第7話 西陽の差し込む教室にて

「さ、皆ももう帰った後だから、ここでお話しよっか」


 那須に案内された先は2年3組に割り当てられた教室。

 神栖の在籍する、そして那須が担任を受け持っているクラスであり、本来ならここに来れば馴染み深い感情の一つでも湧くのだろう。

 しかし神栖は進級して間もなく不登校と化した為、足を踏み入れた今もなお何となく落ち着かない思いを抱いていた。


「立ってるのも難だし、とりあえず座りなよ」


「………」


 神栖は那須へ言葉を返す事なく無言のまま席にドカッと腰をかけた。




「そこは机なんだけど」




 そう、神栖が腰をかけたのは椅子ではなく机だった。

 教室の中心に当たる席、その机に腰をかけ腕と足を組んで座っている。


 先ほどまでこっ酷くお叱りの言葉を受けた事を内心根に持っているのか、はたまた思春期特有の虚栄心からなのか、神栖は指摘を受けてなお無言を貫く。


 しかし那須もいっぱしの教師だ。

 生徒からの反抗、抵抗も腐るほど経験してきている。

 神栖のこの態度も、那須にとってはほんの些細な事に過ぎない――――のだが、神栖にとっては相手が悪かった。





「じゃあ先生はここに座ろうかな」





 そう言って那須は、教室後方に歩みを進める。そして彼女の行動に思わず神栖の視線が動く。

 那須が腰をかけたのは―――、神栖と同じく机だった。


 教卓から見て左側一列目の一番後ろの席。そこで彼女は足を組み、神栖へ目を向ける事なく教室の後方一点を向いて座っている。




「は……?」




 那須の意外な行動につい声が漏れてしまった。

 その反応に対し那須は、ほら来たと言わんばかりに



「知らなかった?あなたの席はここよ、そこじゃない」



 と、席を移動するよう促した。

 神栖はチッと舌打ちをしながら重い腰を上げ、ポケットに手を突っ込みながら那須の元まで歩み寄ると、


「先生も机に座ってるじゃないスか」


「あなたの席にあなたと同じように座ってるのよ、何か問題でも?」


 こうなってしまえばもう、ペースは那須の物である。


「会話って言うのは相手と向き合って、目を見てしないとダメだよね。となると、あなたが私の目を見て、会話をするにはこの椅子に座る他ないわけだけど。

それともココ、先生の隣に来る?」


 そう言って那須は自身の腰をかけている机に僅かな空間を作り、トントンとその空間を軽く叩きながら意地の悪い笑みを浮かべている。


 年頃の男子高校生にとっては、このように変に子ども扱いされる事が一番癪に障る。

 那須は教員を務めて数年も経たぬ内にこれを完璧に理解してしまっているのだ。

 ここで一つ注意しておくが、彼女はこれでも生徒からの評判はもっぱら良いほうである。

 教師陣の中でも若い部類である事も理由の一つとして挙げられるのだろうが、基本的には生徒の味方で居てくれる。

 いつも明るく可愛い、そして彼女の淡く桃色がかった髪色。そんな那須の事を生徒の皆は“ももちゃん先生”と呼んでいる程だ。


 勿論、進級明け早々に学校へ通わなくなり、しばらく経つ神栖にとってはそんな話は知りもしないわけだが。

 言ってみれば体毛を逆立てた猫のように、彼女に対しての警戒心は剥き出しなのだ。


 しかし、ここまで言われて更に反抗の一手を打つのもそれはそれで酷く虚しいものである。

 神栖は再び舌打ちをすると椅子をガラガラと引き、那須から距離を空けてようやく“椅子へ”腰をかけた。



「わかればよろしい」



 那須は満面の笑みを浮かべた後、神栖の席から立ち上がると、そこから一つ前の座席に移動し再び腰をかけた。


「正直言っちゃうと、背もたれが無い状態で姿勢良く座ってるのって結構疲れるからさ。逆に身体鍛えたかったらそういう所から始めると良いかもよ。勿論、“椅子”に座った状態でね。

何はともあれ、あなたがちゃんと椅子に座ってくれたお陰で、先生も楽〜な姿勢でお話出来るから助かったよー」


 そう言って那須は神栖に笑い掛ける。

 神栖は思わず苦笑いで返したがほんの少しだけ、緊張が和らいだ感覚を彼は覚えた。


 那須は神栖のそんな心を読み取ったのか、一息付いてから切り出した。


「さて、それじゃ本題に行こっか」

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