょうか?」


「そりゃもう100点!満点ですよ!生の碧君を拝めただけで大満足ですよ私は」


「それもう仕上がりと関係ない気がするけどまあいっかー!」



 盛り上がる母娘を微笑ましく思いながらも、燕は澪へ純粋なる疑問を投げ掛ける―――――



「そう言えば、写真撮ったりとかしないんですか?一応、カットモデルというテイだった気がするのですが……」


「―――――あ!!!そうでした………うへへ、良いですか……?写真」


「澪ちゃん、まずその下品なお顔をなんとかしなさい」



 大の付くファンである燕碧の生写真を撮れるという喜びと興奮に、澪の鼻の下がすっかり伸びていた。

 それは峰不○子に劣情を抱くル○ンの如く……。


 女性のこんな表情など、なかなか拝めるものではない。燕は思わず苦笑いを浮かべながらも、



「休日にお店を開けていただいてる訳ですからね。俺も出来る限り、澪さんに協力しますよ」


「そ…そうですかぁ!?」



 澪はもはや有頂天である。

 こんなに嬉しい日は産まれて初めてだ、そんな喜びを噛み締めながら、前、横、後ろの三枚を撮影する――――――。



「あのね碧君。良かったら私と澪ちゃん、碧君の三人の写真も撮らせて貰えませんか?」



 申し訳ないといった顔を浮かべながらも、眼をキラキラと輝かせる澪の母。

 まあ、これを目の前にして断る選択肢など、燕にはある筈もない。



「SNSに投稿しない事を条件とさせていただきますが、それで良ければ構いませんよ。ご希望があればポージングとかも」



 満面の笑みを見せる諏訪母娘。そしてそんな母娘の望みは―――――



「ゆ、指ハートとかも…?」


「勿論先の条件付きにはなりますが、良いですよ」



 燕は二人に微笑みを浮かべる。こうも自分のファンに喜んでもらえるというのも、なかなかに嬉しい事ではなかろうか。



「そ、それじゃあ、いきますよぉ………」



 偉く緊張している様子の澪だが、スマホをしっかりとインカメラに切り替え、三人仲良く指ハート。



パシャリ――――!



 乾いたカメラのシャッター音が鳴り響く。そこに映し出されたのは、満面の笑みを浮かべ、カメラに向けて指ハートを決める三人の姿。



「あ、あの!もし良かったら…サイン…書いていただけませんか!?」


「ええ、勿論」


「じゃ、じゃあ!ちょっと待っててください!!」


「―――――?」



 そう言うと、澪は店の外へと走り出す―――――

 燕と母を置き去りにして。


 本来なら客を放置して店外に出ていくなどスタッフとして、あってはならない事なのだろうが、今日は本来なら定休日。我々は多少多めに見てやる事としよう。


 5分ほど経って、澪は美容室へと戻ってきた。

 ゼーゼーと息切れを起こしているあたり、彼女なりに急いできた事は窺える。



「こ、これにサイン、書いてください……」



 燕に手渡したのは、つい先程三人で撮影した写真二枚。

 察するに、澪はこの写真をプリントアウトする為、コンビニまで急いで向かっていたのだろう。


 彼は澪から写真二枚を受け取ると、慣れた手付きでサインを書いてゆく―――――



「せっかくのお写真ですから、折り目を付けないよう気をつけてくださいね」



 燕は澪とその母にサイン付きの写真を一枚ずつ手渡す。



「「家宝にします…」」



 母娘で見事にハモった。やはり同じ血が通う関係だ。考える事もきっと同じなのであろう。



「気に入っていただけて何よりです」


「でも本当、折り目だけは付けないよう気をつけて帰らなきゃだわ」


「ママ、クリアファイル持ってる…?」



―――――――――――――――――――――



 そして三人は身支度を済ませ、店の外へ出てきた。



「それじゃ二人とも、気をつけてお帰りくださいね。

あともしご迷惑でなければ、また来させてもらえませんか?」


「そそそ、そんな!!迷惑なワケないじゃないですか!!こちらこそ是非です!!!!!」


「良かったじゃない澪ちゃん。碧君来たらまた連絡ちょうだい!差し入れ持って行くから」


「お二人に会える事、また楽しみにしてますね」



 燕はニコリと笑みを二人へ向ける。



 こうして燕碧のサロンタイム、もとい諏訪母娘への特別ファンミーティングは終わりを迎えた。



「帰ったら感想会しようね」


「うん!!」



 この後、諏訪母娘は無事に帰宅し、間も無くして燕碧の感想会が開かれる事となった。

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