第24話 久留米刹那

 そんなこんなで店の女の子達に囲まれテーブル席に腰を掛ける神栖だったが、彼は見るからにご機嫌斜めな表情を浮かべていた。



「ねえ君って今何歳なの?」


「17です」


「うわ若!ウチの弟よりも下だよー!」


「17歳って言うと高校三年生?二年生?」


「高二です」



 ぶっきらぼうに淡々と質問に答える神栖。



「て言うかまだ高二なの!?

背高いし大人びてるから学生には見えないなあ」


「こんなイケメンならウチのホストクラブ来なよー。絶対売れるって!」


「でもこの子結構可愛いお顔してるよー?女装とかも似合いそうだよねー!」



 揃いも揃って本当によく喋る―――――彼女達に囲まれるこの空間に、早くも嫌気が差してきたご様子である。



「でか髪もサラッサラ!こんな銀髪どうやって手入れしてんの?お姉さんにも教えてよー」


「このツンツンした感じも刺さるわあー!お姉さんチューしちゃおうかなー」


 髪を触られ、胸元や太腿を撫でるような激しめのスキンシップ、一目瞭然とも言える「両手に花」っぷり。


 世の男性からしたら羨ましい限りだろうが、神栖の心境はと言うと、不機嫌そのものだった。


 とは言っても決して神栖に男色の気がある訳では無い。

 神栖少年も健全な一人の男の子だ。赤裸々な話、女の子に囲まれてみたい…………そんな思いを抱く事もある。


 だがこれが難しい所なのだが、神栖は年頃の男子高校生。

 異性からまるでおもちゃのように扱われ、グイグイ来られると不愉快、そして機嫌を損ねてしまう。


 男性諸君からしたら殴り掛かりたくなる程のこの光景だが、上記の理由から神栖少年は腕を組み、断固としてご機嫌斜めモードを継続しているのだ。


 いつだったか峯が言っていたが、構ってもらえてる内が華だと思え。

 全くもってその通りである。



 そんな神栖周辺の光景を少し離れた先から眺めていた本宮はポツンと言葉を漏らす。



「はあ、羨ましいなあ」



 これこそが男として当然の反応だ。



「何言ってるんですか。お兄さんのとこにだって私たちが居るんですから飲みましょ!ソフトドリンクですけど」


「まあ、それもそうだな。こんだけ豪勢な食事ってのもなかなか食えねえし、満足いくまで食うか」


「ウチのスタッフでも食べ切れない程頼んでるんで、どんどん食べちゃいましょ!」



 テーブル一杯に並べられているのはピザにフライドチキン、寿司と、出前に於いての御三家とも言える面々。


 これが恐らくは神栖のいる席にも並べられているのだから、一体出前だけでどれだけの額になるのか、とても想像もつかない。

 いや、したくもない。



「それにしてもあの子、美形ですよねー?モデル事務所とかから引っ張ってきたんですかー?」


「いや、神栖は俺の知り合いのツテでな。実は俺自身、知り合ったのは最近なんだよなあ。まあだいぶ仲良くなれたとは思うけど」


「あんな光る原石みたいな子とツテで知り合ったんですか!?それが出来るお兄さんも凄いですよ」


「羨ましいー。一時期、一千年に一人の美少女なんて話題になりましたけど、あの子だって負けてませんよ絶対」



 煌びやかな女性に囲まれ、それぞれの席で飯を食らう神栖と本宮だったが、そんなパーティも一人の女の登場で終わりを迎える事となる。







「よお、アンタが神栖君かい?」




 女性陣の引っ張り凧となっている神栖の前に、身長170センチに届くかと言う程の長身の女が現れた。



「ああ、そうですけど」


「お楽しみの所すまないね。

私、ティーパーティの久留米ってんだけど。神栖君がどんな奴なのか見てみたくてね?」



 つま先から頭までじっくりと舐め回すように神栖へ視線を向けると、




「アンタみたいな優男があの野郎を完封したってのか?」




 あの野郎。

 恐らくは燕碧に対する犯行予告を行った音原田の事だろう。



「まあいいや。せっかくだし私とサシで楽しもうや。アンタのシケたツラ見てたらなんだか可哀想になってきてな」



 久留米は顎で店の向こうを指し、神栖の周りを取り囲んでいた女達を追っ払った。


「アンタ歳いくつ?」


「17です」


「へぇ?若いねえ。とりあえず食えよ。女どものせいで大して食えてなかっただろ」



 二人はそれぞれテーブルに並べられた料理を手に取り食らう。



「私さあ、アンタに興味があるんだよ」


「それはどうも」


「一言だけかよ。リーダーに聞いたんだけどよ、アンタ千里眼持ってるんだろ?良いよなあ。異能ガチャ大当たりって奴だ」


「…………………」


「だが戦闘に於いては良くて中の下だ。」




―――――ピタッ




 彼の言葉を耳にし、神栖はピザを掴もうとするその手を止める。



「確かに戦闘に於いて視野が広いと言うのは、何物にも変え難い長所だと言える。だがそれは一流の戦闘者であればの話だ。ズブの素人がそれを持っていても宝の持ち腐れって奴だ」


「何が言いたいんです?」


「私がアンタを鍛えてやる。」



―――――は?



「勧誘は結構ですよ」


「勧誘じゃねえよ。それに応じないって話は既にリーダーから聞いてるからな。私個人からのアンタへの提案だ」


「なぜ鍛える必要が?」


「わからないか?何でも屋をやっていれば異能力者と戦う事だって起こり得る。相手は戦闘に特化した異能を持っているかもしれない。そんな相手にアンタは無策で挑むのか?」


「………………」



 無策で挑む。確かにそれ程愚かな話も無い。


 厳密には完全な無策ではない。神栖には異能の応用、逆相がある。だがそれはあくまでも奥の手、本人としては隠していたい異能であることには変わりない。

 しかしこの女の目的はなんだ?



「まあこうやって口を動かすよりも手だ。まずは実戦と行こうじゃねえか」



 すると久留米は立ち上がり、ガラガラガラガラと、手元のテーブルを通路側へ強引に動かすと、およそ数歩程度だろうか。人が動き回れる程のスペースを作り出した。



「おい!どうした神栖!?」



異変を察知した本宮が神栖の元へ駆け寄った。



「喜べ何でも屋ァ。今からアンタんとこの新入りを教育してやる。」



 久留米は不適な笑みを浮かべる。



「立てよ神栖君。どつき合いといこうじゃねえか。」



「やれやれ。勧誘は無しと私からも伝えたはずですよ」



 店の奥から長門が姿を現す。


 コツ、コツ、とゆっくり神栖達の方へ歩み寄る。



「やだなあリーダー、私を鳥頭だと思わないでくださいよ。ただ純粋に、人生の先輩として戦闘が何たるかをレクチャーするだけですよ」



 そう言って長門を静止させると、



「ティーパーティ、何でも屋。

組織なんて関係無い。一対一の恨みっこ無しだ。」



 久留米は神栖の元へと歩み寄り手を差し伸べた。



 神栖はその手を掴み、立ち上がる。



「おい神栖、こんな誘いを受ける事なんかねえって!」


「―――――いや、断る理由こそ無いですよ」


「―――なっ!?」


「久留米は自分で言ったんです。組織は関係無いと。僕は燕さんの一件以降、ずっと心残りを感じていたんです。犯人一人を相手にしただけでバテバテになって本当に情けないと―――――。

 彼女はそんな僕に指導してくださると言うんです。それに、こうも傲慢な女の鼻っ面を折ってやれる機会はそうそう無い」



神栖も一度火がつくと止まらないタイプだ。



 一頻り言い終えると彼は本宮に背を向け、久留米の方へと一歩、また一歩と近づいてゆく。


 神栖は徐にパーカーを脱ぎ、ソファへと放り投げる。



「恨みっこ無しって言ったな」



「ああ、約束するとも。私とアンタ、正真正銘の一対一だ」



「せいぜい後悔する事だな」



シュッ!――――――



神栖がスタートを切った。



瞬間、神栖は久留米との距離をゼロにし、拳を突き出す―――――


だが久留米は上段受けで軽々と彼の拳をいなして見せる。


その直後、神栖は回し蹴り――――――!


 しかしそれも久留米が半歩身を引き空を切った。



「へえ、連続攻撃が出来るのか。素人にしては良い動きだ」



 彼女は笑みを浮かべる。




「次は私の番だよ」




その言葉と同時、左拳が神栖の顔面目掛けて飛んでくる――――――


そこから続けて、右からワン、ツー、スリーの連打。


 神栖は異能、千里眼を使い攻撃の軌道を見切り、彼女のラッシュを避ける。



「良いねェ!流石は千里眼持ちだ!これを躱すとはなァ!」



 ラッシュは続く――――――

 久留米は狼の如く鋭い眼光を向けながら口角を上げる。


 一発の速度が段々と上がるも、神栖はかろうじて避けて見せた。



「これはどうかな」




スパアアアン!!!




 瞬間、神栖の脚部に鈍痛が響く。



「グッッッッッ!?」



 神栖の体制が崩れた。




「上ばっかりに気を取られて足がお留守になってんだよ」




 久留米がお見舞いしたのはローキック。彼女の言葉通り、神栖は突きのラッシュを躱す事ばかりに頭を集中させていた。


 拳を避ける事に躍起になっていた為、いつしか彼の重心は一点に固定されていた。


 だから神栖はその穴を突かれ、彼女の蹴りをまともに喰らってしまったという訳だ。



「どうしたァ?もうお終いか?」



 神栖はよろめきながらも立ち上がる。



「―――――その調子だ」



 久留米はニヤリと笑みを浮かべる。そして一呼吸ついたその瞬間、彼女はスタートを切る。


 神栖との間合いはゼロとなり彼女は拳を突き上げる。


 神栖は紙一重で躱すも、



「どうしたどうしたァ!鈍くなってんぞォ!!」



 右拳のトリプルが彼のボディに打ち込まれる―――――!


 一呼吸の間に更なる連打が神栖を襲い掛かった。


 足のダメージが効いているのか、彼は久留米の連打をまともに喰らってしまう。


そして―――――



――――ドスッッッッッ!!



 鈍い音がフロアに響く。



 神栖は腹に重たい一撃を喰らった。



「グぁッッッッッ!!」



 この拳はキツかった。膝から崩れ落ち、思わず手をつく。



「―――――食ったピザが出てきたらどうすんだ」


「吐くほど食ってもなかったろうが!!」



 神栖は腹に手を当てながら悶絶する程の痛みをなんとか堪えていたが、久留米は彼の肩を蹴り上げる。



パアアアアアアン!



 弾けるような音が鳴り響いたと同時、神栖は蹴りを受け仰向けに倒れこんだ。


 だが久留米は体制を立て直す隙も与えない。


 彼女は神栖の腰の上に跨ると、勢いよく拳を振り上げる。





(ヤバイ…………!)





 そう思った。





 だが彼女は神栖の目と鼻の先とも言える寸前の距離で拳を止めた。





「勝負ありだな」





 そう言って彼女は拳を収める。



 完敗だった。



 一度たりとも拳を命中させる事など出来ず防戦一方、最後は完全なるワンサイドゲームと化していた。



「負けましたよ」



 神栖は天井を見上げ深く一呼吸する。



「当然の結果だ」



 久留米は跨ったまま、彼を見下ろしながら口にする。



「最初に言った通り、アンタを私が鍛えてやる。だがそれはティーパーティも何でも屋も関係ない、私と神栖君個人の話だ」



「鍛えるって何故?何の為に?」



「私の為だよ」




 久留米は神栖の目を一点に見つめる。だがその彼女の目は、どこか遠くを見ている。そんな印象を感じさせた。




 神栖はムスッとした表情を浮かべながら、



「――――はぁ。とりあえずどいてもらえますか」



「―――――ああ、そうだね。だがティーパーティの招待客をアザだらけで帰したとあっては示しも付かんだろう」


 すると久留米は神栖を抱き寄せた。



「―――――は!?」


「動くな」



 彼女は神栖に跨った状態で彼を強く抱きしめる。


 彼の後頭部へ手を回し、自身の心音を聴かせるかのように身体と身体を密着させる。

 側から見れば深く愛し合う男女かのように。




 柔らかな肌の感触を覚える。




 十数秒程が経過した頃だろうか。まるで時が止まったかのようにしんと静まり返ったフロアで、久留米は呟く―――――



「これで大丈夫だろう」



 気づけば神栖の身体からは痛みがすっかりと消え失せていた。


脚も、腹も、胸も。




(回復系の異能力者か…………?)




 驚きを見せる神栖を他所に、久留米は彼のズボンのポケットに手を滑り込ませる。


 彼女が手に取ったのは、神栖のスマホ。

 そして自身のスマホを取り出し、神栖を抱き抱える姿勢のまま、二つのスマホを平然と操作する。



「―――――な!?何してんだよ!」


「連絡先交換だよ。今後は君が空いている日は全て、必ず私に連絡を寄越せ。予定が合えば私がミッチリと稽古をつけてやる」


「………ッ!?」



 拒否権など当然無いのだろう。


 力の差は歴然だ。連絡先に加え何でも屋の場所も割れている。


 個人間とは言うが、久留米がティーパーティの中でもそれなりの権力を持っている事はうかがえる。


 もし彼女の要求を無視したならばどうなるか、それは想像に難くない。


 久留米の一方的な連絡先交換が終わると、彼女は再び神栖の身体を抱き寄せる―――――



「―――――な!?何なんだよ!?」


「さっきは散々殴って悪かったな。これは迷惑料だと思って黙って受け取れ」








――――しばらくして気が済んだのか、彼女は徐に立ち上がると、



「ま、これからよろしく頼むよ。可愛い男子高校生クン?」



 そう言い残して久留米はキャバクラを後にした。



 やれやれ、と口にしながら長門は取り残された神栖の元へと歩み寄り、手を差し伸べる。



「体は痛みませんか?」


「………大丈夫です」



 神栖は彼の手を握り立ち上がると、ソファへ放り投げたパーカーを手に取る。



「久留米は見ての通り、まずは拳を交えたいという性分でしてね。彼女には私も困ったものですが、見ている限り、あなたの事を随分と気に入ったようです。ぜひ仲良くしてあげてください」



「仲良くだあ!?」



 長門の言葉を聞き、本宮が怒声を上げた。



「拳を交えたいだと?あんなの一方的に嬲ってるだけじゃねえか!格闘技経験者なのか知らんが、高校生相手に拳を振るうなんて風上にも置けたもんじゃねえ!そしてそんな部下の暴走を黙って見ているアンタも何なんだ!?」



 胸ぐらを掴み、今にも殴りかからんとする本宮に長門は、



「確かに、本宮さんの怒りもご最もです。あれがティーパーティメンバーとしての言動なら私も止めに入ったでしょう。

―――ですが久留米は言いました。

『組織は関係無い。一対一の恨みっこ無し』だと。神栖君もそれに了承した上で彼女と対峙した筈です。

 であれば私が割って入る必要など無い。どういう結果となろうとも、私がそうしたなら彼女の言葉にも整合性が取れなくなる。それこそティーパーティのリーダーとして立つ顔が無くなってしまいます。

 今回の件は、神栖君が久留米に敗れた、それだけの事です」



 胸ぐらを掴む本宮の腕にそっと手を当てて彼の拳を下げさせると、長門はネクタイを正す。



「燕碧のライブの件、あなた方何でも屋さんには大変感謝しております。特に神栖君の挙げた功績には、目を見張るものがある。しかしこのようなゴタゴタを相手取っていては、あなた方の身の安全も保証されません。

 ですからもし今後、また異能力者絡みのトラブルが起きた際には、私どもティーパーティにご依頼いただきたい。勿論お話をいただいたからと言ってお金を取りはしませんよ。」


「へえ、じゃあ何かい?俺たちの身を案じてくれてるって訳か?」


「ええ、その通りです。神栖君のスマホ、久留米を通じてご依頼いただいても構いませんし、こちらからでしたら私に直接繋がります」


 そう言って長門はジャケットの内ポケットから自身の名刺を取り出す。


 差し出された名刺をぶっきらぼうに受け取ると、本宮は神栖に目を向け、



「行くぞ、神栖。怪我は大丈夫か?」


「ええ、大丈夫です」



 それだけを口にし、二人は足早にキャバクラを後にする。



「またお会いしましょう」



 出入口へ歩みを進める本宮と神栖に向けて、長門は囁くように一言。


 きっと彼のこの言葉は、二人の耳には届いていないであろう。


 しかし長門は、本宮と神栖のその姿が見えなくなるその瞬間まで、二人を見つめていた。

 不適な笑みを浮かべながら。

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