ちいさな恋の短編集 ep.1「キミとずっと喋っていたい」⑧
喋る犬の飼い方 第ⅹ話「しあわせの正体」
ポテやんです。
今日は、わし目線で“ねーちゃん”こと綾瀬寧ちゃんのお話をしまっさ。
ねーちゃんの職業はイラストレーター。
ちうてもフリーなので、下請け孫請けの仕事ばかりで正直儲からへん。
日がな自宅で仕事。
で、一区切りついたら…わしをお散歩に連れてってくれるんや。
この日も紅葉が色づく近所の舗道を散歩する。
会社勤めやないから外に出るのはこんときぐらい。
お散歩、買い物…以上。
そんなわけでねーちゃんには“出逢い”ちうもんがおまへん。
けどねーちゃんも、犬年齢で言うたらもう3歳のお年頃。(犬年齢3歳=人間年齢24、5歳)。
スーパーで特売の野菜や肉を買っているねーちゃんを見とると、あまりにもさびしい青春やないか、とつねづね心配してますんや。
今夜もアパートのこたつに下半身だけ入れて、ゴロゴロしながら待つ。
(ねーちゃん、今日は珍しく飲み会や言うとったけど…遅いなあ)
窓の外を見ると、落ち葉が舞ってる。
夜も11時を回ったところで、ようやくドアが開く音がした。
「あ、帰ってきた」
玄関に走っていくと、酒に酔ったねーちゃんが帰ってきた。
「おかえり。女子会どやった?なあ」
手には手羽先の土産を持っとる。
わしは狂喜して迎える。
「…ポテやん」
言うなりねーちゃんは、わしをぎゅっと抱きしめてきた。
「痛い、痛い」
ねーちゃんからは鍋料理の臭いがしたので、たぶん女友達とコラーゲン鍋でもつついてたんかなあ。
こたつの上に手羽先と缶チューハイを載っけて、グチ大会が始まった。
「どーもこーもないわよ。お決まりの恋ばな大会でさ。私はいつもどおり聞き役。挙句の果てに…」
ねーちゃんが手羽先を犬用のフード皿に入れてくれた。
「美大時代の同級生が聞くわけよ。『寧って犬飼ってるんだって?』『うん。かわいいよお。待受け見る?』って返したら『いや、羨ましがってないから』『そうそう。ペット飼ってると婚期逃すって言うよ。気をつけな』とか、ぬかしやがんのよ!」
ねーちゃんの目は座っとった。
「結婚だけが幸福なのか、っての」
わしはおとなしく聞きながら、皿の手羽先を見つめる。
よし、と言われるまで食べないのが、名ペットと心得とるからや。
「お前はどう思う?ポテ」
「…お、おっしゃるとおりです。価値観はひとそれぞれかと…」
「よし、気に入った。飲め」
ねーちゃんは、チューハイをフード皿に注ぎ始めた。
わしはチューハイでひたひたの手羽先を見て、人生に絶望する。
「私だって、結婚の話ぐらいあるんだから」
「え?ほんまなん?爆弾発言やあ。なあなあ、相手どんな男なん?」
「いいひとよ。でもいいひとだから、私といるときっと無理をすると思う。私はもう、誰かに迷惑をかけたく‥ない‥の」
糸が切れたように卓にうつ伏し、そのまま寝落ちしてもうた。
わしは寝室から毛布を咥えて引っ張ってきて、ねーちゃんの肩にかけてあげた。
しばらくねーちゃんの寝顔を見る。
「いいの。私にはポテやんがいるから…いいの…」
ねーちゃんの涙が頬をつたう。
(ねーちゃんは、わしと暮らさない方が幸せなんかなあ)
…………
ラストは、ポテが泣きそうな顔で独白するカットだ。
寧のアパートに入って、浩史はPCに描きかけのエピソードのデータを見た。
ポテの方が語り部になっているその話は、コンペに出した5本と違いウェットな内容だし画風も異質だった。
(寧ちゃんがいつも描く繊細で丁寧なタッチが、綺麗ってよりちょっと不気味な感じや)
母親から聞いたところでは、風邪をひいていたらしい。
あるいは、体調不良が自省的でネガティブな絵を描かせたのだろうか?
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます